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色は匂へど……
色は匂へど 5
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丈と洋くんが滞在していた離れのリフォームが始まる。
原型を留めない程の大がかりな改装工事となるので、今日から洋くんと丈は母屋に移動し客間で過ごすそうだ。
朝から彼らの越し作業で、母屋が賑やかだね。
廊下の奥から流の笑い声が聞こえてくるよ。
人懐っこい流に、洋くんも打ち解けていい感じだ。
それにしても、何故あんなに奥の部屋にしたのかな?
あの部屋はほとんど使っていないので埃を被っているし、風呂場や洗面所からも遠くて不便だろう。
僕はそんなことを考えながら、工事車両が横付けされた離れを見つめた。
「……見納めだな」
あそこには僕の思い出が沢山詰まっている。
父が商社マンだった頃、夏休みに母に連れられて帰省すると、必ず離れに宿泊した。
幼い流の相手はいつも僕で、僕たちは1日中一緒に遊んだ。 朝起きると、流がいつの間にか僕の布団に潜り込んでいて、夜中にトイレに行くのは怖いと起こされたり、本当に流は僕に甘えて――
中学生の時にお祖父様が亡くなり、父が住職となるため東京のマンションを引き払い移り住んでからは、僕と流が離れの並んだ部屋を個室として使った。
窓をひょいと跨いで、裸足のまま流が寺庭に駆け出して行ったのも、懐かし思い出だ。
「少し寂しくなるな」
これ以上壊されていく様子を見ると、感傷的になりそうだ。
僕は踵を返し、母屋に向かった。
すると渡り廊下で、流とすれ違った。
「流……」
「兄さん」
こんなふとした瞬間にすら、僕の心臓はとくんと跳ねるようになってしまった。
生まれた時から傍にいる弟なのに不思議だ。
いや、違うな。
もういい加減に認めよう。
僕は弟を愛している。
兄としてではなく、一人の男として一人の男が好きなのだ。
「兄さんもあいつらの様子を見に?」
「うん」
「どうぞ。俺はもう充分あてられたので」
「えっ……」
「何です?」
「あ、いや……」
「洋くんは鼻炎もちのようです」
「そうなの?」
丈と洋くんの愛睦まじい様子にあてられた?
そう思うと、流を愛し流に愛されたいという、欲望が出てしまう。
こんな煩悩……今は隠さないと。
客間を覗くと、かび臭い匂いがした。
「洋くん、丈から鼻の調子が悪いって聞いたよ。本当にこの部屋で大丈夫なの? かなり埃っぽいし、よかったら僕の部屋に来る?」
ブンブンと二人揃って首を横に振った。
丈がそんな仕草をするなんて、洋くんの効果が絶大だね。
「ありがとうございます。たって二カ月ですし、しっかり掃除するので大丈夫です」
「そうかな? あ……そういえば丈から聞いたよ。いいね」
「えっ、何をですか?」
珍しく丈が昨夜、上機嫌で話しかけて来たんだ。
間もなく新婚旅行に行くと……意気揚々と告げてきた。
「新婚旅行に行くんだって」
「えっ、丈、あれ本気だったのか!」
洋くんが動揺している様子も微笑ましい。本当に君たちは初々しいね。
「もしかして丈が勝手に決めたことなのかな? 丈はだんだん流と似て来るね。流もいつも勝手にあれこれするんだよ」
「あの……何処に行くって言っていましたか」
「宮崎に行くと言っていたよ。随分と張り切っていたよ。僕は南国に行ったことがないので羨ましいよ」
これは本音だ。
南国に行って、心を開放したいんだ。
「そうなんですか。じゃあ翠さんは、どういう所へ旅行したのですか」
「仏門の修行で北陸とか東北とか……なんというか少し渋い旅行だったね」
「そうなんですね。流さんは色んな場所に行っていそうなのに……意外でした」
そう言われてみると僕の世界は狭かった。
流は世界を駆け回ってきたのに……
「流はね、若い頃は突然家を飛び出し数日帰らなくてね……後から聞くと自転車でふらっと旅に出て野宿をしたとか、青春18きっぷで電車を乗り継いで京都まで行ったとか。一番遠くはエジプトまで行っていたよ。本当に流は昔から自由奔放だったんだ」
だが、それでいい。
流が世界を見せてくれれば、それでいい。
世界を闊歩する流は
僕の大切な弟……大切な男だ。
流に関することだと、僕の頬は勝手に緩んでしまうな。
「流さんらしいですね。あ、そうだ。翠さんに聞いてもいいですか」
「何かな?」
目の前に洋くんが差し出したのは、古びた木箱。
「これはどなたの物だか知っていますか」
よく見覚えがあるよ。
箱根に家族旅行した時に一緒に買った宝箱だ。
「あ……これって」
「もしかして翠さんのですか?」
「あ? うん……これをどこで?」
「離れの押し入れに入っていました」
「そうか……そんなところに。ありがとう。これは僕のものだよ。僕が受け取ってもいいかな」
「もちろんです! よかった。持ち主が見つかって」
僕はそっとその箱を抱きしめた。
どこかに無くしたと思った宝箱が見つかったのが嬉しくて。
この宝箱の中には……
流からもらった手紙。
流がくれた御守り。
流が選んだしおり。
流にちなんだ物ばかりを詰め込んでいた。
ギュッと閉じ込めたのは、流への愛だった。
僕は昔から流が大好きで、今はもっと好きで……
好きを通り超して……愛しているよ。
あぁ、僕のいる世界はこんなにも流で満ちている。
僕も丈と洋くんのように、南国へ旅してみたい。
羽ばたいてみたい。
この月影寺を上空から見下ろしてみたい。
流だけで満ちたい。
原型を留めない程の大がかりな改装工事となるので、今日から洋くんと丈は母屋に移動し客間で過ごすそうだ。
朝から彼らの越し作業で、母屋が賑やかだね。
廊下の奥から流の笑い声が聞こえてくるよ。
人懐っこい流に、洋くんも打ち解けていい感じだ。
それにしても、何故あんなに奥の部屋にしたのかな?
あの部屋はほとんど使っていないので埃を被っているし、風呂場や洗面所からも遠くて不便だろう。
僕はそんなことを考えながら、工事車両が横付けされた離れを見つめた。
「……見納めだな」
あそこには僕の思い出が沢山詰まっている。
父が商社マンだった頃、夏休みに母に連れられて帰省すると、必ず離れに宿泊した。
幼い流の相手はいつも僕で、僕たちは1日中一緒に遊んだ。 朝起きると、流がいつの間にか僕の布団に潜り込んでいて、夜中にトイレに行くのは怖いと起こされたり、本当に流は僕に甘えて――
中学生の時にお祖父様が亡くなり、父が住職となるため東京のマンションを引き払い移り住んでからは、僕と流が離れの並んだ部屋を個室として使った。
窓をひょいと跨いで、裸足のまま流が寺庭に駆け出して行ったのも、懐かし思い出だ。
「少し寂しくなるな」
これ以上壊されていく様子を見ると、感傷的になりそうだ。
僕は踵を返し、母屋に向かった。
すると渡り廊下で、流とすれ違った。
「流……」
「兄さん」
こんなふとした瞬間にすら、僕の心臓はとくんと跳ねるようになってしまった。
生まれた時から傍にいる弟なのに不思議だ。
いや、違うな。
もういい加減に認めよう。
僕は弟を愛している。
兄としてではなく、一人の男として一人の男が好きなのだ。
「兄さんもあいつらの様子を見に?」
「うん」
「どうぞ。俺はもう充分あてられたので」
「えっ……」
「何です?」
「あ、いや……」
「洋くんは鼻炎もちのようです」
「そうなの?」
丈と洋くんの愛睦まじい様子にあてられた?
そう思うと、流を愛し流に愛されたいという、欲望が出てしまう。
こんな煩悩……今は隠さないと。
客間を覗くと、かび臭い匂いがした。
「洋くん、丈から鼻の調子が悪いって聞いたよ。本当にこの部屋で大丈夫なの? かなり埃っぽいし、よかったら僕の部屋に来る?」
ブンブンと二人揃って首を横に振った。
丈がそんな仕草をするなんて、洋くんの効果が絶大だね。
「ありがとうございます。たって二カ月ですし、しっかり掃除するので大丈夫です」
「そうかな? あ……そういえば丈から聞いたよ。いいね」
「えっ、何をですか?」
珍しく丈が昨夜、上機嫌で話しかけて来たんだ。
間もなく新婚旅行に行くと……意気揚々と告げてきた。
「新婚旅行に行くんだって」
「えっ、丈、あれ本気だったのか!」
洋くんが動揺している様子も微笑ましい。本当に君たちは初々しいね。
「もしかして丈が勝手に決めたことなのかな? 丈はだんだん流と似て来るね。流もいつも勝手にあれこれするんだよ」
「あの……何処に行くって言っていましたか」
「宮崎に行くと言っていたよ。随分と張り切っていたよ。僕は南国に行ったことがないので羨ましいよ」
これは本音だ。
南国に行って、心を開放したいんだ。
「そうなんですか。じゃあ翠さんは、どういう所へ旅行したのですか」
「仏門の修行で北陸とか東北とか……なんというか少し渋い旅行だったね」
「そうなんですね。流さんは色んな場所に行っていそうなのに……意外でした」
そう言われてみると僕の世界は狭かった。
流は世界を駆け回ってきたのに……
「流はね、若い頃は突然家を飛び出し数日帰らなくてね……後から聞くと自転車でふらっと旅に出て野宿をしたとか、青春18きっぷで電車を乗り継いで京都まで行ったとか。一番遠くはエジプトまで行っていたよ。本当に流は昔から自由奔放だったんだ」
だが、それでいい。
流が世界を見せてくれれば、それでいい。
世界を闊歩する流は
僕の大切な弟……大切な男だ。
流に関することだと、僕の頬は勝手に緩んでしまうな。
「流さんらしいですね。あ、そうだ。翠さんに聞いてもいいですか」
「何かな?」
目の前に洋くんが差し出したのは、古びた木箱。
「これはどなたの物だか知っていますか」
よく見覚えがあるよ。
箱根に家族旅行した時に一緒に買った宝箱だ。
「あ……これって」
「もしかして翠さんのですか?」
「あ? うん……これをどこで?」
「離れの押し入れに入っていました」
「そうか……そんなところに。ありがとう。これは僕のものだよ。僕が受け取ってもいいかな」
「もちろんです! よかった。持ち主が見つかって」
僕はそっとその箱を抱きしめた。
どこかに無くしたと思った宝箱が見つかったのが嬉しくて。
この宝箱の中には……
流からもらった手紙。
流がくれた御守り。
流が選んだしおり。
流にちなんだ物ばかりを詰め込んでいた。
ギュッと閉じ込めたのは、流への愛だった。
僕は昔から流が大好きで、今はもっと好きで……
好きを通り超して……愛しているよ。
あぁ、僕のいる世界はこんなにも流で満ちている。
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