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十二章「友達失格」
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ピ。ピ。と一定を刻む無機質な電子音が区切りながら鳴っている。
うっすら目を開けると、そこには見慣れない天井があった。
もういい加減に慣れたものだ。
ぼやけて見えていたその景色がだんだんとはっきり慣れた様に見えてきた。
次はどこにいるんだ。
と、体を起こそうとするが、体は起きなかった。
「……ん?」
なんだかとても体に違和感があった。
シュー、シュー、と自分の息の音が聞こえる。
はっきりと見えてきた。
俺は酸素マスクを付けていた。
なんで………、
何があったか思い出せない。
思い出せる最後の光景は…………、
「天坂……?」
そうだ、俺は天坂を追っていて………。
そっから何があったか覚えてはないが何故か俺は病室に居た。
「そら………?」
ベットの横の椅子に司と横木は座っていて俺が目覚めたのを気づいたように司が俺の名前を呼んだ。
「つか…………さ?」
朦朧としていた意識の中で俺は彼の名前を呼んだ。
「良かった、良かった………、このまま柊君が目覚めないんじゃないかと思って……、私…!」
泣きつくように横木はそう口にした。
「馬鹿野郎…心配したんだぞ?」
何を……言っている?
何が起こったんだ?
俺は……あいつを、探してただけで。
何で?
いや、何で………、探してた?
『今日、私はーーーー』
彼女の言葉を、思い出す。
そうだ、俺はあいつと約束を…………、
「あま……さか」
振り絞るように体を起こす。
「お、おい無理すんなよそら」
司は心配して俺を支えてくれる。
「お前さっきから……うなさらてるようにそいつの名前呼んでたぞ」
「天坂の事か?」
「だから、誰だって」
「は?何言って………」
「今まで………お前……忘れたのか?」
「誰だ?」
『誰だ?』
司ともう一人の司?の声が重なったように聞こえた。
その時は、混乱していたのかもしれないけれど、過去に司に同じ事を聞かれたような気がして、それをフラッシュバックしたように重ねていたんだと思う。
確証もなんの根拠もないけれどなんだか自信があった。
「え?誰だって………お前そりゃあ……」
俺の体の中に電流が流れるような「何か」が起こった気がした。
『誰だ?』って誰の事を聞いているんだ?
天坂朱里の事を聞いている…のか?
そんなはずないよな?そんな訳ないよな?
だって………今まで俺達は………………。
祭りだって……。
あれ?そんなこと、あったっけ?
ガンガンと何度も頭を殴られているような気がした。
『今日、私はー。』
『それが私の夢』
『誰だ?』
『ごめんね、夢見せてあげられなくて』
『そんなこと言うなよ。俺はお前に………!』
『編集部部長!』
『ホームルーム始めるよー、』
『居ない存在に』
『センターに………』
『どうだった?』
『全部…………ー。』
『明日からー!』
『時間を司る…………』
『それが、始まりだ。』
『ごめんね……ごめんね………。』
『別に……………は、悪くないよ。』
『行こう。……………………のもとへ。』
『始まったねー!!』
『絶対……………か……やろうな!』
『逃げろおぁおお!!』
『間違ってるよ!あんたは!だって!だってそうだろ!?本当は……しようとー!』
『化け狐が!!!!』
複数人の記憶を一斉に再生されたような情報量が頭の中で再生されている。
なんだ…………これ。
「そら!?おい!!!大丈夫か!?」
「それ…………は」
あいつと約束………
あいつ……………………?
「誰だ?」
そこから先は、よく覚えていない。
だけど、心が壊れた音が聞こえた。
先生に聞くと俺は病室でいきなり取り乱して暴れていらしい。
♦
「とりあえずなんだかの記憶障害が起こったって、事で、しばらく入院してもらうから。」
「はい。大丈夫です。」
夏休みの事とか、九月に司と横木と三人で九尾祭りに行った事とか覚えているのだが、俺の中でそれを認めない記憶欠陥のような障害が俺の中で起こったらしいので、最初はとりあえず様子見で入院することになった。
障害の副作用なのかは分からないらしいが、俺は腰に力が入らなくなった。
とりあえずリハビリ等も兼ねている入院なのでいつ退院するのかは分からない。
あの日、九尾祭りがあった日、俺の体に何が起こったのだろう。
あの日は終盤の花火が打ち上げられている途中、九珠神社で火事が起きたのだ。
勿論の事火事対策はきちんとされていて大事には至らなかったがそれでも御参りをしていた数名が火事による火傷を負ったらしい。
被害者の情報によると、灯篭からいきなり少し大きな炎柱を燃え立たせたらしい。。
そして出火原因は不明
俺達三人は普通に花火を見ていたはずなのだが、俺はその火柱を見た途端に苦しみ出して倒れたらしい。
だが確実に言える事がある。
あの日、「何か」があったのだと。
後悔してもしきれない「何か」を成し遂げれなかったのだと。
「そんな」気がするだけなのだが俺は「そんな」ことを考えると何故か涙が出てくるのだ。
だがあの日の事を思い出しても、花火が綺麗だったなというようなということしか思い出せない。
俺は昔から綺麗な景色が好きだった。
人々を一瞬にして魅せて虜にする花火が。
人々は、その瞬間を大切な思い出にしようと息をするかを忘れていたかのように息を止めて花火を見るのだ。
そんなような淡く儚い花火が、
俺は好きだ。
♦
俺の友達が入院することになった。
記憶障害が起こったらしい。
誰かに「何で?」と聞かれれば俺の体じゃないから知らないし、俺が「何で?」と聞き返したいくらいだ。
一体、俺の友達はどしてしまったのだろうか?
知らない奴の名前を呼んでいたから、俺が「誰だ?」と聞き返すとあいつは暴れ出した。
あいつが落ち着いた後に様子を見に行ったのだが、
大切な「何か」を忘れていた抜け殻みたいになってしまっていた。
でもその「何か」は俺には分からない。
その「何か」を違うもので埋め合わせできないだろうか?と、ばかり考える。
でも、あいつのことだけじゃない。
俺も、「何か」が抜けてしまっている気がするのだ。
正常なはずの記憶なのだが、それでも「何か」が違う気がするのだ。
俺は千咲と一緒に病院を行った帰り道、特に喋る事はなく、そして足どりは重く、ただ足を進めていた。
秋の天候は変わりやすい
雨が止んだと思ったらまた雨が降り、日差しが強く暖かいと思ったら雲行きが怪しくなり冷たい風が吹く。
最初は雨なんか降っていなかった。
俺は家に出る前に天気予報を確認し、晴れマークを確認していたはずだった。
それなのに何故今雨が降るのだろう。
空を見るとポツ、ポツと降る雨は俺を苛立たせるように降り始めていた。
「じゃあね司、明日学校で」
「おう、じゃあな。」
気がつけば別れ道になっていて、俺達はそう言葉を交わすと、千咲は小走りで帰って行った。
俺は雨に濡れることなんてどうでもいい。
その日、俺は雨の中、ゆっくりと雨に打たれながら家に帰った。
♦
あいつが居ない日々が続いた。
俺の友達は、まだ入院している。
あいつが居ない日常は、なんだかつまんなくて、退屈だった。
授業の時、あいつが居ない席をいつも眺めている。
あいつがこの授業に出てたらどんな感じで勉強してるんだろう、とかそればっかり考えてた。
あの日、九尾祭りがあった日、あいつは変わってまった。
なんでだろうとか、まだ俺にできる事はまだあるのだろうか、
とかそう考えるのが当たり前になってしまっていて、そんなことを考えていると気がつけば冬になってしまっている。
街灯と家の灯りが全てを照らしているのか、と思わせるような薄暗い月灯りと空の下。
俺は部活が終わり、家に帰っていた。
「雪か……」
俺が町灯りを横目で見ながら歩いていると、視界に小さな雪が降り始めていた。
もう12月の中頃だというのに、今年の初雪は今日だった。
手を広げると、小さな雪は俺の手の上で溶けた。
そこで俺は初めて、季節が変わったと言う事を知らされた。
冬の知らせは、冷たかった。
そして、寂しかった。
そして、雪は地面に溶けていく。
そしてまた、気がつけば積もっているのだろう。
時間の流れとは、そういうものだ。
♦
朝、俺は学校に行く前に時間が有り余り暇になって中学校のアルバムを開いた。
そこに、ずっと変わらないと思っていた友達が写っていた。
なにに対しても全く興味を示さない。
どこか、冷めている目をしていた。
だけど優しくて、頼りがいがあって。
ちゃんと友達は大事にしてくれて。
あいつはそういう奴だ。
いつもそうだった。
変わらず俺達は一番仲の良い友達で、最高の仲間で、相棒で。
だけど今の諷は、俺に対しても「興味がない」目を向けているような気がするのだ。
俺と千咲もずっと通っているのだが、諷の心に空いた大きな穴が原因なのか、優しく笑ってくれてはいるのだが、それは本当の笑顔じゃない。
ただの作り笑いで俺達は全く興味を示していない。
別にいないように扱われているわけではないし、あいつの中には存在しているはずなのだが、あいつの目にはまるで、別の世界の住人を観ているような、
そんな気がするのだ。
中学時代のアルバムを閉じて、次は高校の写真を見ることにした。
宿泊研修や体育祭などの写真はまとめてある。
自分のアルバムを作っていた。
この写真にも、あの写真にも諷は映っている。
体育祭の準備期間くらいだろうか?
俺と諷が千咲と絡むようになったのは。
一緒の学級旗準備班になって、そっから仲良くなったんだっけ………?
懐かしいな。
あ、これ体育祭が終わった後に三人で写真を撮ったんだっけ?
諷、ちょっと照れてたよな。
懐かしい。
…………あれ?
こんな、写真あったっけか。
そこには特に仲良くない奴が映っている写真があった。
「こいつは確か「高本………」って言ったっけ?」
自分のクラスのほとんど関わりのない女子と他クラスの奴が100m走をしている写真があった。
なんで、撮ったんだろう?
他にも特に撮る意味の無い写真が何枚かあった。
「あ、やべ」
没頭し過ぎてしまった。
ふと時間を見ると、そろそろ登校しないと遅刻してしまう時間になってしまっていた。
♦
また雪が降り始めた。
授業中、俺はふと窓側を見ると、白く小さな雪が降り始めていた事に気付いた。
既に外は、白い世界を創り出した雪が降り積もっている。
絶対に外に出たくない。
学校や部活が終わったら帰らないといけないが、外に出るとあの寒さの中にほおり出されるのだ。
そういや、窓側の席だったよな。あいつ。
席替えをして変わってしまったが、俺と諷は前まで窓側の席に座っていた。
今となっては昨日の事のように感じる気もするし懐かしいような気もするけど…。
今の席は俺は端側にいたが、あいつは席が変わったにも関わらず窓側の席になっていた。
あいつは外の景色が好きだから、こんな小さいような運命でさえ諷が帰ってくるのを待ってるように思ってしまう。
「早く帰ってこいよ…………そら」
つい呟いてしまう。
お前が帰ってきたら、色々話したい事が沢山あるんだ。
興味ないかもしれないけど、飽きられるかもしれないけど、お前がいない間、しつこく何があったか教えてやるよ。
「なあ、そら。どーしちゃったんだよ……。」
寂しい気持ちは何があってもごまかせないだろう。
だから、あいつが帰ってきたら寂しかったって素直に言ってみよう。そしたらあいつ、どんな反応するかな。
そう思いながら微笑した。
『花火、始まるからさ、観ようよ。皆で』
懐かしむように、ある言葉えが俺の頭の中に入ってきた。けれど何か、違和感があった。
諷の声だった。
諷の声が聞こえたのだ。
頭の中に響くように反響する。
けれど、そんな事をあいつに言われた覚えはなかった。
花火?
花火なら、三人で観ただろ。
ついに幻聴まで聞こえたのか、俺。
なんだか不安になってきた。
幻聴………か?
自分でも分からなくなってきた。
そんな筈はないのに、言われた覚えはないのに。
凄く動揺してしまっている。
俺の記憶………?
記憶じゃない。言われた覚えはない。
あの日の事は鮮明に思い出せるのだ。
なんなのだろう。俺の体にまでも何が起こっているのだろう。
色んな思考が重なって、凄く大きな耳鳴りを立てて俺の耳の中に、頭の中に入ってきた。
『あいつに……………あいつに!!!』
白黒で、テレビの砂嵐のような景色が俺の頭の中に入ってくるとともに、またも諷に言われたことの無い言葉が聞こえた。
「はぁ、はぁ」
息が荒い。呼吸できてなかったのだろう。
数秒経つと、俺の視界と耳鳴りは戻った。
「あいつ………………?」
俺の頭の中に入ってきた二回目の言葉を思い出す。
諷は叫んでいるようだった。
「あいつって…………」
誰なのだろう。諷が呼ぼうとしていた名前は、
千咲か?いや、だとしたら何故。
「誰だ?」
『誰だ?』
『誰だ?』
俺が口にすると共に、複重するように、そしてハウリングするように俺の頭の中に声が入ってきた。
俺が色んな意識を持っているようで、なんだか怖かった。
だけどさっきみたいな砂嵐はなく、なんだか酷く冷静で複重された声の持ち主がすぐに分かった。
俺だ。
俺が「誰だ?」と質問していた。
そんなはずはないのに、その「誰だ?」という質問を過去に何度もしているかのような親近感が湧いてきた。
『お前……忘れたのか?』
病院でのあいつとの会話を思い出す。
諷は誰かの名前を呼んでいた。
確か俺はあの時に「誰だ?」という質問をしている。
なんて、言っていた。
なんて、呼んでいた。
思い出せ。思い出せ。そいつの名前を。
何回も同じ質問をしているのなら、何か繋がりがあるのかもしれない。
たしかに根拠もない。だが、泥水を啜るような思いで、頭の中に入ってきた言葉を繋ぎ合わせてみれば、何か分かるかもしれない。
………………。
俺、なんで、こんなに必死なんだろう。
俺、なんで、思い出そうとしてるんだろう。
なんで、なんで、なんでなんでなんで。
こんな馬鹿みたいな事なのに、気にしなければいいのに、動揺しているのだろう。
なんで、なんで。
なのになんで、涙が、止まらないのだろう。
意味があるはずなのに、意味も分からず、繋がったからと言ってどうすればいいかさえもよく分かっておらず、
ただ、ただ、見ず知らずの奴を、俺は探している。
あの日、何があったんだ。本当は。
本当は?
いや、俺が見てきたものが真実だ。忘れるはずがない。忘れるなんてことはない。
だけど、もし"別の何か"が起こっていたとしたら、
俺の見たてきたもので、何かヒントがあるかもしれない。
思い出せ。思い出せ。あの日を。
九尾祭りの日を、花火が鳴り止まなかったあの日を。
『×××、ーーーーーーに居るってよ。』
俺も、そいつを呼んでいた。
そうか、"変わってしまった"のか。
あいつは、諷は、×××を探していた。
そう、 か。だよな?
「朱里」
声に出した。名前を呼んだ。何か複雑な道が繋がったような、そんな感覚だった。
ようやっと………なんて思っている暇はない。
これが答えじゃない。
まだ、終わってない。
俺の役目は、まだ終わっていない。
なんで忘れていたのか分からない。なんで思い出せたか分からない。何があったか分からない。
だから、問い詰めに行こう。まず諷に。
やることができた。超急ぎの急用が。
とびっきりの親友に、とびっきりの文句を言いに行く急用が。
♦
俺は学校を飛び出していた。
学校なんて今は「どうでも良かった」のだ。
お前が、いっつも言っている、口癖だ。
「そら………!」
雪道を、交通の道を全力疾走することなんて人生で生まれて始めてだ。
学校サボったのなんて始めてだ。
諷、俺もお前も、不器用でさ、俺は口数が多い不器用な奴だったけど、お前は口数が多い不器用な奴だったよな。
俺は思った事伝えられるけど、お前は思った事言う必要がないって決めつけて、興味がないって決めつけて、全部全部、適当に済ませてたよな。
「はぁ、はぁ」
病院までは、割と距離があるが、ペースを調整するなんてしなかった。
必死だった。けまた忘れるんじゃないかって、とにかく必死だった。
だけど、もう大丈夫だから、お前に伝えないといけないから。
ほんと不器用な奴。
興味ないって言ってる癖に、本当は気になってたり、自分自信でさえ気付いてない事も沢山あって、
クールでかっこいいかもしれないけど、どこか抜けててさ、でも天然って言ったら怒りそうだような、
お前の事だから、自分でなんでもできるとか思ってたんだろ?お前はたしかに強いけど、俺もいるんだからな?千咲も、そして朱里も。
全部一人で抱え込んで、全部一人で解決させようとして、無理して、相談しないで、そしてまた、「俺はできる」って決めつけてたんだろ?
そんな、信用ないかな、俺達。
「心の支え」にならないかな?
もっともっと、頼ってくれないのかな。
助けさせてくれないのかな。
まだ、お前の中に「あいつ」はいるかな。
俺みたいな奴が、俺なんかが、お前の友達で良かったのかな。
素直に、なってくれないのかな。
全部一人で、背負い込まないって約束してくれるかな。
相談してくれないのかな。
だけど、それでも、お前は全部一人でやろうとするだろうな。
不器用だから。
頼むのを変に恥ずかしがって、まだ全部一人でやろうとするだろうな。
お前は本当に変わらないよな。
だから、俺は決めたんだ。
もっと、お前を助けようって。
しつこく聞いて、相談させて全部吐かせて。
助けてあげてやるんだ。
「友達」だから。
大事な大事な、「友達」だから。
一方的かもしれないけど、じゃないとお前、全部一人でやろうとするから。
「なぁ…………、諷。」
雪が冷たい。俺の熱い肌の上で溶けていく。
体は汗まみれで、ちょっと涼しいかもしれないけど、明日絶対風邪ひくだろうな。
風邪ひいたら文句言ってやる。
「はぁ、はぁはぁ」
病院についた。
気持ちとしては今すぐにでもあいつに会いに行きたいところだが、体が限界を迎えようとしている。
少し、ほんの少し休憩してから、俺はまた駆け出す。
もう少しだ、もう少しでお前に。
諷の病室は知っている。
三階だ。俺はエレベーターを待つのが勿体なくて階段を駆け上っていた。
マナー違反なのは知っている。だが、俺は諷の病院のドアを勢いよく開けた。
「そらああ!!!」
そこに諷の姿はなかった。
既にベットは片付けられていて、次の患者を向け入れられる準備も済ませられていた。
「え?」
「あの!」
廊下を歩いているナースに声をかける。
「この病院に、柊って奴居ませんでしたか!?」
「あー、手続きが完了して退院しましたよ、5分前程ですけど」
その言葉に、俺は絶望する。けれど、そんな場合じゃないけれど、なんだか今の状況が…楽しかった。
「あー!もう!完全に入れ替わりじゃねえかよ!くっそ!絶対文句言ってやるからなぁ!そらぁ!!!!」
そう言って、マナー違反承知の上、また廊下を駆け出す。
あ、礼を言うの忘れてた。
「ありがとうございました!!」
一度足を止め、迷惑承知の上大声でそう言いながら頭を下げると、また俺は駆け出す。
♦
お前に、お前に、お前に。
まだ、伝えてられてないから。
俺はまだ、走り続ける。
沢山、沢山、沢山。
伝えてない文句があるから。
お前だって、まだ伝えられてんだろ?
だって、世界一不器用だもんな。お前。
なあ、
「そらぁあ!!!」
お前の、後ろ姿を見つけた。
途端、俺は大きな声であいつを呼ぶ。
そして、あいつは振り返る。
やっぱり、諷だ。
なんも、変わってない。
悪い意味でも、なんも変わってない。
こいつの目に本当に俺は写っているのだろうか?
それすらも疑うような、どこか"違う"目をしていた。
1週間前にお見舞いで会っているが、だが何年も会ってないような、そんな気がする。
「お前、糞走らせやがって……………」
はぁはぁ、と激しい息切れを休ませながらそう言う。
「司…………」
驚いているのだろうか、今どんな感情を持っているか分からない。
「どうした?」
「どうしたのって…………、お前、大丈夫なのか!?」
「うん。大丈夫。」
今、本当に俺は諷と話しているのだろうか。
体は大丈夫でも、心のどこかが壊れてしまっているのだろうか?
大丈夫……………じゃないだろ。
お前…………朱里はどうしたんだよ
俺の中から、言葉がでかける。
だが、それを言ってしまえばまた諷が壊れてしまいそうで、怖かった。
俺はでかけた言葉を呑み込む。
「本当に大丈夫なのか!?」
分かっている。これは詭弁だ。なんの意味も持たないやりとりだ。現状から逃れようと、必死に逃げているようにししか見えないしそうにしか聞こえない。
「うん。もう大丈夫だから。」
諷はそう答えると、俺に背を向け、帰りの雪道を歩いていった。
何が大丈夫なんだよ…………。
そんなんでいいのかよ。
沢山、伝えるつもりだった。
沢山、文句を言うつもりだった。
心構えも、どう返されようと納得しようとする俺自身の強さも、準備してきてるつもりだった。
だけど、あいつの目を見ると、なんだか全て怖くなってしまうのだ。
分かってる。分かってる。
だけどさ……、
「ほんと、お前がいない間、本当に寂しかったよ。知ってるか?色々大変だったんだぜ?千咲もさ。」ぽしょりと、いつものような元気なく語りかける。
だが諷は「興味ない」と言わんばかりに俺の話を無視して歩き続ける。
だっせぇ。
「…………超だせぇ…。」
小声でつい呟いてしまう。
なんも、準備できてないじゃないか。
なんもできずに終わるじゃねーか。
何もできてないのは、何もしていないのと同じだ。
ふざけんな。こんなところで終わらせんな。
確かに俺は、あいつにどんな運命が待ち構えていたかなんて知らない。なんで俺の中からあいつの存在が消えていたのかなんて分からない。
祭りの日の記憶がなぜ変わってしまったのかなんて分からない。
それでも、"あの日が変わってしまう前"、諷は、伝えたいことがあったんじゃないのか、ちゃんとあいつに伝えられてるのかよ…。
そして文句言うんじゃなかったのかよ。俺。
"そうじゃないだろ"と、右手に強く力こぶを作る。
言えよ。言えよ俺。たとえ友達失格でも、言えよ。俺。成り下がっても、友達の事を大事に思えないようなクソになったとしても、
諷が、壊れてしまったとしても。
「あいつに!!!!伝えるんじゃなかったのかよ!!!!」
俺はこれでもかと喉が張り裂けるくらいに叫んでやった。
諷は振り向かなかった。だが足を止めてくれた。
「はぁはぁ」
喉が痛い。息が荒い。
言葉を続けたくない。でも、でも。
今、俺ができることは、
「あいつに!!!!伝えたいことがあったんじゃないのかよ!!!!!」
「大丈夫じゃ………、大丈夫じゃないだろうが!!!!」
「そんなところで諦めんのかよ!!!!」
「そんな所で終わらせんのかよ!!!!」
「ふざけんな!!!一人で全部しょいこんで!!一人で全部できるとか決めつけやがって!!!!」
「俺だって……………、何があったかなんて、あいつにどんな運命があったかなんて知らねえ!!だけど!!だけど!!!!あいつの夢…………叶えるんじゃなかったのかよ!!!!」
「忘れたのかって言ったのはお前だろうが!!!」
「もうお前の中にあいつは………いねぇかもしれねぇ!!!!だけど、あいつは……!朱里は居たんじゃねぇのかよ!!!!諷ぁあぁぁあ!!!!」
また壊れるのを、恐れていた。
また諷が諷じゃなくなる事が怖かった。
だけど、思った事を全部言ってやった。
途中から声がかすれて何を喋っているか分からなかったのかもしれないが、それでも全部伝えてやった。
俺も不器用だから、こんな気持ちの伝え方しかできない。
俺のできることは全てやった。
友達失格かも知れない。
諷が諷じゃなくなるかもしれない。
それでも、それでも俺は、お前に。
全部伝えたから。
何十秒経ったか分からない。
降り積もる雪は立ち尽くす俺達の肩と髪をかすめていく。
「本当にありがとう、司。」
諷は、笑顔でそう言った。
その笑顔は、かつての諷の笑顔だった。
「あぁー」と、気が抜けていくのがわかる。
「心配させやがって……」
涙が頬を撫でるように、優しく流れる。
泣きじゃくった後だから、凄くダサい。
「行ってくる。」
諷はそういうと、冬という季節を楽しむ少年のように、駆け出して行った。
「あぁ、行ってこい。諷。」
俺は遅れて返事をする。
「そらああああああああぁぁぁ!!!!!かんっばれえええええええええ!!!!!」
走り去っていく諷の後ろ姿を見ながら、俺はそう言った。
「あーーー、ほんと友達失格だな。俺は。」
ほんとに、流石だよお前は。
そう、俺は微笑した。
親友という名の特等席で、俺は願う。
どうか神様、あいつらをハッピーエンドへ導いてくれ。と。
うっすら目を開けると、そこには見慣れない天井があった。
もういい加減に慣れたものだ。
ぼやけて見えていたその景色がだんだんとはっきり慣れた様に見えてきた。
次はどこにいるんだ。
と、体を起こそうとするが、体は起きなかった。
「……ん?」
なんだかとても体に違和感があった。
シュー、シュー、と自分の息の音が聞こえる。
はっきりと見えてきた。
俺は酸素マスクを付けていた。
なんで………、
何があったか思い出せない。
思い出せる最後の光景は…………、
「天坂……?」
そうだ、俺は天坂を追っていて………。
そっから何があったか覚えてはないが何故か俺は病室に居た。
「そら………?」
ベットの横の椅子に司と横木は座っていて俺が目覚めたのを気づいたように司が俺の名前を呼んだ。
「つか…………さ?」
朦朧としていた意識の中で俺は彼の名前を呼んだ。
「良かった、良かった………、このまま柊君が目覚めないんじゃないかと思って……、私…!」
泣きつくように横木はそう口にした。
「馬鹿野郎…心配したんだぞ?」
何を……言っている?
何が起こったんだ?
俺は……あいつを、探してただけで。
何で?
いや、何で………、探してた?
『今日、私はーーーー』
彼女の言葉を、思い出す。
そうだ、俺はあいつと約束を…………、
「あま……さか」
振り絞るように体を起こす。
「お、おい無理すんなよそら」
司は心配して俺を支えてくれる。
「お前さっきから……うなさらてるようにそいつの名前呼んでたぞ」
「天坂の事か?」
「だから、誰だって」
「は?何言って………」
「今まで………お前……忘れたのか?」
「誰だ?」
『誰だ?』
司ともう一人の司?の声が重なったように聞こえた。
その時は、混乱していたのかもしれないけれど、過去に司に同じ事を聞かれたような気がして、それをフラッシュバックしたように重ねていたんだと思う。
確証もなんの根拠もないけれどなんだか自信があった。
「え?誰だって………お前そりゃあ……」
俺の体の中に電流が流れるような「何か」が起こった気がした。
『誰だ?』って誰の事を聞いているんだ?
天坂朱里の事を聞いている…のか?
そんなはずないよな?そんな訳ないよな?
だって………今まで俺達は………………。
祭りだって……。
あれ?そんなこと、あったっけ?
ガンガンと何度も頭を殴られているような気がした。
『今日、私はー。』
『それが私の夢』
『誰だ?』
『ごめんね、夢見せてあげられなくて』
『そんなこと言うなよ。俺はお前に………!』
『編集部部長!』
『ホームルーム始めるよー、』
『居ない存在に』
『センターに………』
『どうだった?』
『全部…………ー。』
『明日からー!』
『時間を司る…………』
『それが、始まりだ。』
『ごめんね……ごめんね………。』
『別に……………は、悪くないよ。』
『行こう。……………………のもとへ。』
『始まったねー!!』
『絶対……………か……やろうな!』
『逃げろおぁおお!!』
『間違ってるよ!あんたは!だって!だってそうだろ!?本当は……しようとー!』
『化け狐が!!!!』
複数人の記憶を一斉に再生されたような情報量が頭の中で再生されている。
なんだ…………これ。
「そら!?おい!!!大丈夫か!?」
「それ…………は」
あいつと約束………
あいつ……………………?
「誰だ?」
そこから先は、よく覚えていない。
だけど、心が壊れた音が聞こえた。
先生に聞くと俺は病室でいきなり取り乱して暴れていらしい。
♦
「とりあえずなんだかの記憶障害が起こったって、事で、しばらく入院してもらうから。」
「はい。大丈夫です。」
夏休みの事とか、九月に司と横木と三人で九尾祭りに行った事とか覚えているのだが、俺の中でそれを認めない記憶欠陥のような障害が俺の中で起こったらしいので、最初はとりあえず様子見で入院することになった。
障害の副作用なのかは分からないらしいが、俺は腰に力が入らなくなった。
とりあえずリハビリ等も兼ねている入院なのでいつ退院するのかは分からない。
あの日、九尾祭りがあった日、俺の体に何が起こったのだろう。
あの日は終盤の花火が打ち上げられている途中、九珠神社で火事が起きたのだ。
勿論の事火事対策はきちんとされていて大事には至らなかったがそれでも御参りをしていた数名が火事による火傷を負ったらしい。
被害者の情報によると、灯篭からいきなり少し大きな炎柱を燃え立たせたらしい。。
そして出火原因は不明
俺達三人は普通に花火を見ていたはずなのだが、俺はその火柱を見た途端に苦しみ出して倒れたらしい。
だが確実に言える事がある。
あの日、「何か」があったのだと。
後悔してもしきれない「何か」を成し遂げれなかったのだと。
「そんな」気がするだけなのだが俺は「そんな」ことを考えると何故か涙が出てくるのだ。
だがあの日の事を思い出しても、花火が綺麗だったなというようなということしか思い出せない。
俺は昔から綺麗な景色が好きだった。
人々を一瞬にして魅せて虜にする花火が。
人々は、その瞬間を大切な思い出にしようと息をするかを忘れていたかのように息を止めて花火を見るのだ。
そんなような淡く儚い花火が、
俺は好きだ。
♦
俺の友達が入院することになった。
記憶障害が起こったらしい。
誰かに「何で?」と聞かれれば俺の体じゃないから知らないし、俺が「何で?」と聞き返したいくらいだ。
一体、俺の友達はどしてしまったのだろうか?
知らない奴の名前を呼んでいたから、俺が「誰だ?」と聞き返すとあいつは暴れ出した。
あいつが落ち着いた後に様子を見に行ったのだが、
大切な「何か」を忘れていた抜け殻みたいになってしまっていた。
でもその「何か」は俺には分からない。
その「何か」を違うもので埋め合わせできないだろうか?と、ばかり考える。
でも、あいつのことだけじゃない。
俺も、「何か」が抜けてしまっている気がするのだ。
正常なはずの記憶なのだが、それでも「何か」が違う気がするのだ。
俺は千咲と一緒に病院を行った帰り道、特に喋る事はなく、そして足どりは重く、ただ足を進めていた。
秋の天候は変わりやすい
雨が止んだと思ったらまた雨が降り、日差しが強く暖かいと思ったら雲行きが怪しくなり冷たい風が吹く。
最初は雨なんか降っていなかった。
俺は家に出る前に天気予報を確認し、晴れマークを確認していたはずだった。
それなのに何故今雨が降るのだろう。
空を見るとポツ、ポツと降る雨は俺を苛立たせるように降り始めていた。
「じゃあね司、明日学校で」
「おう、じゃあな。」
気がつけば別れ道になっていて、俺達はそう言葉を交わすと、千咲は小走りで帰って行った。
俺は雨に濡れることなんてどうでもいい。
その日、俺は雨の中、ゆっくりと雨に打たれながら家に帰った。
♦
あいつが居ない日々が続いた。
俺の友達は、まだ入院している。
あいつが居ない日常は、なんだかつまんなくて、退屈だった。
授業の時、あいつが居ない席をいつも眺めている。
あいつがこの授業に出てたらどんな感じで勉強してるんだろう、とかそればっかり考えてた。
あの日、九尾祭りがあった日、あいつは変わってまった。
なんでだろうとか、まだ俺にできる事はまだあるのだろうか、
とかそう考えるのが当たり前になってしまっていて、そんなことを考えていると気がつけば冬になってしまっている。
街灯と家の灯りが全てを照らしているのか、と思わせるような薄暗い月灯りと空の下。
俺は部活が終わり、家に帰っていた。
「雪か……」
俺が町灯りを横目で見ながら歩いていると、視界に小さな雪が降り始めていた。
もう12月の中頃だというのに、今年の初雪は今日だった。
手を広げると、小さな雪は俺の手の上で溶けた。
そこで俺は初めて、季節が変わったと言う事を知らされた。
冬の知らせは、冷たかった。
そして、寂しかった。
そして、雪は地面に溶けていく。
そしてまた、気がつけば積もっているのだろう。
時間の流れとは、そういうものだ。
♦
朝、俺は学校に行く前に時間が有り余り暇になって中学校のアルバムを開いた。
そこに、ずっと変わらないと思っていた友達が写っていた。
なにに対しても全く興味を示さない。
どこか、冷めている目をしていた。
だけど優しくて、頼りがいがあって。
ちゃんと友達は大事にしてくれて。
あいつはそういう奴だ。
いつもそうだった。
変わらず俺達は一番仲の良い友達で、最高の仲間で、相棒で。
だけど今の諷は、俺に対しても「興味がない」目を向けているような気がするのだ。
俺と千咲もずっと通っているのだが、諷の心に空いた大きな穴が原因なのか、優しく笑ってくれてはいるのだが、それは本当の笑顔じゃない。
ただの作り笑いで俺達は全く興味を示していない。
別にいないように扱われているわけではないし、あいつの中には存在しているはずなのだが、あいつの目にはまるで、別の世界の住人を観ているような、
そんな気がするのだ。
中学時代のアルバムを閉じて、次は高校の写真を見ることにした。
宿泊研修や体育祭などの写真はまとめてある。
自分のアルバムを作っていた。
この写真にも、あの写真にも諷は映っている。
体育祭の準備期間くらいだろうか?
俺と諷が千咲と絡むようになったのは。
一緒の学級旗準備班になって、そっから仲良くなったんだっけ………?
懐かしいな。
あ、これ体育祭が終わった後に三人で写真を撮ったんだっけ?
諷、ちょっと照れてたよな。
懐かしい。
…………あれ?
こんな、写真あったっけか。
そこには特に仲良くない奴が映っている写真があった。
「こいつは確か「高本………」って言ったっけ?」
自分のクラスのほとんど関わりのない女子と他クラスの奴が100m走をしている写真があった。
なんで、撮ったんだろう?
他にも特に撮る意味の無い写真が何枚かあった。
「あ、やべ」
没頭し過ぎてしまった。
ふと時間を見ると、そろそろ登校しないと遅刻してしまう時間になってしまっていた。
♦
また雪が降り始めた。
授業中、俺はふと窓側を見ると、白く小さな雪が降り始めていた事に気付いた。
既に外は、白い世界を創り出した雪が降り積もっている。
絶対に外に出たくない。
学校や部活が終わったら帰らないといけないが、外に出るとあの寒さの中にほおり出されるのだ。
そういや、窓側の席だったよな。あいつ。
席替えをして変わってしまったが、俺と諷は前まで窓側の席に座っていた。
今となっては昨日の事のように感じる気もするし懐かしいような気もするけど…。
今の席は俺は端側にいたが、あいつは席が変わったにも関わらず窓側の席になっていた。
あいつは外の景色が好きだから、こんな小さいような運命でさえ諷が帰ってくるのを待ってるように思ってしまう。
「早く帰ってこいよ…………そら」
つい呟いてしまう。
お前が帰ってきたら、色々話したい事が沢山あるんだ。
興味ないかもしれないけど、飽きられるかもしれないけど、お前がいない間、しつこく何があったか教えてやるよ。
「なあ、そら。どーしちゃったんだよ……。」
寂しい気持ちは何があってもごまかせないだろう。
だから、あいつが帰ってきたら寂しかったって素直に言ってみよう。そしたらあいつ、どんな反応するかな。
そう思いながら微笑した。
『花火、始まるからさ、観ようよ。皆で』
懐かしむように、ある言葉えが俺の頭の中に入ってきた。けれど何か、違和感があった。
諷の声だった。
諷の声が聞こえたのだ。
頭の中に響くように反響する。
けれど、そんな事をあいつに言われた覚えはなかった。
花火?
花火なら、三人で観ただろ。
ついに幻聴まで聞こえたのか、俺。
なんだか不安になってきた。
幻聴………か?
自分でも分からなくなってきた。
そんな筈はないのに、言われた覚えはないのに。
凄く動揺してしまっている。
俺の記憶………?
記憶じゃない。言われた覚えはない。
あの日の事は鮮明に思い出せるのだ。
なんなのだろう。俺の体にまでも何が起こっているのだろう。
色んな思考が重なって、凄く大きな耳鳴りを立てて俺の耳の中に、頭の中に入ってきた。
『あいつに……………あいつに!!!』
白黒で、テレビの砂嵐のような景色が俺の頭の中に入ってくるとともに、またも諷に言われたことの無い言葉が聞こえた。
「はぁ、はぁ」
息が荒い。呼吸できてなかったのだろう。
数秒経つと、俺の視界と耳鳴りは戻った。
「あいつ………………?」
俺の頭の中に入ってきた二回目の言葉を思い出す。
諷は叫んでいるようだった。
「あいつって…………」
誰なのだろう。諷が呼ぼうとしていた名前は、
千咲か?いや、だとしたら何故。
「誰だ?」
『誰だ?』
『誰だ?』
俺が口にすると共に、複重するように、そしてハウリングするように俺の頭の中に声が入ってきた。
俺が色んな意識を持っているようで、なんだか怖かった。
だけどさっきみたいな砂嵐はなく、なんだか酷く冷静で複重された声の持ち主がすぐに分かった。
俺だ。
俺が「誰だ?」と質問していた。
そんなはずはないのに、その「誰だ?」という質問を過去に何度もしているかのような親近感が湧いてきた。
『お前……忘れたのか?』
病院でのあいつとの会話を思い出す。
諷は誰かの名前を呼んでいた。
確か俺はあの時に「誰だ?」という質問をしている。
なんて、言っていた。
なんて、呼んでいた。
思い出せ。思い出せ。そいつの名前を。
何回も同じ質問をしているのなら、何か繋がりがあるのかもしれない。
たしかに根拠もない。だが、泥水を啜るような思いで、頭の中に入ってきた言葉を繋ぎ合わせてみれば、何か分かるかもしれない。
………………。
俺、なんで、こんなに必死なんだろう。
俺、なんで、思い出そうとしてるんだろう。
なんで、なんで、なんでなんでなんで。
こんな馬鹿みたいな事なのに、気にしなければいいのに、動揺しているのだろう。
なんで、なんで。
なのになんで、涙が、止まらないのだろう。
意味があるはずなのに、意味も分からず、繋がったからと言ってどうすればいいかさえもよく分かっておらず、
ただ、ただ、見ず知らずの奴を、俺は探している。
あの日、何があったんだ。本当は。
本当は?
いや、俺が見てきたものが真実だ。忘れるはずがない。忘れるなんてことはない。
だけど、もし"別の何か"が起こっていたとしたら、
俺の見たてきたもので、何かヒントがあるかもしれない。
思い出せ。思い出せ。あの日を。
九尾祭りの日を、花火が鳴り止まなかったあの日を。
『×××、ーーーーーーに居るってよ。』
俺も、そいつを呼んでいた。
そうか、"変わってしまった"のか。
あいつは、諷は、×××を探していた。
そう、 か。だよな?
「朱里」
声に出した。名前を呼んだ。何か複雑な道が繋がったような、そんな感覚だった。
ようやっと………なんて思っている暇はない。
これが答えじゃない。
まだ、終わってない。
俺の役目は、まだ終わっていない。
なんで忘れていたのか分からない。なんで思い出せたか分からない。何があったか分からない。
だから、問い詰めに行こう。まず諷に。
やることができた。超急ぎの急用が。
とびっきりの親友に、とびっきりの文句を言いに行く急用が。
♦
俺は学校を飛び出していた。
学校なんて今は「どうでも良かった」のだ。
お前が、いっつも言っている、口癖だ。
「そら………!」
雪道を、交通の道を全力疾走することなんて人生で生まれて始めてだ。
学校サボったのなんて始めてだ。
諷、俺もお前も、不器用でさ、俺は口数が多い不器用な奴だったけど、お前は口数が多い不器用な奴だったよな。
俺は思った事伝えられるけど、お前は思った事言う必要がないって決めつけて、興味がないって決めつけて、全部全部、適当に済ませてたよな。
「はぁ、はぁ」
病院までは、割と距離があるが、ペースを調整するなんてしなかった。
必死だった。けまた忘れるんじゃないかって、とにかく必死だった。
だけど、もう大丈夫だから、お前に伝えないといけないから。
ほんと不器用な奴。
興味ないって言ってる癖に、本当は気になってたり、自分自信でさえ気付いてない事も沢山あって、
クールでかっこいいかもしれないけど、どこか抜けててさ、でも天然って言ったら怒りそうだような、
お前の事だから、自分でなんでもできるとか思ってたんだろ?お前はたしかに強いけど、俺もいるんだからな?千咲も、そして朱里も。
全部一人で抱え込んで、全部一人で解決させようとして、無理して、相談しないで、そしてまた、「俺はできる」って決めつけてたんだろ?
そんな、信用ないかな、俺達。
「心の支え」にならないかな?
もっともっと、頼ってくれないのかな。
助けさせてくれないのかな。
まだ、お前の中に「あいつ」はいるかな。
俺みたいな奴が、俺なんかが、お前の友達で良かったのかな。
素直に、なってくれないのかな。
全部一人で、背負い込まないって約束してくれるかな。
相談してくれないのかな。
だけど、それでも、お前は全部一人でやろうとするだろうな。
不器用だから。
頼むのを変に恥ずかしがって、まだ全部一人でやろうとするだろうな。
お前は本当に変わらないよな。
だから、俺は決めたんだ。
もっと、お前を助けようって。
しつこく聞いて、相談させて全部吐かせて。
助けてあげてやるんだ。
「友達」だから。
大事な大事な、「友達」だから。
一方的かもしれないけど、じゃないとお前、全部一人でやろうとするから。
「なぁ…………、諷。」
雪が冷たい。俺の熱い肌の上で溶けていく。
体は汗まみれで、ちょっと涼しいかもしれないけど、明日絶対風邪ひくだろうな。
風邪ひいたら文句言ってやる。
「はぁ、はぁはぁ」
病院についた。
気持ちとしては今すぐにでもあいつに会いに行きたいところだが、体が限界を迎えようとしている。
少し、ほんの少し休憩してから、俺はまた駆け出す。
もう少しだ、もう少しでお前に。
諷の病室は知っている。
三階だ。俺はエレベーターを待つのが勿体なくて階段を駆け上っていた。
マナー違反なのは知っている。だが、俺は諷の病院のドアを勢いよく開けた。
「そらああ!!!」
そこに諷の姿はなかった。
既にベットは片付けられていて、次の患者を向け入れられる準備も済ませられていた。
「え?」
「あの!」
廊下を歩いているナースに声をかける。
「この病院に、柊って奴居ませんでしたか!?」
「あー、手続きが完了して退院しましたよ、5分前程ですけど」
その言葉に、俺は絶望する。けれど、そんな場合じゃないけれど、なんだか今の状況が…楽しかった。
「あー!もう!完全に入れ替わりじゃねえかよ!くっそ!絶対文句言ってやるからなぁ!そらぁ!!!!」
そう言って、マナー違反承知の上、また廊下を駆け出す。
あ、礼を言うの忘れてた。
「ありがとうございました!!」
一度足を止め、迷惑承知の上大声でそう言いながら頭を下げると、また俺は駆け出す。
♦
お前に、お前に、お前に。
まだ、伝えてられてないから。
俺はまだ、走り続ける。
沢山、沢山、沢山。
伝えてない文句があるから。
お前だって、まだ伝えられてんだろ?
だって、世界一不器用だもんな。お前。
なあ、
「そらぁあ!!!」
お前の、後ろ姿を見つけた。
途端、俺は大きな声であいつを呼ぶ。
そして、あいつは振り返る。
やっぱり、諷だ。
なんも、変わってない。
悪い意味でも、なんも変わってない。
こいつの目に本当に俺は写っているのだろうか?
それすらも疑うような、どこか"違う"目をしていた。
1週間前にお見舞いで会っているが、だが何年も会ってないような、そんな気がする。
「お前、糞走らせやがって……………」
はぁはぁ、と激しい息切れを休ませながらそう言う。
「司…………」
驚いているのだろうか、今どんな感情を持っているか分からない。
「どうした?」
「どうしたのって…………、お前、大丈夫なのか!?」
「うん。大丈夫。」
今、本当に俺は諷と話しているのだろうか。
体は大丈夫でも、心のどこかが壊れてしまっているのだろうか?
大丈夫……………じゃないだろ。
お前…………朱里はどうしたんだよ
俺の中から、言葉がでかける。
だが、それを言ってしまえばまた諷が壊れてしまいそうで、怖かった。
俺はでかけた言葉を呑み込む。
「本当に大丈夫なのか!?」
分かっている。これは詭弁だ。なんの意味も持たないやりとりだ。現状から逃れようと、必死に逃げているようにししか見えないしそうにしか聞こえない。
「うん。もう大丈夫だから。」
諷はそう答えると、俺に背を向け、帰りの雪道を歩いていった。
何が大丈夫なんだよ…………。
そんなんでいいのかよ。
沢山、伝えるつもりだった。
沢山、文句を言うつもりだった。
心構えも、どう返されようと納得しようとする俺自身の強さも、準備してきてるつもりだった。
だけど、あいつの目を見ると、なんだか全て怖くなってしまうのだ。
分かってる。分かってる。
だけどさ……、
「ほんと、お前がいない間、本当に寂しかったよ。知ってるか?色々大変だったんだぜ?千咲もさ。」ぽしょりと、いつものような元気なく語りかける。
だが諷は「興味ない」と言わんばかりに俺の話を無視して歩き続ける。
だっせぇ。
「…………超だせぇ…。」
小声でつい呟いてしまう。
なんも、準備できてないじゃないか。
なんもできずに終わるじゃねーか。
何もできてないのは、何もしていないのと同じだ。
ふざけんな。こんなところで終わらせんな。
確かに俺は、あいつにどんな運命が待ち構えていたかなんて知らない。なんで俺の中からあいつの存在が消えていたのかなんて分からない。
祭りの日の記憶がなぜ変わってしまったのかなんて分からない。
それでも、"あの日が変わってしまう前"、諷は、伝えたいことがあったんじゃないのか、ちゃんとあいつに伝えられてるのかよ…。
そして文句言うんじゃなかったのかよ。俺。
"そうじゃないだろ"と、右手に強く力こぶを作る。
言えよ。言えよ俺。たとえ友達失格でも、言えよ。俺。成り下がっても、友達の事を大事に思えないようなクソになったとしても、
諷が、壊れてしまったとしても。
「あいつに!!!!伝えるんじゃなかったのかよ!!!!」
俺はこれでもかと喉が張り裂けるくらいに叫んでやった。
諷は振り向かなかった。だが足を止めてくれた。
「はぁはぁ」
喉が痛い。息が荒い。
言葉を続けたくない。でも、でも。
今、俺ができることは、
「あいつに!!!!伝えたいことがあったんじゃないのかよ!!!!!」
「大丈夫じゃ………、大丈夫じゃないだろうが!!!!」
「そんなところで諦めんのかよ!!!!」
「そんな所で終わらせんのかよ!!!!」
「ふざけんな!!!一人で全部しょいこんで!!一人で全部できるとか決めつけやがって!!!!」
「俺だって……………、何があったかなんて、あいつにどんな運命があったかなんて知らねえ!!だけど!!だけど!!!!あいつの夢…………叶えるんじゃなかったのかよ!!!!」
「忘れたのかって言ったのはお前だろうが!!!」
「もうお前の中にあいつは………いねぇかもしれねぇ!!!!だけど、あいつは……!朱里は居たんじゃねぇのかよ!!!!諷ぁあぁぁあ!!!!」
また壊れるのを、恐れていた。
また諷が諷じゃなくなる事が怖かった。
だけど、思った事を全部言ってやった。
途中から声がかすれて何を喋っているか分からなかったのかもしれないが、それでも全部伝えてやった。
俺も不器用だから、こんな気持ちの伝え方しかできない。
俺のできることは全てやった。
友達失格かも知れない。
諷が諷じゃなくなるかもしれない。
それでも、それでも俺は、お前に。
全部伝えたから。
何十秒経ったか分からない。
降り積もる雪は立ち尽くす俺達の肩と髪をかすめていく。
「本当にありがとう、司。」
諷は、笑顔でそう言った。
その笑顔は、かつての諷の笑顔だった。
「あぁー」と、気が抜けていくのがわかる。
「心配させやがって……」
涙が頬を撫でるように、優しく流れる。
泣きじゃくった後だから、凄くダサい。
「行ってくる。」
諷はそういうと、冬という季節を楽しむ少年のように、駆け出して行った。
「あぁ、行ってこい。諷。」
俺は遅れて返事をする。
「そらああああああああぁぁぁ!!!!!かんっばれえええええええええ!!!!!」
走り去っていく諷の後ろ姿を見ながら、俺はそう言った。
「あーーー、ほんと友達失格だな。俺は。」
ほんとに、流石だよお前は。
そう、俺は微笑した。
親友という名の特等席で、俺は願う。
どうか神様、あいつらをハッピーエンドへ導いてくれ。と。
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