忍ぶれど… 兄は俺の光――息が届くほど近くにいるのに、けっして触れてはならぬ想い人

志生帆 海

文字の大きさ
118 / 236
色は匂へど……

光を捉える旅 7 

しおりを挟む
 視力が回復したことはまだ話していないので、流は僕を躊躇いなく見つめて来る。

 その強くて真っ直ぐな視線は、扉越しにも強く感じ取れた。
 
 振り返ると、流の視線が磨り硝子の扉を突き抜け、僕の身体に絡まってくるようだった。

「あっ……」

 強い熱が込められた視線の意味を知りたい。

 だが僕と流は実の兄弟だ。

 同じ両親の間に二歳差で生まれ、全く同じ血を受け継いでいる。

 せめて義兄弟だったら、何かが違ったのか。

 いや、そんなことを考える事自体が変だ。

 翠、しっかりしろ!

 行き場のない熱を持て余し、シャワーの音に紛れて思わず壁をドンっと叩いてしまった。

「消せ! 静めろ!」

 流を巻き込んではいけない。

 僕の勝手に拗らせた想いの渦には。

 普通の兄と弟として月影寺で心穏やかに過ごせればいい。

 多くは望んではいけない。

…… 
 本当にそれでいいのか。
 僕と同じ轍を踏つもりか。
 記憶の彼方の僕たちの行く末は……
……

 あぁ、また頭痛がする。

 この声の主は……誰だ?





****

 扉の向こうに、翠がいる。

 今は真っ裸で入浴している。

 ぼんやりと磨りガラス越しに動く肌色を眺めていた。

 その姿を見たい欲求と、見てはいけないという自制心に駆られている。

 翠の目は見えていないのだから、そっと覗いても分からないのでは?

 いや、たとえ見えていなくとも、気高い翠にそんな真似をしてはならない。

 扉の前で葛藤していると水音が止み、暫く待つと翠が出て来た。

 浴衣をいつもより綺麗に着付けていたのに少しの違和感を抱いたが、風呂上りの上気した色っぽい頬を見た途端、吹っ飛んでしまった。

「流、ありがとう。さっぱりしたよ」

 まるで蓮の花のような、たおやかな微笑。

 翠特有の透明感。

 眩しい光に、思わず目を細めた。

 翠の瞳に自分が映っていないのは悲しいが、こういう時は好都合だ。

 不躾な視線をどんなに浴びさせても、翠は気付かない。

「兄さん? 少し顔が赤いが、まさかまた熱でも」
「だ、大丈夫だ。それよりもう眠りたい」
「そうだな。布団を敷いたよ。さぁどうぞ」
「うん」

 兄さんを寝かせ、掛布団を胸元までかけてやった。

「ありがとう」

 幼い頃、優しく寝付かせてもらったのは俺の方だったのに、今はすっかり逆だな。

「……流、今日は驚かせてごめん。そして……今までありがとう」
「何を変なこと言って? 明日も明後日も傍にいるのに」
「そうだね。嬉しいよ。本当に……」

 兄さんが寝付くまで、飽きることなく、その顔を見つめ続けた。

 兄さんは、溺れかけるというとんでもないアクシデントがあったせいで興奮しているのか、なかなか寝付けないようだった。

 暫くは瞼が微かに震えていたが、やがて規則正しい寝息が聞こえてきた。

「また明日……おやすみ。兄さん」

 明日も明後日も、ずっと俺が傍にいて兄さんの目となるから、安心しろよ。




****

 真夜中にふと目覚めた。

 いつもなら目を開けても暗闇のままだが、今日は微かな明かりを感じた。

 テレビの主電源の赤い光や、障子の向こうの微かな街灯の漏れを捉えていた。

 僕の目は、本当に見えようになったようだ。

 そっと枕元のスタンドを付けてみると、僕の足元に流が蹲って眠っていた。

 馬鹿だな、こんな所で眠るなんて。

 流の前に座って顔を覗き込んで見ると、流も疲れているようで、いつになく深い眠りに落ちていた。

 もう、これが見納めになる。

 こんな間近で熱い視線を送りながら流を見つめることは、きっと、もうない。

 朝には僕の視力は完全に回復し、兄と弟としての、けじめが必要になる。

 だから今だけ……

 この瞬間だけは許しておくれ。

 流を愛しく見つめることを。

 なぁ流……好きだよ、ずっと好きだった。

 弟として好きなのか、家族として好きなのか。流が好き過ぎて、気がついた時には、どこが境界線なのか分からない程、全部好きになっていた。

 怖くなる程、好きが溢れそうで苦しかった。

 流も僕を一途に見つめてくれているのを知っていたから、僕の手で断ち切らないと……そう決意して結婚したんだ。そうすればこの想いは消えて行くと信じていたのに、いつまで経っても熱は収まらなかった。

 こうなったら、もう無理矢理にでも静めるから……

 その代わり、傍にいさせて、傍にいてくれ。

 僕は生涯を月影寺で過ごすから、一緒に過ごそう。

……
 次の世では……
 かつて、どうしても叶わなかった夢を二人で叶えていこう。
 ずっと傍にいて欲しい。
 もう僕を置いて行くな。
……
 
 頭の中の思考ばかりが、先走っていく。

 かつてとは、一体いつの事だ?

 叶わなかった夢とは?

 ずっと一緒に過ごし生涯を全うしたかったのは、誰の思念だ?

 あぁ……はっきりと分からない事に、僕は長年取り憑かれている。

 何が現実で何が夢なのか、あやふやだ。

 でも僕が流へ募らせてる熱は、現実だ。

 どうしよう。

 どうしたらいい?

 やがて朝日が昇る。

 僕と流の関係が、また一つ変化する朝がやってきてしまう。

 この熱はどこへ――

 



しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜

小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」 魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で――― 義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜

ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。 王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています! ※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。 ※現在連載中止中で、途中までしかないです。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

処理中です...