忍ぶれど… 兄は俺の光――息が届くほど近くにいるのに、けっして触れてはならぬ想い人

志生帆 海

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忍ぶれど……

父になる 8

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 熱を出し切ったのか背中が汗ばんでベタベタと気持ち悪かった。

 一呼吸する度に、胸がぜーぜーと湿った音を立てた。

 いつも風邪をこじらせてしまうのは何故だろう?

 幼い頃からこうやって一人で寝かされることが多かった。

 そんな時はいつも、僕がひとりぼっちが苦手だと知っていたのか、流がこっそりやってきてくれた。

(兄さん大丈夫か。まだ熱あるのか)
 
 流がそっと額に手を当ててくれると、冷たくて心地よかった。流の手は外を遊びまわってきたばかりのせいか、いつもひんやりしていた。

 流は僕と違って体がとても丈夫で、産まれてから風邪らしい風邪もほとんどひかない。だから傍に来ても一度も移ることもなかったので、僕は甘えるように流の手に自分の手を重ねて、優しい温もりを分けてもらった。

 懐かしい、僕の流、もう会えない、僕の流。

 優しかった流のことを思い出しているうちに、自然と涙がとめどなく溢れて来た。涙は横になっている僕の頬を伝い降り、やがて枕を濡らすのを感じたが、拭く気力もなく、そのまま目を瞑った。

 もう眠ってしまおう。どんなに待っても、流は来てくれない。それならばいっそ眠ってしまおう。

 もしかしたら夢でなら会えるかもしれない。

 会いたいよ。
 会いたいんだ。
 僕に触れて欲しい。
 前のように……


****

「あら流、やっと帰って来たのね」

 茅ヶ崎の海で塩っ辛い海風に吹かれまくり、悔し涙を少しだけ落とし、夕刻になってようやく月影寺に帰宅した。

 母屋の玄関にドサッと荷物を置くと、すぐに母親の声がした。同時に玄関先に並ぶ靴を見ると、見慣れぬ洒落た靴が一足あったので、不思議に思った。

「母さん、誰か客?」
「まぁ流ってば、それは翠の靴よ」
「え? 何で靴があるんだよ? もう帰ったんだろう? 泊まるのは一昨日までだって聞いてたぞ。もしかして靴を忘れていったのか。兄さんは相変わらず抜けてんな」
「まぁ何てことを言うの。 あのね、翠はね……」

 母親は深いため息をついた。

「なんだよ。何か言いたいことがあるんだなら、ハッキリ言ってくれよ」
「あなたたちは……いつまで仲違いしているの。翠はインフルエンザになってしまって、今自分の部屋で眠っているのよ」
「インフル?」
「そうだわ。ちょっと様子を見てきてくれない?」

 昔から兄さんは風邪をひきやすく拗らせやすい人だった。そんな弱った兄さんの看病はいつも俺の役目だった。俺はその時間が大好きだった。弱った兄さんは目を熱で潤ませ、珍しく俺に甘える仕草を見せてくれたから。でももうその役目は俺じゃない。

「はぁ? なんで俺が行くんだよ? 嫁さんが看病してんだろ。どーせっ」
「彩乃さん? 彼女ならもう薙と一緒に帰ったわよ」
「え……なんで? 嫁さんが病気のダンナを置いて帰るなんてアリかよ!」
「流、何を怒っているの? だってしょうがないじゃない。赤ちゃんにインフルエンザが移ったら大変だから隔離するのは普通のことよ。翠はここで治るまでゆっくり静養させることにしたから大丈夫よ。それに……あの子は少し疲れているみたいだったから、これでいいのよ」
「……そういうもんか」

 だが……やっぱり信じられないぜ。弱った兄さんを置いて帰るなんて!

 俺だったら病気で苦しむ兄さんを置いてどこかに行ったりなんて絶対にしない。

 片時も離れたくないし、離さない!

「とにかく流が帰ってきてくれて良かったわ。待っていたのよ」
「なんで?」
「あなたが翠を看病してあげてくれない? 昔からその役目を喜んでいたでしょ。そうだわ。これはいい機会よ。もういい加減仲直りしなさい。ねっ」
「ふんっ」
「ほら、新しいパジャマとタオルよ。たぶん今頃寝汗をかいているだろうから着替えさせてあげてね。母さんは夕食の準備で忙しいの。今日はクリスマスイブだから、血が騒ぐの。今、ローストチキンを作っている最中なのよ。とにかく頼んだわよっ」
「あっおい!」

 母は有無を言わさぬ勢いで、俺に兄さんの着替え一式を渡して、台所に消えてしまった。

 やれやれ……なんだよ。参ったな。

 帰省する兄さんに会いたくなくて避けるように家を飛び出したのに、こんな展開になるなんてさ。でも俺は……もしかして喜んでいるのか。嫁さんも子供も傍にいない兄さんと会うのはいつぶりか。久しぶりにふたりきりで会えるのか。

 それならと急ぎ足で、兄さんの部屋へと向かうことにした。

 俺だけの兄さんを見たかった。

 もういい加減……兄さんを無視するのも我慢の限界だ。

 『翠』と呼びたい人に、早く会いに行こう。

 兄さんには俺がついている。

 そう伝えてやりたい。



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