月夜の湖 (改訂版)

志生帆 海

文字の大きさ
32 / 63
月の章

涙の決別 2

しおりを挟む
 気が付くと手の拘束は解かれ、誰もいない部屋でひとり目覚めた。

 朝日が昇りきる前に、ここを去ろう。もう何もかも捨てて……どこかへ去ろう。

 牡丹には、もう抱かれたくない。父でなかった。血が通ってなかった。血が通う父だと思っていたから、 その最後の親子の情が俺をかろうじて繋ぎ止めていたのかもしれない。息子として…… 母上を失った父の抱えきれない歪んだ愛情を受け止め、こんな有りえない仕打ちにも耐えてきたというのに。

 もう無理だ──

 ただ丈の中将……あの人にだけは迷惑をかけるわけにはいかない。出来ればもう一目だけ逢いたかったが、それは 叶わぬ夢だったな。

 「ふっ……」

 ふっと肩の力が抜け、寂しい笑みが自然に漏れた。月夜姫とももうお別れだ。 もう女装なんてするものか。もうしたくない。 俺は俺として生きていく。身分も何もかも捨て、どこか遠くで一人生きて行こう。あてもない現実を想い抱き、決意した。

 「行こう。もう行かねば……」

 女の装束をバサリと脱ぎ捨て、男装束で身を整え、月夜姫の屋敷を後にした。
 
 だが誤算があった。あの門であの人に逢うなんて思いもしなかった。今すぐ消え去ろうと思っていた俺の決心が揺らぐ。

 この人には何もまだ伝えていないじゃないか。俺のこの溢れる想いを。

 あの人の手が俺に優しく触れた途端、 俺の決意が揺らいでしまった。あと少しせめて一度位は去る前に、 あなたに想い伝えてからでも許されるだろうか。そんな揺らぐ気持ちが募り、俺の疲れ果てた身体はぐらりと揺れ、意識が飛んでいった。

 ****

 布団の上に横たわりながら、昨夜のことを反芻した。ではここはもしや……あの人の部屋なのか。 辺りを見回すと、あの人の香が漂ってきた。

 「洋月の君っ……気がついたか」

 穏やかな空気を纏ったあの人が、優しい眼差しで俺のことを見つめている。それだけで胸が熱くなる。

 「丈の中将……」

 俺は慌てて身を起こし、丈の中将の元へ 震える手を伸ばした。

 ── どうか、どうか……この手を繋いで欲しい ──

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

薔薇摘む人

Kokonuca.
BL
おじさんに引き取られた男の子のお話。全部で短編三部作になります

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

あなたの隣で初めての恋を知る

彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

処理中です...