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忍ぶれど……
父になる 14
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翠の熱が下がって数日が過ぎ、ようやく辛そうにしていた咳も収まり、医師の外出禁止も解けた。
つまり約束の神社に共に行ける日がやってきたのだ。
母屋の玄関先の壁にもたれて待っていると、翠がパタパタと軽やかな足音で階段を降りて来た。
「流、待たせたね」
今日は、俺が用意した服を着てくれている。だから、しみじみとその姿を上から下まで眺め、再び悦に入った。
そもそも、翠は家族で一泊だけの予定で帰省したので、荷物がほとんどなかった。インフルエンザにかかり最初のうちはパジャマで問題なかったが、熱が下がってからは、着るものが足りずに困っているようだった。だから俺が翠の部屋に残してあった服の中から選んでやったのだ。
今日も朝から念入りにコーディネートしてやった。セーターにシャツ、ズボン、コートも……全て結婚する間に一緒に買いに行ったりしたものをチョイスした。
仲良く横浜に服を買いに行った日のことを懐かしく思い出しながら、足りない靴下などの小物はこっそり買い揃えた。
今日は上から下まで全部俺のセンスで、翠を包んでいる。
翠もいつもより若々しく、なんだか大学生の頃に戻ったみたいだ。
本当によく似合っている。
結婚して父になった翠と会う度に、嫁さんが選んだモノトーンの服を着ているのが憎たらしかったが、今日は違う。
翠には優しい暖色系の色が似合うのに、嫁さんの好みは全然違ったようだ。翠も断り切れないのか律儀にそれを着ている様子に、いつもイラついていた。
さてと仕上げは……
「ほら、これ巻いておけよ」
「えっ」
翠の寒そうな襟元に、マフラーをぐるぐると巻き付けた。
翠は予期していなかったことに、目を見開いて驚いていた。
「なんだよ。気に入らねーのか」
「えっ……だって、突然どうしたんだ?」
「……これは、クリスマスプレゼントだ」
「わぁ……本当か、すごく嬉しいよ、流からのプレゼントなんて信じられない」
おいおい、大袈裟だな。
いや、違うな。俺はそれだけ長い間、俺は翠が喜ぶことをしていなかったのだ。結婚する前はいつだって翠が喜ぶことは何かと考えていたのに、俺の手をすり抜け結婚してしまった翠には、何もしてやれなかった。
俺からの贈り物は、カシミアのマフラーだ。
翠が寝込んでいる間に、横浜中のデパートを駆け巡ってようやくイメージ通りの物を見つけた。優しいオフホワイトとベージュの格子模様。翠の明るい髪色と混ぜたらミルクティーみたいだ。きっとよく似合うさ。
マフラーの柔らかい感触を、ほっそりとした指先で確かめた翠が、冬の陽だまりのような優しい笑顔を浮かべてくれた。
「流、これ暖かいよ」
「……そうか」
なんだか照れくさくて、そっぽを向いてしまった。
翠の淡い笑顔が可愛すぎて、動悸が激しくなるんだよ。
俺の顔、赤くないよな?
「さぁ行くぞ」
「うん、母さん……じゃあ行ってきます」
台所からエプロンをつけた母が出てきた。
「流、翠のこと頼んだわよ。病み上がりなんだから」
「分かってるって」
「冷えないようにね。夕方には戻って来なさいよ」
母さんも病み上がりの兄のことを心配している。
言われなくたってちゃんと守る。
俺が守るから。
翠が結婚していることも、父になったことも、この時はすっかり忘れていた。
とにかく俺だけの兄が戻って来た。
俺好みに仕立て上げた翠と、二人きりで出かけられるのが嬉しい。
浮かれた気持ちは、足取りも軽くするようだ。
翠も、俺の横で心底嬉しそうに微笑み続けてくれている。
空を仰ぎ見れば、雲一つない快晴だ。
年の瀬の慌しさも何もかも忘れ、俺と翠は久しぶりに肩を並べ、同じ一歩を踏み出した。
つまり約束の神社に共に行ける日がやってきたのだ。
母屋の玄関先の壁にもたれて待っていると、翠がパタパタと軽やかな足音で階段を降りて来た。
「流、待たせたね」
今日は、俺が用意した服を着てくれている。だから、しみじみとその姿を上から下まで眺め、再び悦に入った。
そもそも、翠は家族で一泊だけの予定で帰省したので、荷物がほとんどなかった。インフルエンザにかかり最初のうちはパジャマで問題なかったが、熱が下がってからは、着るものが足りずに困っているようだった。だから俺が翠の部屋に残してあった服の中から選んでやったのだ。
今日も朝から念入りにコーディネートしてやった。セーターにシャツ、ズボン、コートも……全て結婚する間に一緒に買いに行ったりしたものをチョイスした。
仲良く横浜に服を買いに行った日のことを懐かしく思い出しながら、足りない靴下などの小物はこっそり買い揃えた。
今日は上から下まで全部俺のセンスで、翠を包んでいる。
翠もいつもより若々しく、なんだか大学生の頃に戻ったみたいだ。
本当によく似合っている。
結婚して父になった翠と会う度に、嫁さんが選んだモノトーンの服を着ているのが憎たらしかったが、今日は違う。
翠には優しい暖色系の色が似合うのに、嫁さんの好みは全然違ったようだ。翠も断り切れないのか律儀にそれを着ている様子に、いつもイラついていた。
さてと仕上げは……
「ほら、これ巻いておけよ」
「えっ」
翠の寒そうな襟元に、マフラーをぐるぐると巻き付けた。
翠は予期していなかったことに、目を見開いて驚いていた。
「なんだよ。気に入らねーのか」
「えっ……だって、突然どうしたんだ?」
「……これは、クリスマスプレゼントだ」
「わぁ……本当か、すごく嬉しいよ、流からのプレゼントなんて信じられない」
おいおい、大袈裟だな。
いや、違うな。俺はそれだけ長い間、俺は翠が喜ぶことをしていなかったのだ。結婚する前はいつだって翠が喜ぶことは何かと考えていたのに、俺の手をすり抜け結婚してしまった翠には、何もしてやれなかった。
俺からの贈り物は、カシミアのマフラーだ。
翠が寝込んでいる間に、横浜中のデパートを駆け巡ってようやくイメージ通りの物を見つけた。優しいオフホワイトとベージュの格子模様。翠の明るい髪色と混ぜたらミルクティーみたいだ。きっとよく似合うさ。
マフラーの柔らかい感触を、ほっそりとした指先で確かめた翠が、冬の陽だまりのような優しい笑顔を浮かべてくれた。
「流、これ暖かいよ」
「……そうか」
なんだか照れくさくて、そっぽを向いてしまった。
翠の淡い笑顔が可愛すぎて、動悸が激しくなるんだよ。
俺の顔、赤くないよな?
「さぁ行くぞ」
「うん、母さん……じゃあ行ってきます」
台所からエプロンをつけた母が出てきた。
「流、翠のこと頼んだわよ。病み上がりなんだから」
「分かってるって」
「冷えないようにね。夕方には戻って来なさいよ」
母さんも病み上がりの兄のことを心配している。
言われなくたってちゃんと守る。
俺が守るから。
翠が結婚していることも、父になったことも、この時はすっかり忘れていた。
とにかく俺だけの兄が戻って来た。
俺好みに仕立て上げた翠と、二人きりで出かけられるのが嬉しい。
浮かれた気持ちは、足取りも軽くするようだ。
翠も、俺の横で心底嬉しそうに微笑み続けてくれている。
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