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色は匂へど……
待宵 3
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僕は離婚後心を入れ替えて、父である住職の次の要職『副住職』として心身を修練し続けた。
今日は前住職の17回忌の法要で、久しぶりに月影寺に大勢の人が集結する。親戚といっても父や母はお互い一人っ子で兄弟はいないので、少し遠い血縁となる。
だからこそ、今日は絶対に隙を見せてはならぬ。
僕が流に抱く秘めやかな情熱はひた隠す。
僕は背筋を伸ばして心を整え、来客を玄関先で出迎えた。
「お久しぶりです」
「やぁ、君は……ええっと翠くんか、立派になったな」
「ありがとうございます」
「住職も立派な跡取りがいて安心だな」
「精進致します」
一人一人に丁寧に挨拶をした。
さぁ、そろそろ開式の時刻だ。
玄関の引き戸を閉めようとすると、向こうから堂々と歩いてくる男性がいた。
逆光で眩しいな。
一体誰だろう?
近づいて初めて、それが誰かが分かった。
「丈! 来てくれたのか」
「えぇ、予定が変更になって時間が少し空いたので……翠兄さんは、すっかり良くなったのですね。視力も良くなられたのですね」
丈が僕の顔をじっと覗き込む。
昔から大人びた顔付きだったが、ますます雄々しく逞しくなった末の弟は、どことなく流に似ていた。
全く僕だけタイプが違いすぎる。筋肉のつかない身体に色白な肌。色素の薄い髪色……もう少し男らしく生まれたかったものだが……今はありのままの自分を受け入れてはいるが、こんな時は意識してしまう。
「その節はありがとう。あの時は取り乱して済まなかった」
「いえ、私も言い過ぎました。あれから、兄さんの様子が気になっていたのですが、ご無沙汰してすみません」
たった4歳の年の差なのに、丈は中学入学と同時に家を出てしまったので、話す機会が極端に少なかった。つまり兄弟らしい会話が、まだちゃんと出来ていなかった。
僕は丈にまだまだしてやりたいことがあったのに、丈は自ら寮生活を選んでしまったのだ。
だからなのか、僕は今でも丈の生き方を案じている。
自分のことを棚に上げてになるが、この無愛想だが本当は心根の優しい弟の生き難さに寄り添ってやりたい。
そのためにも僕は一層の精進をせねば。
誰かの心をしっかり受け止めるのは、それを受け入れられる懐の広さが必要だ。
まずは月影寺にその基盤を作ろう。
「来てくれてありがとう。嬉しいよ」
触れ合いたいという気持ちが先走ったのか、思わず丈の手を握ると、丈が意外そうに顔を上げた。
「あの?」
「あぁごめん。丈の手は大きくて頼もしいな。今は研修医として頑張っているんだね」
「……まぁ」
「この手で沢山の人の命を救っておくれ。そして身体だけでなく、心も救えるお医者様になっておくれ」
「心も?」
「そうだ、丈にならなれるよ」
「……」
無口で無愛想な弟の心に寄り添うように、僕は祈る。
冷血漢と皆は彼を揶揄するが、僕は違う。
心を見せてないだけだ。
まだ外に……
だから、願わずには居られない。
弟の魂を揺さぶるほどの、血が沸き立つような出逢いがありますように。
「今日は兄さんの副住職としての仕事を見せてもらいます」
「うん、しっかり目に焼き付けて欲しい」
僕は目標が出来た。
月影寺に結界を――
その悲願を達成するために、今日も己を律していく。
法要をつつがなく終え、客人を見送り終えると、丈がやってきた。
「兄さん、とても安定していましたね。もしや何か良いことでも?」
「実は……とても良いお医者さまと巡り逢ったんだ」
「そうなんですか。失礼ですが、どなたです?」
「うん……」
「何科の医師です?」
どうしよう、ここで海里先生の名を出して良いものか。
僕は海里先生の元で、実の弟への恋慕を吐き出しているとは言えない。
躊躇していると、丈に呼び出しの電話が入った。
「あぁ、今から病院に戻らないと……」
「分かった。今日はありがとう」
「また忙しくなるので暫く会えません。今日は兄さんの顔色を見て安心しました」
「僕も頑張るから丈も頑張っておくれ。時には……がむしゃらに生きるのも大事だよ」
「……そうですね」
丈が帰り支度を始めたので、僕はこれだけで伝えなくてはと……
用意していた言葉を丈に預けた。
「では」
「待っておくれ」
「なんです?」
「困った時はいつでも頼って欲しい。僕はいつも丈の味方だ」
「……気に留めておきます」
「必ずだよ」
「……はい」
「僕が月影寺を守り続けるから、いつでも帰っておいで」
「分かりました」
丈の淡々とした口調は、最後まで崩れることはなかった。
でもね、きっと丈も巡り逢う。
胸を焦がすような生涯の伴侶との出逢いは、きっともうすぐ――
あとがき(不要な方は飛ばして下さい)
****
『忍ぶれど…』を書き下ろしている理由の一つが、今日のシーンです。
『重なる月』で丈が洋を連れて月影寺に戻る決断をしたのは、この日翠と交わした言葉があったからなんですよね。
今日は翠流の萌えはありませんでしたが、弟の絆は深まりました。
『忍ぶれど』は私が心をこめて、ひたむきに書いている作品です。これからも頑張ります!
いつも読んで下さってありがとうございます。
今日は前住職の17回忌の法要で、久しぶりに月影寺に大勢の人が集結する。親戚といっても父や母はお互い一人っ子で兄弟はいないので、少し遠い血縁となる。
だからこそ、今日は絶対に隙を見せてはならぬ。
僕が流に抱く秘めやかな情熱はひた隠す。
僕は背筋を伸ばして心を整え、来客を玄関先で出迎えた。
「お久しぶりです」
「やぁ、君は……ええっと翠くんか、立派になったな」
「ありがとうございます」
「住職も立派な跡取りがいて安心だな」
「精進致します」
一人一人に丁寧に挨拶をした。
さぁ、そろそろ開式の時刻だ。
玄関の引き戸を閉めようとすると、向こうから堂々と歩いてくる男性がいた。
逆光で眩しいな。
一体誰だろう?
近づいて初めて、それが誰かが分かった。
「丈! 来てくれたのか」
「えぇ、予定が変更になって時間が少し空いたので……翠兄さんは、すっかり良くなったのですね。視力も良くなられたのですね」
丈が僕の顔をじっと覗き込む。
昔から大人びた顔付きだったが、ますます雄々しく逞しくなった末の弟は、どことなく流に似ていた。
全く僕だけタイプが違いすぎる。筋肉のつかない身体に色白な肌。色素の薄い髪色……もう少し男らしく生まれたかったものだが……今はありのままの自分を受け入れてはいるが、こんな時は意識してしまう。
「その節はありがとう。あの時は取り乱して済まなかった」
「いえ、私も言い過ぎました。あれから、兄さんの様子が気になっていたのですが、ご無沙汰してすみません」
たった4歳の年の差なのに、丈は中学入学と同時に家を出てしまったので、話す機会が極端に少なかった。つまり兄弟らしい会話が、まだちゃんと出来ていなかった。
僕は丈にまだまだしてやりたいことがあったのに、丈は自ら寮生活を選んでしまったのだ。
だからなのか、僕は今でも丈の生き方を案じている。
自分のことを棚に上げてになるが、この無愛想だが本当は心根の優しい弟の生き難さに寄り添ってやりたい。
そのためにも僕は一層の精進をせねば。
誰かの心をしっかり受け止めるのは、それを受け入れられる懐の広さが必要だ。
まずは月影寺にその基盤を作ろう。
「来てくれてありがとう。嬉しいよ」
触れ合いたいという気持ちが先走ったのか、思わず丈の手を握ると、丈が意外そうに顔を上げた。
「あの?」
「あぁごめん。丈の手は大きくて頼もしいな。今は研修医として頑張っているんだね」
「……まぁ」
「この手で沢山の人の命を救っておくれ。そして身体だけでなく、心も救えるお医者様になっておくれ」
「心も?」
「そうだ、丈にならなれるよ」
「……」
無口で無愛想な弟の心に寄り添うように、僕は祈る。
冷血漢と皆は彼を揶揄するが、僕は違う。
心を見せてないだけだ。
まだ外に……
だから、願わずには居られない。
弟の魂を揺さぶるほどの、血が沸き立つような出逢いがありますように。
「今日は兄さんの副住職としての仕事を見せてもらいます」
「うん、しっかり目に焼き付けて欲しい」
僕は目標が出来た。
月影寺に結界を――
その悲願を達成するために、今日も己を律していく。
法要をつつがなく終え、客人を見送り終えると、丈がやってきた。
「兄さん、とても安定していましたね。もしや何か良いことでも?」
「実は……とても良いお医者さまと巡り逢ったんだ」
「そうなんですか。失礼ですが、どなたです?」
「うん……」
「何科の医師です?」
どうしよう、ここで海里先生の名を出して良いものか。
僕は海里先生の元で、実の弟への恋慕を吐き出しているとは言えない。
躊躇していると、丈に呼び出しの電話が入った。
「あぁ、今から病院に戻らないと……」
「分かった。今日はありがとう」
「また忙しくなるので暫く会えません。今日は兄さんの顔色を見て安心しました」
「僕も頑張るから丈も頑張っておくれ。時には……がむしゃらに生きるのも大事だよ」
「……そうですね」
丈が帰り支度を始めたので、僕はこれだけで伝えなくてはと……
用意していた言葉を丈に預けた。
「では」
「待っておくれ」
「なんです?」
「困った時はいつでも頼って欲しい。僕はいつも丈の味方だ」
「……気に留めておきます」
「必ずだよ」
「……はい」
「僕が月影寺を守り続けるから、いつでも帰っておいで」
「分かりました」
丈の淡々とした口調は、最後まで崩れることはなかった。
でもね、きっと丈も巡り逢う。
胸を焦がすような生涯の伴侶との出逢いは、きっともうすぐ――
あとがき(不要な方は飛ばして下さい)
****
『忍ぶれど…』を書き下ろしている理由の一つが、今日のシーンです。
『重なる月』で丈が洋を連れて月影寺に戻る決断をしたのは、この日翠と交わした言葉があったからなんですよね。
今日は翠流の萌えはありませんでしたが、弟の絆は深まりました。
『忍ぶれど』は私が心をこめて、ひたむきに書いている作品です。これからも頑張ります!
いつも読んで下さってありがとうございます。
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