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第三章
京へ続く道 3
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夕凪が京都へ帰ると決まってから今日まで、本当にあっという間に過ぎてしまった。
僕は今、月影寺の山門で夕凪……そして夕凪を守るように立っている律矢さんと信二郎さんを見送っている。
この二人がいてくれるから、夕凪を僕の手中から手放せるのだ。
そう思えるから、行かせるのだ。
二人の男に愛されるという道ならぬ恋を進む夕凪。
それでいい……君は君の人生を迷いなく歩んで欲しい。
遠い昔、赤子だった夕凪をこの胸に抱いた日々が甘く疼き出す。あの温もり、もう一度手元に束の間だったが戻ってきてくれて嬉しかったよ。
「湖翠さん、流水さん、俺……そろそろ行きます」
「夕凪……」
僕は静かに夕凪を胸に抱いた。
夕凪もそっと寄り添ってくれた。
楚々とした花のような香りがした。
昔と少しも変わらない、夕凪の優しい香りに癒された。
「湖翠さんと流水さんにこれを……信二郎と律矢さんに手伝ってもらって急いで仕上げました」
そう言って渡されたのは、以前夕凪のために購入してやった反物だった。そこには見事に白き花の絵が描かれていた。
「これを持っていてください。ずっとこの寺で、きっといつか必要になる日が来ます。それまでは湖翠さんと流水さんのものに」
「ありがとう。素晴らしいよ。立派に仕上げたね。確かに受け取ったよ」
「では……長い間お世話になりました。また会える日まで」
深々と頭を下げる夕凪。
もうこの世では二度と会えないのでは……
何故かそう思った。
「幸せになっておくれ、今度こそ。律矢さんと信二郎さんを大切に」
「はい……お世話になりました」
夕凪に合わせて、律矢さんと信二郎さんも頭を深々と下げた。
僕は三人の後姿をいつまでもいつまでも見守った。とうとう何も見えなくなってしまった時、僕の眼から熱いものがほろりと零れた。
「うっ……」
隣に立っていた流水がそれに気が付き、そっと指で拭ってくれた。
「兄さんが泣くなんて……」
「あっ」
自分でも驚いた。人前で、しかも弟の前で泣くなんて。
「今日からはまた二人ですね。でも俺は嬉しいですよ。兄さんと二人で過ごすのは悪くない」
「流水……」
優しくて逞しい弟。
そうだ、僕には流水がいてくれる。
僕たちはずっと一緒だよな。
ざわつく心に問うてみる。
何もなければずっと一緒にいられるはずだ。住職と僧侶として、僕たちは月影寺で一生共に過ごせるはずだ。
そう思うのに、何故か不吉な予感が漂うのはな何故だ。真昼間だというのに、深い森の奥にいるような暗さを感じ身震いした。
****
夕凪を乗せた列車が、再び京都へ向かって走り抜けていく。
俺達はとうとう夕凪を取り戻すことが出来たので、信二郎と今後のことについて綿密に計画を練った。
京都に夕凪を連れて帰って、どのように三人で暮らしていくのか。誰にも見つかりたくないという意見で合致した。夕凪を狙う人が多い危険な土地だから。
「あの……律矢さん、俺は京都に戻ったらどこへ行けばいいのですか。俺には帰る場所がないのに」
「帰る場所はある。ちゃんと用意してある。夕凪は何も心配するな」
「でも……何から何まで」
夕凪は心許ない顔をしていた。それもそうだろう。
「そんなこと気にするな。焦らなくていい。あの俺と過ごした宇治の畔の山荘に住もう。信二郎の部屋もちゃんと用意した。あそこは人目に付かないし、表向きは工房になっているから
大丈夫だ。お前をもう怖い目には合わせない」
「俺は……なんだか守ってもらってばかりで……男なのに不甲斐ないです」
「そんなことは気にするな。これから強くなればいいだろう」
本当にそう思う。立ち直ったばかりの夕凪なんだ。焦らず、じっくりゆっくりでいい。
うなだれる夕凪の薄い肩をそっと抱いてはっとした。本当に痩せて、細くなってしまったな。
夕凪の苦労を想うと胸がつぶれる思いだった。そんな気持ちを汲み取ったのか、夕凪はしみじみと口に出した。
「そんなに心配しないで……俺はこの一年間幸せでもありました。湖翠さんと流水さんに護られて、実の兄のように優しくしてもらって。とても名残り惜しい……のが本音だ。けれども……俺はあなたたちと生きる道を選んだのだから」
列車の揺れと共に、心までも揺さぶられる。
夕凪のこういうところが、たまらない。
こういう所を、俺達は愛して止まないのだ。
僕は今、月影寺の山門で夕凪……そして夕凪を守るように立っている律矢さんと信二郎さんを見送っている。
この二人がいてくれるから、夕凪を僕の手中から手放せるのだ。
そう思えるから、行かせるのだ。
二人の男に愛されるという道ならぬ恋を進む夕凪。
それでいい……君は君の人生を迷いなく歩んで欲しい。
遠い昔、赤子だった夕凪をこの胸に抱いた日々が甘く疼き出す。あの温もり、もう一度手元に束の間だったが戻ってきてくれて嬉しかったよ。
「湖翠さん、流水さん、俺……そろそろ行きます」
「夕凪……」
僕は静かに夕凪を胸に抱いた。
夕凪もそっと寄り添ってくれた。
楚々とした花のような香りがした。
昔と少しも変わらない、夕凪の優しい香りに癒された。
「湖翠さんと流水さんにこれを……信二郎と律矢さんに手伝ってもらって急いで仕上げました」
そう言って渡されたのは、以前夕凪のために購入してやった反物だった。そこには見事に白き花の絵が描かれていた。
「これを持っていてください。ずっとこの寺で、きっといつか必要になる日が来ます。それまでは湖翠さんと流水さんのものに」
「ありがとう。素晴らしいよ。立派に仕上げたね。確かに受け取ったよ」
「では……長い間お世話になりました。また会える日まで」
深々と頭を下げる夕凪。
もうこの世では二度と会えないのでは……
何故かそう思った。
「幸せになっておくれ、今度こそ。律矢さんと信二郎さんを大切に」
「はい……お世話になりました」
夕凪に合わせて、律矢さんと信二郎さんも頭を深々と下げた。
僕は三人の後姿をいつまでもいつまでも見守った。とうとう何も見えなくなってしまった時、僕の眼から熱いものがほろりと零れた。
「うっ……」
隣に立っていた流水がそれに気が付き、そっと指で拭ってくれた。
「兄さんが泣くなんて……」
「あっ」
自分でも驚いた。人前で、しかも弟の前で泣くなんて。
「今日からはまた二人ですね。でも俺は嬉しいですよ。兄さんと二人で過ごすのは悪くない」
「流水……」
優しくて逞しい弟。
そうだ、僕には流水がいてくれる。
僕たちはずっと一緒だよな。
ざわつく心に問うてみる。
何もなければずっと一緒にいられるはずだ。住職と僧侶として、僕たちは月影寺で一生共に過ごせるはずだ。
そう思うのに、何故か不吉な予感が漂うのはな何故だ。真昼間だというのに、深い森の奥にいるような暗さを感じ身震いした。
****
夕凪を乗せた列車が、再び京都へ向かって走り抜けていく。
俺達はとうとう夕凪を取り戻すことが出来たので、信二郎と今後のことについて綿密に計画を練った。
京都に夕凪を連れて帰って、どのように三人で暮らしていくのか。誰にも見つかりたくないという意見で合致した。夕凪を狙う人が多い危険な土地だから。
「あの……律矢さん、俺は京都に戻ったらどこへ行けばいいのですか。俺には帰る場所がないのに」
「帰る場所はある。ちゃんと用意してある。夕凪は何も心配するな」
「でも……何から何まで」
夕凪は心許ない顔をしていた。それもそうだろう。
「そんなこと気にするな。焦らなくていい。あの俺と過ごした宇治の畔の山荘に住もう。信二郎の部屋もちゃんと用意した。あそこは人目に付かないし、表向きは工房になっているから
大丈夫だ。お前をもう怖い目には合わせない」
「俺は……なんだか守ってもらってばかりで……男なのに不甲斐ないです」
「そんなことは気にするな。これから強くなればいいだろう」
本当にそう思う。立ち直ったばかりの夕凪なんだ。焦らず、じっくりゆっくりでいい。
うなだれる夕凪の薄い肩をそっと抱いてはっとした。本当に痩せて、細くなってしまったな。
夕凪の苦労を想うと胸がつぶれる思いだった。そんな気持ちを汲み取ったのか、夕凪はしみじみと口に出した。
「そんなに心配しないで……俺はこの一年間幸せでもありました。湖翠さんと流水さんに護られて、実の兄のように優しくしてもらって。とても名残り惜しい……のが本音だ。けれども……俺はあなたたちと生きる道を選んだのだから」
列車の揺れと共に、心までも揺さぶられる。
夕凪のこういうところが、たまらない。
こういう所を、俺達は愛して止まないのだ。
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