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16話
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ホテルに着いたのは、指定された時間の少し前だった。
エレベーターに乗り、スカイラウンジのあるフロアへと向かう。
レオは緊張しながら、柴田に渡されたキーホルダーをぐっと握った。ここへ来る前に、お守りだと持たされたものだ。
シルバーのリングに、弾丸型の黒い飾りと編み込まれたレザーの紐がついている。チャンスをものにできるようにという、柴田なりの願掛けらしい。
「帰りは送るから、終わったら連絡してね」
「そんな、何時に終わるか分かりませんし、悪いですよ」
「気にしないで。僕が早く話を聞きたいんだよ。あぁ、出来ることなら、僕も一緒に見守りたいんだけどなぁ」
そう言って柴田に送り出されたことを思い出す。
エレベーターが止まり、目的のフロアに着いた。ポケットにキーホルダーを入れ、秘かに深呼吸をする。
スカイラウンジに入ると、ひかえめな照明に彩られた店内には、ムーディーな音楽が流れていた。客の入りはほどほどで、煌びやかな夜景を背景に、それぞれが夜の時間を楽しんでいる。
ふと、一人で来ているらしい女性客と目が合った。
レオの正体を認識したようにしばらくの間見つめてきたが、プライベートを邪魔するつもりはないのか、すいと視線を外される。
これなら静かに話が出来そうだと安堵しながら店内を見回せば、奥まった一席に子坂の姿が見えた。レオを見つけ、軽く手をあげている。
「すみません、お待たせしてしまって」
「いや、構わないよ。さぁ、座って」
促され、対面の席に座る。他の席からも見えにくく、顔を知られているレオ達が話すのには丁度いい席だ。
子坂の前には、ロックのウイスキーが置かれていた。
好きなものを頼むよう言われ、あまり度数の高くない、軽めのカクテルを注文する。
「さてと――それじゃあ、君の事を教えてもらおうかな」
子坂の視線を正面から受け止め、レオは「はい」と頷いた。
乾杯の後、子坂の質問にひとつひとつ答えていった。
緊張のためか喉が渇き、二杯目のグラスを空ける。
質問は休日に何をしているかという当たり障りのないものから、次第に簡単には答えられない内容へと変わっていった。
「レオ君は、僕の映画が好きだって言うけど、特に好きな映画ってどれかな」
「そうですね……『光の扉』でしょうか」
「ああ。あれは確かに、海外でも評判が良かった」
子坂が頷きながら目を細める。
「君が好きなシーンはどこ? よく覚えてるシーンでもいい」
「……シンイチが、弟のシンジの手を引いて逃がすシーンです。兄として弟を助けるシンイチに、すごく惹かれて。その時から、シンイチ役の斎藤マサキさんに憧れるようになりました」
斎藤マサキの名を出すと、子坂の眉がひくんと動いた。
「ああ……彼は、良い役者だったね。残念ながら、辞めてしまったようだが」
「ええ、いつか共演したいと思っていたので……残念です」
「だが君の演技も、彼に劣らない素晴らしいものだよ。今度の映画『煌めく夜の王』で、それを発揮してくれるんじゃないかと期待してるんだ」
「本当ですか、それじゃあ……!」
「まぁ、待って。まだ話は終わりじゃないよ」
子坂はウイスキーのグラスを傾けた。空になったグラスに、うっすらとあめ色に輝く溶けかけた氷が残る。
「レオ君……君、男の人を好きになったこと、あるかい?」
ドキリと心臓が跳ねた。
「それは、どういう……」
「言葉通りの意味さ。恋愛感情としてね。……君に演じてもらう『椿』は、そういう役だ」
それを聞いて、ああと納得する。レオが演じるかもしれないキャラクターが、そういう設定だった。
ゲイだとバレたわけではないと安堵しながら頷くレオに、子坂が話を続ける。
「椿は主人公の傍にいたいあまり、同じ店で同僚のホストとして働くんだ。だが、主人公が女を口説くのを見るたびに、自分の恋が叶うことは無いと突き付けられ、次第に追い詰められていく……。相手が男じゃなくてもいい、叶わぬ恋をしたことがあるかい?」
身体中にひりつくような視線を感じた。子坂がまつ毛の一本から呼吸の震えまで、レオの全身を余すところなく観察している。
――ここで嘘を吐いたら、落とされる。
「……はい、あります」
「へぇ……その恋の結末を教えてくれるかな」
「それは――……これから確かめます」
将生の顔が脳裏をよぎる。無性に会いたくてたまらない。顔が熱いのは、酒のせいだけではないだろう。
レオの答えに、子坂はすっと目を細めた。
「ねるほどね……なかなか興味深い答えだったよ、ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます。……子坂監督、俺は椿にふさわしいでしょうか」
「そうだね……結論を出すのは、このあとかな。上に部屋を取ってあるから、そこでいくつか演技を見せてもらいたい」
「わかりました」
ひとまず、ここでの話は終わりらしい。すると気が抜けたのか、慣れないアルコールのせいか、これまで感じていなかった焦燥感が急にこみ上げてくる。
子坂に断り、トイレに立った。用を足して一呼吸置けば、幾分か落ち着いてきた。
席に戻ると、見たことのないショートカクテルがテーブルの上に二つ置かれている。
「君の事を教えてもらったお礼に、僕のおすすめだよ」
「ありがとうございます」
これ以上は酔ってしまうかもしれないと、一瞬、飲むのをためらった。だが、せっかく頼んでくれたものを断れば、監督の気分を害してしまうだろう。
三角形を逆さにしたグラスに、ピンク色のとろりとしたカクテルが入っている。口に含むと強い酒の匂いがしたが、見た目の割にすっきりとした甘さで飲みやすい。
「……おいしいです」
「そうかい。気に入ってくれて嬉しいよ」
レオの言葉に微笑むと、子坂もぐっとグラスをあおった。
エレベーターに乗り、スカイラウンジのあるフロアへと向かう。
レオは緊張しながら、柴田に渡されたキーホルダーをぐっと握った。ここへ来る前に、お守りだと持たされたものだ。
シルバーのリングに、弾丸型の黒い飾りと編み込まれたレザーの紐がついている。チャンスをものにできるようにという、柴田なりの願掛けらしい。
「帰りは送るから、終わったら連絡してね」
「そんな、何時に終わるか分かりませんし、悪いですよ」
「気にしないで。僕が早く話を聞きたいんだよ。あぁ、出来ることなら、僕も一緒に見守りたいんだけどなぁ」
そう言って柴田に送り出されたことを思い出す。
エレベーターが止まり、目的のフロアに着いた。ポケットにキーホルダーを入れ、秘かに深呼吸をする。
スカイラウンジに入ると、ひかえめな照明に彩られた店内には、ムーディーな音楽が流れていた。客の入りはほどほどで、煌びやかな夜景を背景に、それぞれが夜の時間を楽しんでいる。
ふと、一人で来ているらしい女性客と目が合った。
レオの正体を認識したようにしばらくの間見つめてきたが、プライベートを邪魔するつもりはないのか、すいと視線を外される。
これなら静かに話が出来そうだと安堵しながら店内を見回せば、奥まった一席に子坂の姿が見えた。レオを見つけ、軽く手をあげている。
「すみません、お待たせしてしまって」
「いや、構わないよ。さぁ、座って」
促され、対面の席に座る。他の席からも見えにくく、顔を知られているレオ達が話すのには丁度いい席だ。
子坂の前には、ロックのウイスキーが置かれていた。
好きなものを頼むよう言われ、あまり度数の高くない、軽めのカクテルを注文する。
「さてと――それじゃあ、君の事を教えてもらおうかな」
子坂の視線を正面から受け止め、レオは「はい」と頷いた。
乾杯の後、子坂の質問にひとつひとつ答えていった。
緊張のためか喉が渇き、二杯目のグラスを空ける。
質問は休日に何をしているかという当たり障りのないものから、次第に簡単には答えられない内容へと変わっていった。
「レオ君は、僕の映画が好きだって言うけど、特に好きな映画ってどれかな」
「そうですね……『光の扉』でしょうか」
「ああ。あれは確かに、海外でも評判が良かった」
子坂が頷きながら目を細める。
「君が好きなシーンはどこ? よく覚えてるシーンでもいい」
「……シンイチが、弟のシンジの手を引いて逃がすシーンです。兄として弟を助けるシンイチに、すごく惹かれて。その時から、シンイチ役の斎藤マサキさんに憧れるようになりました」
斎藤マサキの名を出すと、子坂の眉がひくんと動いた。
「ああ……彼は、良い役者だったね。残念ながら、辞めてしまったようだが」
「ええ、いつか共演したいと思っていたので……残念です」
「だが君の演技も、彼に劣らない素晴らしいものだよ。今度の映画『煌めく夜の王』で、それを発揮してくれるんじゃないかと期待してるんだ」
「本当ですか、それじゃあ……!」
「まぁ、待って。まだ話は終わりじゃないよ」
子坂はウイスキーのグラスを傾けた。空になったグラスに、うっすらとあめ色に輝く溶けかけた氷が残る。
「レオ君……君、男の人を好きになったこと、あるかい?」
ドキリと心臓が跳ねた。
「それは、どういう……」
「言葉通りの意味さ。恋愛感情としてね。……君に演じてもらう『椿』は、そういう役だ」
それを聞いて、ああと納得する。レオが演じるかもしれないキャラクターが、そういう設定だった。
ゲイだとバレたわけではないと安堵しながら頷くレオに、子坂が話を続ける。
「椿は主人公の傍にいたいあまり、同じ店で同僚のホストとして働くんだ。だが、主人公が女を口説くのを見るたびに、自分の恋が叶うことは無いと突き付けられ、次第に追い詰められていく……。相手が男じゃなくてもいい、叶わぬ恋をしたことがあるかい?」
身体中にひりつくような視線を感じた。子坂がまつ毛の一本から呼吸の震えまで、レオの全身を余すところなく観察している。
――ここで嘘を吐いたら、落とされる。
「……はい、あります」
「へぇ……その恋の結末を教えてくれるかな」
「それは――……これから確かめます」
将生の顔が脳裏をよぎる。無性に会いたくてたまらない。顔が熱いのは、酒のせいだけではないだろう。
レオの答えに、子坂はすっと目を細めた。
「ねるほどね……なかなか興味深い答えだったよ、ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます。……子坂監督、俺は椿にふさわしいでしょうか」
「そうだね……結論を出すのは、このあとかな。上に部屋を取ってあるから、そこでいくつか演技を見せてもらいたい」
「わかりました」
ひとまず、ここでの話は終わりらしい。すると気が抜けたのか、慣れないアルコールのせいか、これまで感じていなかった焦燥感が急にこみ上げてくる。
子坂に断り、トイレに立った。用を足して一呼吸置けば、幾分か落ち着いてきた。
席に戻ると、見たことのないショートカクテルがテーブルの上に二つ置かれている。
「君の事を教えてもらったお礼に、僕のおすすめだよ」
「ありがとうございます」
これ以上は酔ってしまうかもしれないと、一瞬、飲むのをためらった。だが、せっかく頼んでくれたものを断れば、監督の気分を害してしまうだろう。
三角形を逆さにしたグラスに、ピンク色のとろりとしたカクテルが入っている。口に含むと強い酒の匂いがしたが、見た目の割にすっきりとした甘さで飲みやすい。
「……おいしいです」
「そうかい。気に入ってくれて嬉しいよ」
レオの言葉に微笑むと、子坂もぐっとグラスをあおった。
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