61 / 236
忍ぶれど……
別離の時 2
しおりを挟む
部屋で着替えていると、母の声がまた響いた。
「流~ 早く降りていらっしゃい」
「分かってる!」
くそっ、頭に響くんだよ。
うるさい!
俺は明らかにイライラしていた。
原因は分かっている。
絶対に……あの女のせいだ。
兄さんを奪った女の存在が、なんともいえない重石のように圧し掛かってくる。
3人掛けのソファで……これ見よがしに兄さんと手を繋いで、兄さんの肩に寄りかかっていた。
見たくない光景を見せられて、俺の心は真っ黒だ。
憂鬱な気持ちのまま居間に向かう足取りは、信じられない程重たかった。
兄さんは嫁さんと一緒に、両親と談笑していた。
ありえない程、和やかな雰囲気だった。
「流、やっと来たわね、ここに座りなさい」
俺は強引に引っ張られて、母の横に座らされた。
「さっきはごめんなさいね。この子が無作法な姿で、ほら流、挨拶しなさい。結婚式以来でしょう」
「ふふっお母さま大丈夫ですよ。流くん、お久しぶりね。何度か東京の家に来てもらおうと思って、声を掛けたのに都合がつかなかったみたいね。お母さまから話は聞いているでしょう?」
「……」
兄嫁はずいぶんと社交的な人のようで、新居に遊びに来るように何度か母を介して勧められたのは事実だ。俺がわざわざ兄さんの幸せを覗きに行くはずもないのに……まるでそれを知っているかのような執拗な誘いだった。
「で、改まって話というのは何かしら」
母が押し黙った俺の代わりに言葉を繋げた。
「ええ……実はね」
彩乃さんは兄さんを見つめ微笑むと、兄さんは少し戸惑いを含んだ微妙な表情を浮かべた。
「先週分かったばかりなんです。実は私……」
「あらやだ! もしかしてご懐妊なの?」
母はピンときたらしく、的確に見破った。
「ええ、まだ三か月ちょっとですが」
俺はポカンとした。
ご懐妊?
会話が、遙か彼方で聞こえた。
あっあれか、嫁さんに赤ちゃんが出来たってことなのかよ。
思わず兄の顔を無言で睨むようにじっと見つめると、気まずそうにすっと目を反らされてしまった。
その反応に胸の奥がギュウっと音を立て軋んだ。
「ハネムーンベイビーみたいで、ねっ翠さん」
「……あっ……うん、まぁ……」
「まぁまぁまぁ、こんな順調にいくとは思ってなかったわ。お父さんおめでたいですね。今日はお祝いをしないと、っと彩乃さんはじゃあ飲めないのね。それで出産予定日はいつなの?」
母は明らかにハイテンションで舞い上がっていた。
「予定では二月末です」
「まぁ! 来年には私もおばあちゃんになるのね!」
母はひたすらはしゃいでいるが、俺が喉がカラカラに乾いて言葉を発せなかった。
「そうだわ。今日はあなた達はここに泊まっていきないさい。彩乃さん身重なんだから、東京までの往復は身体に負担がかかるわ」
「そんな……」
「翠さん、私、疲れちゃった、ねっ……いいでしょ?」
「え……あぁ……」
マジかよ。ここに泊まる?
兄さんと嫁さんが、この家に?
「良かったわ。じゃあ客間を用意するわね」
「あのぉ……出来たら翠さんが使っていたお部屋に泊まりたいんですが」
「えっ?」
流石にこれには兄さんも動揺していた。
「えっ、彩乃さん、それは……」
「憧れだったのよ。翠さんが成長した部屋に泊まるのって、ねっ翠さん、いいでしょう?」
「……う…ん」
甘えた声に辟易した。
もう……絶望だ。
その晩、夕食は寿司の出前を取った。
父も母も上機嫌でビールや日本酒をたらふく飲んでいた。だが兄は一口も飲まなかった。もちろん妊娠中の兄嫁も。
「翠さん、まぐろが食べたいわ。でも届かないわ」
「……取ってあげるよ」
「翠さんにも取ってあげるわ」
「……ありがとう」
二人が労りあえばあう程、イライラが募る。
だから俺は滅茶苦茶飲んだ。飲みまくった。
「こらっ流、飲み過ぎよ」
母に窘められても止められない。
正気に戻りたくない。
兄さんが、父親になる日が来るなんて――
分かり切っていたことだが、兄さんが女を抱いてしまった。
そしてその女の腹に、赤ん坊を身籠らせてしまった。
結婚した夫婦なんだから、当たり前なのに、頭では分かっているのに。
くそっ! こんなことってないよな。
何だか裏切られた気分だ。
一方通行の気持ちが暴走しておかしくなりそうだ!
「俺、もう寝る」
ふらふらと立ち上がり、よろけて柱に手をつく俺を兄さんがさっと支えてくれた。
「流、どうした? 飲みすぎだよ」
「五月蠅いんだよ」
手を振り払おうとして、さらによろけてしまった。
ざまぁねえよな! こんな姿……
やけ酒にもほどがあるってものだ。
「母さん、僕が部屋まで送ってきます」
兄の涼し気な優しい声が、耳元で聴こえた。
こんな時なのに、その声が鈴が転がるように心地良く感じるなんて……救いようがない。
こんな状態でも、俺、兄さんが好きなんだ。
「流~ 早く降りていらっしゃい」
「分かってる!」
くそっ、頭に響くんだよ。
うるさい!
俺は明らかにイライラしていた。
原因は分かっている。
絶対に……あの女のせいだ。
兄さんを奪った女の存在が、なんともいえない重石のように圧し掛かってくる。
3人掛けのソファで……これ見よがしに兄さんと手を繋いで、兄さんの肩に寄りかかっていた。
見たくない光景を見せられて、俺の心は真っ黒だ。
憂鬱な気持ちのまま居間に向かう足取りは、信じられない程重たかった。
兄さんは嫁さんと一緒に、両親と談笑していた。
ありえない程、和やかな雰囲気だった。
「流、やっと来たわね、ここに座りなさい」
俺は強引に引っ張られて、母の横に座らされた。
「さっきはごめんなさいね。この子が無作法な姿で、ほら流、挨拶しなさい。結婚式以来でしょう」
「ふふっお母さま大丈夫ですよ。流くん、お久しぶりね。何度か東京の家に来てもらおうと思って、声を掛けたのに都合がつかなかったみたいね。お母さまから話は聞いているでしょう?」
「……」
兄嫁はずいぶんと社交的な人のようで、新居に遊びに来るように何度か母を介して勧められたのは事実だ。俺がわざわざ兄さんの幸せを覗きに行くはずもないのに……まるでそれを知っているかのような執拗な誘いだった。
「で、改まって話というのは何かしら」
母が押し黙った俺の代わりに言葉を繋げた。
「ええ……実はね」
彩乃さんは兄さんを見つめ微笑むと、兄さんは少し戸惑いを含んだ微妙な表情を浮かべた。
「先週分かったばかりなんです。実は私……」
「あらやだ! もしかしてご懐妊なの?」
母はピンときたらしく、的確に見破った。
「ええ、まだ三か月ちょっとですが」
俺はポカンとした。
ご懐妊?
会話が、遙か彼方で聞こえた。
あっあれか、嫁さんに赤ちゃんが出来たってことなのかよ。
思わず兄の顔を無言で睨むようにじっと見つめると、気まずそうにすっと目を反らされてしまった。
その反応に胸の奥がギュウっと音を立て軋んだ。
「ハネムーンベイビーみたいで、ねっ翠さん」
「……あっ……うん、まぁ……」
「まぁまぁまぁ、こんな順調にいくとは思ってなかったわ。お父さんおめでたいですね。今日はお祝いをしないと、っと彩乃さんはじゃあ飲めないのね。それで出産予定日はいつなの?」
母は明らかにハイテンションで舞い上がっていた。
「予定では二月末です」
「まぁ! 来年には私もおばあちゃんになるのね!」
母はひたすらはしゃいでいるが、俺が喉がカラカラに乾いて言葉を発せなかった。
「そうだわ。今日はあなた達はここに泊まっていきないさい。彩乃さん身重なんだから、東京までの往復は身体に負担がかかるわ」
「そんな……」
「翠さん、私、疲れちゃった、ねっ……いいでしょ?」
「え……あぁ……」
マジかよ。ここに泊まる?
兄さんと嫁さんが、この家に?
「良かったわ。じゃあ客間を用意するわね」
「あのぉ……出来たら翠さんが使っていたお部屋に泊まりたいんですが」
「えっ?」
流石にこれには兄さんも動揺していた。
「えっ、彩乃さん、それは……」
「憧れだったのよ。翠さんが成長した部屋に泊まるのって、ねっ翠さん、いいでしょう?」
「……う…ん」
甘えた声に辟易した。
もう……絶望だ。
その晩、夕食は寿司の出前を取った。
父も母も上機嫌でビールや日本酒をたらふく飲んでいた。だが兄は一口も飲まなかった。もちろん妊娠中の兄嫁も。
「翠さん、まぐろが食べたいわ。でも届かないわ」
「……取ってあげるよ」
「翠さんにも取ってあげるわ」
「……ありがとう」
二人が労りあえばあう程、イライラが募る。
だから俺は滅茶苦茶飲んだ。飲みまくった。
「こらっ流、飲み過ぎよ」
母に窘められても止められない。
正気に戻りたくない。
兄さんが、父親になる日が来るなんて――
分かり切っていたことだが、兄さんが女を抱いてしまった。
そしてその女の腹に、赤ん坊を身籠らせてしまった。
結婚した夫婦なんだから、当たり前なのに、頭では分かっているのに。
くそっ! こんなことってないよな。
何だか裏切られた気分だ。
一方通行の気持ちが暴走しておかしくなりそうだ!
「俺、もう寝る」
ふらふらと立ち上がり、よろけて柱に手をつく俺を兄さんがさっと支えてくれた。
「流、どうした? 飲みすぎだよ」
「五月蠅いんだよ」
手を振り払おうとして、さらによろけてしまった。
ざまぁねえよな! こんな姿……
やけ酒にもほどがあるってものだ。
「母さん、僕が部屋まで送ってきます」
兄の涼し気な優しい声が、耳元で聴こえた。
こんな時なのに、その声が鈴が転がるように心地良く感じるなんて……救いようがない。
こんな状態でも、俺、兄さんが好きなんだ。
10
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜
紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。
ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。
そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?
男子寮のベットの軋む音
なる
BL
ある大学に男子寮が存在した。
そこでは、思春期の男達が住んでおり先輩と後輩からなる相部屋制度。
ある一室からは夜な夜なベットの軋む音が聞こえる。
女子禁制の禁断の場所。
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる