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忍ぶれど……
枯れゆけば 22
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「おー 翠、さっきはお疲れ! ちゃんと着替えられたな。あれ? 隣、誰だっけ?」
「達哉、さっきはありがとう。弟の流だよ」
「あっ、そうか、なんだか雰囲気変わったな」
翠兄さんの肩にじゃれ合うように腕をまわし、余裕の笑みで俺を見下ろしてくる達哉さん。
人は良さそうだし温かい笑顔だけどさ、兄さんに対しての慣れ慣れしさに、ついむっとしてしまった。
「おっ、なんか怒ってる?」
「いえ別に。あの……これ返します」
俺はリュックに詰め込んだ巫女の衣装の入った手提げを、達哉さんにドサッと渡した。
「あれ? これ、なんで君が」
「達哉……その……更衣室出た所で、君の弟に会ったんだ」
「え? 翠、まさか……アイツに巫女姿を見られたのか」
達哉さんの顔つきがガラっと変わった。
眉をひそめながら、心配そうに聞いてくる。
「いや……大丈夫だったよ。流が荷物も預かってくれたから見られなかったし」
「そうか、良かったぜ。ひやひやするなぁ。あんな弟で……本当に悪い」
克哉とは表面上の付き合いのみで、あいつの家庭なんて気にしたこともなかったが、どうやら兄弟関係は俺と翠兄さんのように良好ではないようだ。
「あ……いや彼はあの巫女姿の僕を本当の女の子だと誤解しているだけだから。僕も本当のことを早く言えばいいのに、その……なんだか言い難くて、ごめん」
「いいって。翠は悪くないんだし、それより何か奢るよ。弟くんもどうぞ」
「俺は自分で払うから、いいです」
まったくもって子供扱いだった。
翠兄さんと達哉さんの世界と、俺がいる世界に隔たりを感じてしまい、イライラした。
その後兄さんと二人で文化祭を回るはずだったのに、兄さんは周りから慕われているようで頻繁に声をかけられるし、模擬店の当番が終わった達哉さんが途中から合流したりと散々だった。
兄さんは一人一人に甘い微笑みを律儀に返して、本当に馬鹿みたいだ。
憧れていた文化祭とは程遠かった。
ただ兄さんとの年の差、住む世界の差を見せつけられるだけの時間だった。
それでも翠兄さんが文化祭で巫女姿の女装をしたことが、二人だけの秘密になったのは唯一嬉しかった。
兄さんの弱さ、秘密を、全力で守れる人になりたい。
この時、俺が抱いた気持ちは、きっと大人になっても変わらないだろう。
****
季節は急速に進み、もう冬だ。
俺は国語の時間に眠い目をこすりながら、窓の向こうの校庭の木々を眺めていた。
すると先生の声が耳に届いた。
『枯れゆけば おのれ光りぬ 冬木みな』(加藤楸邨)
「こら、張矢ぼーっとすんな、この歌を知っているか」
「すみません。知りません」
「そうか、ほら見てみろ。校舎を囲むケヤキも桜もすっかり葉を落としている。寒空にすっと立つ木々に勇気づけられるよな。張矢はあの樹を見て、どんな風に感じるか」
「葉がなくても、真っすぐに天に向かって伸びている木々の幹そのものが潔いです」
「お、いい事いうな。そうだよ、それは何故だか分かるか」
「何故って?」
「あの木々は内側から輝いているからだ。張矢もうわべだけでなくもっと内面を磨いてみろ」
「……っ」
先生の言葉に、はっとした。
いつも兄さんに追いつきたくて、兄さんより背丈が大きくなれば、逞しくなればと、そればかり考えていたが違うのだ。
もっと深い人間にならないと、兄さんに追いつけない。
体力だけじゃ駄目だ。
知識を養い、コミュニケーション力も高めないと……
もっともっと内面を成長させないと追いつけない。
愕然とした。
まだだ。俺はまだ全然追いついていない。
「まぁそう焦るな。まだお前は中学二年生だ。何度も春を迎え夏を越し、実りの秋を迎え、そいて、また枯れてゆく。それを繰り返しながら人は成長する」
静かに内側から輝く。
それは……まさに翠兄さんだ。
兄さんは自ら厳しい修行にも新しい環境にも馴染もうと、いつも絶えまぬ努力をしている。
殺風景に見える冬景色の中に、俺は確かな目標を見つけた。
これから先に学ぶことは自分の内側にどんどん蓄えて、兄さんという樹を支える豊かな土壌になりたい。
「枯れゆけば」了
「達哉、さっきはありがとう。弟の流だよ」
「あっ、そうか、なんだか雰囲気変わったな」
翠兄さんの肩にじゃれ合うように腕をまわし、余裕の笑みで俺を見下ろしてくる達哉さん。
人は良さそうだし温かい笑顔だけどさ、兄さんに対しての慣れ慣れしさに、ついむっとしてしまった。
「おっ、なんか怒ってる?」
「いえ別に。あの……これ返します」
俺はリュックに詰め込んだ巫女の衣装の入った手提げを、達哉さんにドサッと渡した。
「あれ? これ、なんで君が」
「達哉……その……更衣室出た所で、君の弟に会ったんだ」
「え? 翠、まさか……アイツに巫女姿を見られたのか」
達哉さんの顔つきがガラっと変わった。
眉をひそめながら、心配そうに聞いてくる。
「いや……大丈夫だったよ。流が荷物も預かってくれたから見られなかったし」
「そうか、良かったぜ。ひやひやするなぁ。あんな弟で……本当に悪い」
克哉とは表面上の付き合いのみで、あいつの家庭なんて気にしたこともなかったが、どうやら兄弟関係は俺と翠兄さんのように良好ではないようだ。
「あ……いや彼はあの巫女姿の僕を本当の女の子だと誤解しているだけだから。僕も本当のことを早く言えばいいのに、その……なんだか言い難くて、ごめん」
「いいって。翠は悪くないんだし、それより何か奢るよ。弟くんもどうぞ」
「俺は自分で払うから、いいです」
まったくもって子供扱いだった。
翠兄さんと達哉さんの世界と、俺がいる世界に隔たりを感じてしまい、イライラした。
その後兄さんと二人で文化祭を回るはずだったのに、兄さんは周りから慕われているようで頻繁に声をかけられるし、模擬店の当番が終わった達哉さんが途中から合流したりと散々だった。
兄さんは一人一人に甘い微笑みを律儀に返して、本当に馬鹿みたいだ。
憧れていた文化祭とは程遠かった。
ただ兄さんとの年の差、住む世界の差を見せつけられるだけの時間だった。
それでも翠兄さんが文化祭で巫女姿の女装をしたことが、二人だけの秘密になったのは唯一嬉しかった。
兄さんの弱さ、秘密を、全力で守れる人になりたい。
この時、俺が抱いた気持ちは、きっと大人になっても変わらないだろう。
****
季節は急速に進み、もう冬だ。
俺は国語の時間に眠い目をこすりながら、窓の向こうの校庭の木々を眺めていた。
すると先生の声が耳に届いた。
『枯れゆけば おのれ光りぬ 冬木みな』(加藤楸邨)
「こら、張矢ぼーっとすんな、この歌を知っているか」
「すみません。知りません」
「そうか、ほら見てみろ。校舎を囲むケヤキも桜もすっかり葉を落としている。寒空にすっと立つ木々に勇気づけられるよな。張矢はあの樹を見て、どんな風に感じるか」
「葉がなくても、真っすぐに天に向かって伸びている木々の幹そのものが潔いです」
「お、いい事いうな。そうだよ、それは何故だか分かるか」
「何故って?」
「あの木々は内側から輝いているからだ。張矢もうわべだけでなくもっと内面を磨いてみろ」
「……っ」
先生の言葉に、はっとした。
いつも兄さんに追いつきたくて、兄さんより背丈が大きくなれば、逞しくなればと、そればかり考えていたが違うのだ。
もっと深い人間にならないと、兄さんに追いつけない。
体力だけじゃ駄目だ。
知識を養い、コミュニケーション力も高めないと……
もっともっと内面を成長させないと追いつけない。
愕然とした。
まだだ。俺はまだ全然追いついていない。
「まぁそう焦るな。まだお前は中学二年生だ。何度も春を迎え夏を越し、実りの秋を迎え、そいて、また枯れてゆく。それを繰り返しながら人は成長する」
静かに内側から輝く。
それは……まさに翠兄さんだ。
兄さんは自ら厳しい修行にも新しい環境にも馴染もうと、いつも絶えまぬ努力をしている。
殺風景に見える冬景色の中に、俺は確かな目標を見つけた。
これから先に学ぶことは自分の内側にどんどん蓄えて、兄さんという樹を支える豊かな土壌になりたい。
「枯れゆけば」了
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