忍ぶれど… 兄は俺の光――息が届くほど近くにいるのに、けっして触れてはならぬ想い人

志生帆 海

文字の大きさ
200 / 236
色は匂へど……

春隣 16

しおりを挟む
「よし、今日の味噌汁も絶品だ。さぁ盛り付けるぞ」

 朝食作りに奮闘していると、廊下と庫裡の境の暖簾をかき分ける気配がした。

「流、おはよう」
「おはようございます」

 振り向けば、優しい顔がひょいと現れる。

 俺とは真逆の、楚々とした柔らかい顔立ちが大好きだ。

 喉から手が出るほど欲しいのに、どうやって歩み寄ればいいのか分からず、方法を探っている段階だ。

「あれ? 洋くんはいないの?」
「今日はまだ来てませんよ。きっと忙しいのでしょう」
「そう……徹夜で仕事だったのかな? 仕方ないね」

 翠が残念な表情を浮かべる。

 全てに不器用な洋くんは、猫可愛がりしたくなる存在らしい。

「いいえ、俺たちが構い過ぎたから丈が妬いているんですよ」
「え? そうなの? うーん、そんなつもりでは……でも洋くんは何事にも一生懸命で可愛いよね」
「えぇ、だから丈も懇ろに可愛がりたいのでしょう。夜勤明けは特に飢えていますしね」
「えっ、どうして……飢えるの? あっ」
「どうしました?」
「い、いや、何でもないよ」

 顔色をそっと伺うと、うっすらと頬を染めていた。

 もしや……

 丈と洋くんが男同士で抱き合っているシーンを想像しているのか。

 あぁ、清廉とした翠の心の奥底を覗いてみたい。
 
 何はともあれ、男同士の性交に嫌悪感はないようで安堵した。

 それは俺にも一縷の望みがあるっていうことか。

 何でも前向きに捉えてしまうのは、俺も飢えているから。

「いただきます」

 翠と向き合って朝食を取っていると、廊下から焦った足音が聞こえた。

「すみません! お、遅くなりました」

 案の定だいぶ遅れて朝食を取りに来た洋くんの瞳は潤みきって、身体中から甘いフェロモンを放っていた。

「いや、お疲れさん」
「えっ……ええっと……」

 慌てて隠すが、シャツの隙間から見える首筋に、キスマークが鎖のようについているのが見えた。

「そのシャツ……大きいようだな」
「え?」
「ここではいいが、外では気をつけろよ」
「あっ!」

 丈は相当独占欲が強いらしい。

 こんな魅力的な恋人がいたら、そうなるのも無理ないか。

 その気持ち分かるぜ!

「あ、あの……すみません」
「謝ることないさ。愛の証だろ?」
「ううっ、丈の奴……だから言ったのに」
「ははっ、ごちそうさん」

 しかしまぁ……ここは月影寺だから良いが、余所でこんな色っぽい顔を見せたら大変だぞ。

 洋くんの美しさは、やはり脆そうだ。

 守ってやらねば――




 季節は巡り、だいぶ暖かくなってきた。

 洋くんがやってきてから、欠けていた月が満ちたように穏やかな日々が続いている。このまま何もなく平穏無事に暮らせるといいな。

 二人がどこでどうやって出逢い、どんな試練を乗り越えて流れ着いたのかは、まだ知らない。二人揃って何も語らないのは、あまりに重く辛い過去だからなのか。

 最近はそんな風に考えるようになっていた。

「月光が繭のように、洋くんを守っているようだね」

 降り注ぐ月光を、翠が見上げている。

「そうですね……」

 俺もいつもあなたを守っていますよ。

 幾重にも幾重にも重なって――

 なぁ、そろそろ俺の想いを受け取ってくれないか。 

 まだダメなのか。

 いつまで待てばいい?

 熱い視線を投げかけるが、翠の表情は灯籠の影になって分からない。

「……墓地へ行ってくるよ」

 挙げ句の果てに、背筋を伸ばしてスタスタと念仏を唱えながら歩いて行ってしまった。

 結界に緩みはない。

 俺たちの世界はほぼ完成したのに、まだ俺たちのものではない。

 もどかしい夜をあと幾夜耐えればいいのか。

 誰か教えてくれ。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜

紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。 ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。 そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?

男子寮のベットの軋む音

なる
BL
ある大学に男子寮が存在した。 そこでは、思春期の男達が住んでおり先輩と後輩からなる相部屋制度。 ある一室からは夜な夜なベットの軋む音が聞こえる。 女子禁制の禁断の場所。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

処理中です...