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第二章 【黒い指先の賢者】
6.
しおりを挟む「よぉ、クソジジイ。随分好き勝手やってるみたいだな」
小屋の裏にある畑に出ていたモルカスの元へ、理人とリアンは訪れる。畑作業をしていたモルカスはじとりとした目を理人たちに向けた。
途端に理人たちの足元がぼこっと音を立てて土が盛り上がるのに、リアンが手を振る。
これも術か。土こそが意思を持って動いているような姿に、理人は感心した。フロリアの癒療術とはまた別なのだろうか。理解も及ばない不思議な能力がこの世界には溢れている。
「一回やめようぜ。じいさんもそろそろ分かってるだろ。何回追い返しても、こいつはあんたのとこへ来るのを止めない。頑固さ勝負なら、こいつに勝てる奴はそうそういないんだ。こいつはな、世界選手権一位になれる逸材だぜ」
モルカスは答えなかった。しかし、泡を立てるようであった土の盛り上がりは、鳴りを潜めている。
暫しの沈黙が場に落ちる。理人もリアンもモルカスを見つめたまま、賢者の応対をただ待った。
「死した大地を再生させたいと言ってたな、クソガキ」
何がモルカスの気を変えたのか。黒い指先で握った鍬を土へ突き刺し、モルカスは大地を震わすしわがれた声でそう言った。
「今まで領地を散々放置していたクソ貴族が、何故今になってそんなクソみてぇな頼みをしにきた」
「必要だからです、モルカス様」
理人の答えは瞬時に返った。
「それ以外にありません。ご指摘通り、私が放置をしていた。間違いのない事実です」
言葉にリアンの視線が向けられる。今はそんな視線すら、理人にの意識には微塵もなかった。
「私には責任があるのです。どこにも流すことはできません。不毛の領地に残され、生きる者たちに命を還さなければならない。それは人間の生存権ではありません。皆が皆が信頼し合え、最低限の文化を守りながら送れる生活です。信頼は芽吹いた。けれど、民にはまだその日を安心して生きるための糧がありません。そしてやがて――大地は死に至り、その上に生きる者たちも途絶える」
人は緑が無くては生きていけない。全く違う世界でも地球と同じだ。
「戦争が残した遺物により、彼らの生活は奪われました。私は詳しい歴史を知りません。ですが、歴史によって奪われたとしても、歴史とは人が作るものではないのでしょうか。であるのなら、作りだした人によってこそ、そこに生きるものに還さなければならない。歴史は決して他人事ではありません。人こそが、生きている人間全員が、当事者であるはずです」
モルカスの反応があった。鍬を握りなおした黒い指に力が籠もっている。
「唾棄すべき理想論だな。甘っちょろくて聞くに堪えん」
理人は老人の心からの苦言に、僅かに微笑した。
ここまでモルカスが理人の言葉を聞いてくれたのは初めてだ。
「私は過ちを犯しました。それは、選択自体が間違いだったとは思っていません。私の過ちは、選択を迎える前に手を尽くさなければならなかった多くの知るべき事実に対し、無知だったことです」
知らぬことを知る為にはどうしたらいいのだろう。
必要だから動く。それだけでは足りないものがある。
意識が出来る内容ならば、頭の中に考えられる範囲なら、手の打ちようもある。自分の考えられない、自分の頭に浮かびもしない要素にどう気付き、対応しなければならなかったのか。
視野を広く持て。それが理人には今でも分かっているとは到底言えない。
取締役として、破産の選択は間違いではなかった。しかし、破産に陥る前に気付くべきだった。不正があるのかもしれないと、すべての可能性を網羅してもっと早くに行動していれば、それ以外の選択肢が出来ていたのではないか。
当時は取締役ではなかったのだから仕方がない。不正があるなど考えもしなかったのだから仕方がない。利用されて祭り上げられ、破産しか道がなかったのだから仕方がない。
エルネストではなかったのだから仕方がない。理人が戦争を始めたわけではないのだから仕方がない。理人が放置していたわけではないのだから仕方がない。王に命令されているから仕方がない。
――そんなものはすべてくだらない言い訳だ。
今、為さない理由にはならない。
「人は失態を犯します。その中には二度と取り戻せない事柄もあります。一度罅割れた信頼は二度と戻らない。失われたものは、二度と返らない」
生きるとは、痛みと赦しの連続だ。
リアンはそう言った。理人もその言葉の輪郭を掴み始めている。
それは決して、二度と戻らないから諦めよという言葉ではないはずだ。
赦しを与え与えられ生きることは、苦しい。
苦いのだ。モルカスの知恵が作りあげた土のように。
「それでも足掻けるのならば、次へと繋ぎたい。生活があるからこそ、次こそはと人は明日に繋げられます。それが希望の種です。民が希望の種を見守り、育て、花を咲かせることのできる土壌が必要なのです」
理人は頭を下げる。何度でも下げる。
理人の足りない思考や、視野、知識。それを持つ相手に頭を下げるなど、当然のことだ。
「お願い申し上げます、モルカス様。どうか、あなたの土で、生きる者たちの希望の種を育てさせてほしい」
場には沈黙が落ちる。
山の森を風が凪いだ。樹々の間を清浄な風が通り抜け、目にも鮮やかな青い葉をさざめかす。
「オレの目を見ろ。クソガキ」
轟いた声に理人はゆっくりと視線を上げる。出会ったモルカスの目は、理人に感情を悟らせない深い色を湛えていた。
「テメェに一度、機会をやる。オレの依頼が達成できなければ、テメェみたいなクソガキは二度とオレの前に現れるな」
「はい。お約束します」
「おい、エルネスト……」
即答した理人にリアンが眉を顰める。理人はリアンには目もくれない。
「この森の奥に三年に一度だけ咲く花がある。蒼く輝く透明な花弁を付ける花だ。夜にだけそりゃあ輝く……ひっそりと誰にも見られることもなくな。丁度、今夜はその花が咲く夜だ。テメェはそれを抜いて持ってこい」
いいかクソガキとモルカスは言う。
「その花は良薬に使われる。クソガキには手もでねぇほどの高級なな。そして土地を甦らせるための肥料の一部にもなる。テメェはそれを必ず持ち帰れ。持ち帰ってきたら、それで土を作ってやることを考えなくもない。そこまでの理想論を語る覚悟があンだろ? テメェひとりで行って取ってこい」
モルカスの言葉の真偽は分からない。その花はあるのかもしれないし、ないのかもしれない。
けれど理人に答えは一つだ。
「蒼く輝く花ですね。分かりました」
「待て、こいつにひとりで森に入れっていうのか?」
頷いた理人の横で、リアンが真剣な声を出す。ぴんと張り詰めた声音は、モルカスを責める色も混じっていた。
「魔物が出る可能性もある。だいたい、今から森に入って今夜にその花の所まで辿りつけるか」
「ならば生きて恥を晒すな」
「てめぇな……」
「人間は滅びた方がマシだ」
リアンがモルカスを剣呑に睨みつけるのに、理人は首を振る。
「機会を与えてくださっただけでありがたい。言っただろう。私がモルカス様に無理を言っているのだ」
理人が花を持ちかえれば、この賢者は今の生活を失うことになる。
いずれにしても理人はモルカスから奪う立場であることは変えられない。簒奪者に対し、モルカスが拒むのは当然なのだ。
モルカスはリアンには答えず、理人を見た。
「クソガキ、テメェの能天気な脳ミソに精々刻み込め」
貫くような視線が、理人という存在を捉えたように思えた。
「希望っつうのはな、人が欲を肥え太らせるときに使う言葉だ――さっさと行きやがれ」
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