忍ぶれど… 兄は俺の光――息が届くほど近くにいるのに、けっして触れてはならぬ想い人

志生帆 海

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色は匂へど……

波の綾 17

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 兄さん、良かったな。

 海里先生は立派なお医者さまだ。

 そして、これは俺の勝手な想像だが……俺たちと同士だ。
 
 兄さんには、少し離れた立場から親身になって話を聞いてくれる人がいると良いと、実はかねがね思っていたんだ。

 丈からも同様のアドバイスを受けていた。

 だが、なかなか兄さんが安心して心を預けられる適任者とは巡り会えなかった。

 兄さんは……自分の思いは胸の奥底に沈め、自分を殺して息が出来なくなってしまう人なんだ。

 これからは海里先生を『心の主治医』とし診てもらうといい。

 兄さんと海里先生がゆったりとした雰囲気で話しているのを見つめていると、柊一さんが近づいてきた。

「流さんに見て欲しいものがあるのです」
「これは?」

 小さな木箱に収まっていたのは、真っ二つに割れてしまった桜貝だった。

 とても美しい形と色合いの貝だった。

「この貝は割れても離れ離れにはならず、しがみつくように傍にいました」
「……兄さんの傍にしがみつく俺みたいだ」

 思わず漏らしてしまった本音。

 俺が兄さんを想っていることがバレてしまうと焦ったが、柊一さんは不思議な空気を持っている人で、悠然と構えたままだ。

 華奢な外見から、海里先生にひたすらお姫様のように守られている人だと思い込んでしまったが、そうではないようだ。

「あの……僕はこう思っています。たとえ一時の別れがあったとしても心が寄り添い続けていれば、きっと再び一つになれる日が来ると……だから叶えたい夢があるのならば、諦めずに焦らずにいて下さい」

 まるでおとぎ話のワンフレーズのようだ。

「それはつまり……願い続ければ夢はいつか叶うかもしれないと?」
「はい、だから夢と希望はどうか持ち続けて下さい。いつか叶う日のために。僕たちはそれを実現してきました」

 先駆者なのかもしれない。

 この人達は、時代の――




 帰り際、俺は兄さんと再び由比ヶ浜の海辺を歩いた。

 夕焼けが水面を照らし、美しい模様を生み出していた。
 
「流、美しい光景だね。古来から、光を受けて波が見せる彩りを『波の綾』と呼ぶそうだよ」
「織物に例えるのか、なるほど。じゃあ今日は穏やかな模様だな。波は好きではなかったが、兄さんがそう言えば好きになれそうだ」

 人生の荒波、人波にのまれて

 何度も何度も兄さんを見失いそうになった。

 だがこうやって、今、俺たちの縁は続いている。

「流と僕の人生みたいだね。二人で歩めば、いつか美しい織物が完成するかもしれない……」


 この言葉に決意した。

 この先はどんな時も、翠と心を寄せ合っていこう。

 そうすれば……きっといつか夢は叶う!

 まるでおとぎ話のように――


                      『波の綾』 了




あとがき

『まるでおとぎ話』とのクロスオーバーはここまで。
また後にちらちらと海里先生は出てきます。
少し話を進めていきますね。


 




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