15 / 73
第1章
春の虹 ~俺の部屋・俺の自由~
しおりを挟む
十五歳の頃のことだ。
****
足早に、涙を堪え自分の部屋へ戻ってきた。
父上は今宵も激しく怒っておられた……修行が足りぬと、勉学を怠るなと。
自分の部屋で独りになった途端、昼間稽古で痛めた肩がズキッと痛みだす。
疲れ果てた躰を壁に預けて、堪えきれない痛みを吐き出す。
「うっ……痛っ」
もうずっとだ!物心ついた時から朝から晩まで詰め込まれた、すべきことの山。武術の稽古も、学問もすべておろそかには出来ぬ。
父上は俺の行く末を案じているのだ。父が年老いてから授かった一人息子の俺には、すでに母はいない。俺に対して六歳から始まった厳しい修行は、父亡き後の俺を案じてのことだと何度諭されたことか。
父上のことは尊敬している。かけがえのない俺の唯一の家族だ。だが…たまに息苦しくなる。俺は毎日毎日父上の言うままに生きているだけ。
では、俺の自由はどこにあるのか。込み上げてくる涙を堪えると、昼間竹刀で容赦なく打たれた肩の痛みが、 心臓の鼓動と呼応して増してきた。壁に手をついて、やっとの思いで立ち上がり、棚から薬を出し自分で塗る。もう慣れた治療だ。
こんな時は無性に会いたくなる。幼い頃に若くして亡くなった母上に。
俺の中にきちんとした母の記憶はない。朧げな記憶は優しく握ってくれた、触れてくれた温かい手の感触。俺はいつもの儀式のように、母の形見として唯一もらった手鏡を棚から取り出し、部屋に差し込む月光を辿り、鏡の中に月を映す。
鏡の中の月は、ぼんやりと乳白色で温かい光を放っている。
月は触れられそうで触れられない。
会いたいのに会えない母のような存在だ。
鏡に映る月だけが、俺を癒してくれる。
そっと鏡に触れ、映る月をなぞるように弧を何重にも描いていく。
そうしているうちに心が落ち着き、肩の痛みも和らいで行くんだ。
俺の部屋……この空間だけが、俺の自由。
いつかこんな俺を救いだしてくれる人が現れるのだろうか。
きっといつか出逢える。そう信じながら鏡を握りしめ、まだ幼い俺は眠りについた。
── 泣いて 笑って 想って誓った、少年時代の俺の部屋 ──
****
そんな原風景を見つめながら生家の前で長い間佇んでいると、背後から優しく俺のことを呼ぶ声が聞こえた。
「ヨウ……」
この声は君の声……?
****
足早に、涙を堪え自分の部屋へ戻ってきた。
父上は今宵も激しく怒っておられた……修行が足りぬと、勉学を怠るなと。
自分の部屋で独りになった途端、昼間稽古で痛めた肩がズキッと痛みだす。
疲れ果てた躰を壁に預けて、堪えきれない痛みを吐き出す。
「うっ……痛っ」
もうずっとだ!物心ついた時から朝から晩まで詰め込まれた、すべきことの山。武術の稽古も、学問もすべておろそかには出来ぬ。
父上は俺の行く末を案じているのだ。父が年老いてから授かった一人息子の俺には、すでに母はいない。俺に対して六歳から始まった厳しい修行は、父亡き後の俺を案じてのことだと何度諭されたことか。
父上のことは尊敬している。かけがえのない俺の唯一の家族だ。だが…たまに息苦しくなる。俺は毎日毎日父上の言うままに生きているだけ。
では、俺の自由はどこにあるのか。込み上げてくる涙を堪えると、昼間竹刀で容赦なく打たれた肩の痛みが、 心臓の鼓動と呼応して増してきた。壁に手をついて、やっとの思いで立ち上がり、棚から薬を出し自分で塗る。もう慣れた治療だ。
こんな時は無性に会いたくなる。幼い頃に若くして亡くなった母上に。
俺の中にきちんとした母の記憶はない。朧げな記憶は優しく握ってくれた、触れてくれた温かい手の感触。俺はいつもの儀式のように、母の形見として唯一もらった手鏡を棚から取り出し、部屋に差し込む月光を辿り、鏡の中に月を映す。
鏡の中の月は、ぼんやりと乳白色で温かい光を放っている。
月は触れられそうで触れられない。
会いたいのに会えない母のような存在だ。
鏡に映る月だけが、俺を癒してくれる。
そっと鏡に触れ、映る月をなぞるように弧を何重にも描いていく。
そうしているうちに心が落ち着き、肩の痛みも和らいで行くんだ。
俺の部屋……この空間だけが、俺の自由。
いつかこんな俺を救いだしてくれる人が現れるのだろうか。
きっといつか出逢える。そう信じながら鏡を握りしめ、まだ幼い俺は眠りについた。
── 泣いて 笑って 想って誓った、少年時代の俺の部屋 ──
****
そんな原風景を見つめながら生家の前で長い間佇んでいると、背後から優しく俺のことを呼ぶ声が聞こえた。
「ヨウ……」
この声は君の声……?
11
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
【完結済】王子を嵌めて国中に醜聞晒してやったので殺されると思ってたら溺愛された。
うらひと
BL
学園内で依頼をこなしていた魔術師のクリスは大物の公爵の娘からの依頼が入る……依頼内容は婚約者である王子からの婚約破棄!!
高い報酬に目が眩んで依頼を受けてしまうが……18Rには※がついています。
ムーン様にも投稿してます。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる