【完結】エルネスト・ルク・ヴァルトリエの責務

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第四章 【登壇せし王者】

7.

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 二度目の王宮は荘厳たる歴史の重みと、そこに暮らす人々の悪意を持って理人を迎え入れた。
 以前は僅かにあった理人への疑いの目は、すべて裏切者への確信へと変わっている。
 一度目はまだ疑念もあった。だが、ネリウスの手から逃れ再び捕らえられたのならば、同情の余地はない。貴族の地盤を築く王の信頼を損ねさせぬよう、彼らはこぞって理人に厳しい眼を向けた。

 理人は面をあげ、鎖を引かれる前に自らの足で歩む。
 理人の傍に立つネリウスに促されながら、理人は貴族たちが浮かべる軽蔑と侮蔑の目に晒されながら王座まで歩を進めた。
 
 王座の間に集った人々は、ふと謀反者と王子の傍に立つ人物に目を奪われる。
 燃えるような赤い髪、深い色を宿した金色の双眸。特徴的な容姿を持つその男の姿を、知る者は知る。ある者はその再来に目を見張らせ、ある者は忌々しく舌打ちをする。
 そして、王座に座した王は、大儀そうに傾けていた身体を、正しき位置に戻した。
 
 王の目が僅かに光る。
 
「レアンドリス……戻ったか」

 長子よりも謀反者よりも先に、王は赤い髪の男に声を掛けた。あからさまに示された王の優先順位に、貴族たちが小さな囁きでざわめく。
 王家の醜聞を咎める声もあれば、ネリウスへ同情する声も、理人の耳には聞こえてきた。そのすべてを一切視界に入れぬ王の声は、震えている。
 
「只今戻りました、父上」

 対するリアンの声は妙に軽く、親し気であった。優美に一礼をし、父王に帰還を告げる。
 
「長らく王宮を留守にしてすみません。なかなか、戻ってこられなかったもので」
「よい。こちらに寄れ。私に顔を見せておくれ」

 リアンが王に近寄ろうと歩みを進めると、冷たい声が場に響いた。
 
「お待ちください。レアンドリスは王に謀反を企んでおります」

 ネリウスの告発に場が轟く。リアンが鋭い目で兄を睨みつけた。
 
「ネリウス……! 取引を違えるつもりか!」
「取引? 何の話だ。私にはそのような覚えがない」

 気色ばんだリアンを置き、ネリウスは王を見据えた。事の成り行きを目だけで追っている王は、無感情に長子の姿を見やる。そこにリアンを見た時に浮かべた光はなかった。
 
「正しくは、このヴァルトリエ侯爵に行動を一任し、レアンドリスは命令を下すのみであったようです。故にレアンドリスの嫌疑はあくまで、嫌疑。実行犯としてヴァルトリエ侯爵を死刑と処すれば、謀反者は消えるとも言えましょう」

 理人は床に膝を付けられ、髪を掴まれ顔を持ち上げられる。
 更に温度を失った王の目が理人に向けられた。

「ならば死ね」

 全く迷いのない言葉であった。理人は王を見据え、口を開く。
 
「王の責務とは、存在することではありません」

 ネリウスの手が、より強く理人の頭を押さえつける。それでも顔を上げたまま、理人は言い放った。
 
「王とは、人が生きる世を、人が生きやすいように整える者のことです。王が居ても、国は滅びます。民は、自らが信任を置き、自らたちをより豊かに導いてくれるからこそ、王に従うのです。王がいれば国が滅びぬなど、どのような愚者でも決して口にはしない。国は、この時を生きる民の為にあります」

 一際澄んだ青い目が、王座の間の赤い空間に強く煌めく。

「そんなことも分からぬのであれば、貴方は、王位に座すべき人間ではない」
「今すぐその者を殺せ、ネリウス!」

 ネリウスの剣が翻った瞬間、呑気な声がそこに割って入った。

「あー、ちょっと待ってください、父上。俺も聞きたいことがあるんですけど」

 ゆっくりと理人に近付いたリアンが、物珍しそうに理人を見下ろす。王はやや苛立たし気に、末の息子の言葉を待った。

「ヴァルトリエ領を再生させてはいけないって、何ででしたっけ」
「レアンドリス……父を相手にふざけているのか」
「違いますよ。でも、ここに居る人たちだって、分からない人も多いんじゃないですか。俺も正直、言われてみればよく分からないんです。だから、こいつがヴァルトリエ領を再生させたいと言えば、知恵を貸してやろうかと思っただけです」

 リアンはゆっくりと王座の付近を歩き始める。集まった貴族たちの顔をひとりひとり見渡し、言葉を紡いだ。
 
「戦争によって《天の怒り》が下ったことは分かります。それでヴァルトリエ領の大地が死したことも、家庭教師が五歳の頃にいなくなった俺でも勉強すれば分かる歴史です」

 リアンの足音が響く。彼の足底についていた土が、王座の間の赤い絨毯に少し散らばった。

「けれど、それ以降もヴァルトリエ領が土地の再生に手を出してはならないと、何故なっているんですか?」

 王は息子に鋼鉄の声音で答えた。
 
「それが、仕来たりであり、天の意思だからだ」
「天の意思? 創生者の意思ですか」
「その通りだ。絶対に変えてはならぬ、歴史である」

 リアンは納得したように腕を組む。ネリウスが剣を握りなおした音を、理人は耳で拾った。

「何故、創生者の意思に従わねばならないのですか?」

 あくまで純粋な疑問を述べるように、リアンは尋ねる。王は息子を重たく重心を下げた目で、見据えた。
 
「レアンドリス。もうよい、下がれ。お前は長旅で疲れている」
「教えてくださいよ、父上。私には王家の教育が不足しています。分からないことが、山ほどあるのです」
「そのようだな……おい、そこの者、レアンドリスを連れて行け。丁重にな」

 王の命令を受けた騎士が動き出そうとした瞬間、リアンの声が場を轟かせた。

「答えろ、ヴォルクレイン! 貴様は今まで、王座にあって何の責務を果たした!」

 王座に灯った照明の炎が増し、リアンの周囲に炎の渦が現れる。猛る炎は王座を走り、灼熱の熱風が理人の頬を叩いた。
 ヴォルクレインは立ち上がる。右手を息子に突きつけ、船の碇が上がったような重々しい圧迫感が室内を覆う。

「王とは存在することだ。ありのままの世界の秩序を、繋げることである。創生者の意思を、違わせてはならぬ」

 天を貫き、閃光が走る。目を焼く強烈な光に、手を塞がれた理人が瞼を閉じた時、リアンが零した土が姿を変えた。影を作るように聳え立った土が、リアンと理人の前に現れる。
 一度の光で焼かれた土壁は、砂となり床に落ちる。
 
 理人の隣で、ネリウスが水球を生む。それを捉えた理人は、短く叫んだ。

「ネリウス……!」

 ネリウスは床を蹴り、前方へ跳躍する。その先に、リアンの姿がある。
 激しい炎で持って、父の光を退けたリアンは、ただ真っ直ぐに父の前に立っていた。

「お前はただの一度も、母に幸せを与えたことはなかった! 困窮する民に救いの手を差し伸べたことはなかった! 創生者の意思を守ることだけが、王の務めだとでも思っているのか! お前は結局、何も選ぶことが出来なかった……自らの行いによって生まれたものから、目を背けているだけの人間だ!」

 リアンが王に走り出す。走り出した直後の地点を、光の爆発が次々と連なり、空気を震わせた。
 飛んだ床の瓦礫や、窓の硝子が爆風によって周囲に散る。集まっていた貴族たちが、悲鳴を上げて下がろうとする。理人も頬を切られながら、床に足を立てた。
 
 理人の背から吹いた風が、リアンの元へまで届く。炎を煽いで、前へ、前へと。

「人は、考えた先に答えを見つけられる! 俺は母を守れなかった! 民も守れていない! それを今まで俺が選んできた! そこからは逃げられない! 責任とは、選ぶことだ……そして選択を誤っても、選んだ結果を生きて背負い続けることだ!」
「フン……王に、選び直す余地など無い。王は過ちを犯せぬ。お前にはまだそれが分かっておらぬのだ」

 天を地を覆った光が収縮し、白い熱と光が室内を満たした。逃れられない光に縫い留められた人々が、ただ天から差すその色を呆然と見上げている。強烈な光は、人や物の影すらも作らない。
 それでもリアンは炎を纏い、剣を抜いた。白く染められた世界の中で、リアンの炎が僅か黄色く赤く色を灯して揺れる。
 王の首へ、その切っ先を向け、光を裂いて炎は行く。

 瞬間、凄まじい突風が王座を駆け抜けた。砂が舞い上がり、影を作る。
 そして、理人の前には、王座で立つ王と、王に剣先を向けたリアン、そして剣を構えたネリウスの姿があった。

「駄目だ、リアン! 殺しては駄目だ!」

 理人は床を蹴って、リアンの前に駆け出そうとした。しかし、その体がリアンの元へ降り立つ前に、剣は到達する。

 剣は二本、宙を舞った。
 人間の肉を切り裂いて刃が進み、骨に到達して僅かに止まる。
 その直後、再度力が込められた刃先が、強引にその身体を貫いた。
 
 鮮血が舞い、鉄臭い匂いが途端に立ち込める。
 白い光の中、その剣先から赤い水滴が零れ落ち、床にある血溜まりにまた新たな水滴を生んでいた。
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