ColorcrustProject「いるはずのいない君に色のない花束を」

秋乃空銀杏

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十三章(最終章)「だから俺は花火か好きだ\だから私は花火が嫌いだ。」

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ようやっと、悪い夢が覚めた。
心の中に空いた大きな大きな穴が、戻ってきた。
全て、思い出した。
俺の親友が目を覚まさせてくれた。
親友が、託してくれた。
絶対に、無駄にはできない。
あの日、俺はあいつを探していた。 
だけどあの日、あいつは………………。
そんな事は分かっている。
けれど、もう会えないとは誰も言っていないし誰かが決めたわけじゃない。
ずっと探している。そして今も。
まだ、伝えられてないから。
まだ、諦めてなんかない。
たくさん、たくさん、たくさん。
あいつに、天坂朱里に、色んなものを貰ったから。
親友に、坂上司に、大切な事を、思い出させてくれたから。
諦めてたまるか。終わらせていいわけなんてない。
絶対に、絶対に終わらせない。
もう一度、あいつに会う。
当てはある。だが、上手くいくか自信はない。
でも、やらないよりかはマシだ。
成功するなんて誰も言っていない。
だが、失敗するとも誰も言ってない。
常識から外れろ。至らないなら成功するために脳を振り絞れ。
親友から託された勇気のバトンを、思いを、絶対届ける。今はそれだけでいい。今できることはこれしかない。
向かった先は、天坂の祖母と一緒に暮らしている家だった。
まずは、天坂の祖母に朱里の存在を聞く。
あの家系は、九珠神社に一番繋がりが深い家だ。
知っているはずだ。
そして、未来の図書館で見たあの資料、九尾は、時間を司る神だ。
俺がタイムリープをしていたのも、九尾の力と何か関係があるのだろう。
天坂の祖母なら、九尾の力を借りれるかもしれない。
そして、過去に行けるかもしれない。
それが俺の「当て」だ。
現在、天坂朱里の存在は全て「いない存在」に書き換えられている。
司が何故天坂朱里の存在を思い出せたのかは分からないが、だが、あいつが思い出さなかったら、俺の心も壊れたままで、天坂の事を思い出せなかっただろう。
本当に、俺の親友には、本当に感謝している。
だが、「いない存在」になっているのには変わりはない。
だから、天坂の祖母も朱里の存在を忘れている可能性がある。
だけど賭けてみる価値はあるだろう。
天坂家の前まで走ってきた。
そして、チャイムを押す。
「はぁ、はぁはぁ」と、荒い息を落ち着かせると共に足を止め屈む。
「はい。」
扉を開けてでてきたのは、提灯作りで一緒に居た、あの、直人という青年だった。
直人という青年は驚いた表情をとって固まっていた。
「すいません!あの、天坂朱里の祖母に会わせて下さい!」
知っているか……、知っていてくれ……。
「あの、どちら様ですか?」
そう…………来たか。だが、じゃあ何故驚いた表情を…?知らない人が急に来て驚いているだけか?
なんだか信用できない。
「頼む………会わせてくれ!!」
俺は両手で掴みゆすってみる。
「…………………」
直人という青年は、少し黙り込むと、俺を突き飛ばした。
鈍い音を立てて俺は勢いよく尻もちをつく。
「…………くっ…」
俺は下からだが睨んでやった。
「もう二度と来んな。」
直人という青年は大きめな舌打ちをすると、戸を大きな音を立てて閉めた。
やっぱり、駄目か。
駄目だったか。
『あいつに!!!!伝えたいことが、あったんじゃないのかよ!!!』
あいつの言葉を思い出す。
「そうだよな、司。」
俺はそう微笑すると、スッと立ち上がった。
俺はまだ諦めてなんかいない。
天坂の家は広く大きな庭もある。
庭からでも恐らく入れるだろうが、恐らく閉められているだろう。
正面からだと鍵を閉められている上に、前来て分かっている事があるのだが、一本道だ。
恐らくねじ伏せられる。
そして天坂の祖母がいるのは多分………、
「諦めるわけねーだろ」
俺ははぁ~と、長いため息をつき、天坂の家を睨む。

バキィィギギギギギ!!!!
そう激しい音を立てると、庭の扉は倒れた。
俺の全体重をこめたタックルだから、まあ倒れて貰わないと逆に困る。
それにしても、なんて外道な不法侵入なんだろう。
犯罪を犯すなんて人生で生まれて始めてだ。
だけど今はそれに相応した事情がある。
木図はパラパラと音を立てて埃を舞わせている。
もの凄く痛い。が、今はそれどころじゃない。
埃が地に降っていき、ようやく辺りが見えるようになってきた。
そこには、天坂の祖母と直人という青年、そして、観るのは久しぶりなのだが、あの大きな礼堂が目の前にあっま。
「こいつ……!」
直人という青年は、俺を睨みあげる。
「扉、壊してしまって、すいません。不法侵入してしまって、すいません。でも、聞きたい事があるんです。」
日本語成立してる?ちょっとめちゃくちゃかもしれないが、それくらいに俺は必死だった。
「天坂朱里って知ってますよね、助けに行く方法を、探しているんです。」
俺はそう伝える。
「誰だい、そんな子、知らないよ。帰っておくれ、警察は呼ばないし扉の修理代も請求しない、だから早く、帰ってくれ。」
天坂の祖母は、確かにそう言った。
「は……………?」
こいつ、本気で言っているのか。
ほんとに人間か?自分の孫を……。
忘れているなら仕方ない。「いない存在」になっているから仕方ない…………か?
この人は「嘘」をついてる。そんな気がする。
根拠なんてない。けれど、分かってしまう。
俺の妄想とか、そうであって欲しいから。
っていうよなしょうもない理由じゃない
何か違和感があるのだ。
当然だ。自分の孫のことで嘘をついているのだから。でも、それだったら……、
「現状から逃げてるだけじゃねぇか」
俺はぽしょりと、そう呟き俯く。
「しつこいぞ、お前」
直人という青年は手首を鳴らしながら近いてくる。
「忘れたのか………?」
「なあ、本当に言ってんだとしたらーーー!」

「うるせえんだよ」
俺が伝えようとした事は、この男に止められ、俺は投げ飛ばされた。
庭には飛び出さず、壁に激しくバーン!と言う音を立てて衝突した。
「ぐっ………!」
「しつけえな。帰れって言われたんだったら帰れよ。」
そして胸ぐらを掴み、そう言った。
「逃げてんじゃねぇよ…………」
「あ?」
あいつは、教えてくれた。
なら、次は俺が教える番だ。そうだろ?司。
「逃げてんじゃねえよ!!!!」
逆に俺が胸ぐらを掴み返してそう言ってやった。
「どんな事情があるかなんて知らねぇ!!!」
「それでどんな辛い思いをしたかなんて知らねえ!!!」
「でも、でもなぁ!!!!何が起こったかは知ってんだよ!!!!まだお前の中にあいつが居るなら……可哀想だと、思わねえのかよ!!!!」
「なあ!!!!!」
俺は気圧すように顔を近ずけてそう言葉を放った。
「お前の中にあいつがいないなら……………いないならなぁ!!!!そんな顔は……………しねぇんだよ!!!!」
直人という青年は、泣いていた。
家族だから。やっぱり、大切だったんだろう。
俺はそう言葉を放って立ち上がり、こいつを突き飛ばしてやった。
そこまで思ってんなら、切っても切れない深い絆で結ばれているのなら、やっぱり、忘れてなんか、いなかった。
なら、試してみたいことがある。
「なら…………そんな関係は…………………家族じゃねええ!!!!」
言いたくない一言だった。
口した俺自身も、なんだか辛くて後悔してしまった。人のために泣ける。そんな優しい奴を否定なんかしたくなかった。でも、そうしないと……。
「うるせぇぇええええ!!!!!」
直人という青年は立ち上がり俺を強く殴った。
視界が変に歪むのがわかる。鈍い痛みを感じたのがわかる。
ああ、やっぱりそうか。
また壁に衝突する。
痛いけど、痛いけど嬉しかった。
こいつの中にまだ天坂がいて、嬉しかった。
家族の繋がりが切れてなくて、嬉しかった。
「分かってんだよ!!!!分かってんだよそれくらい!!!!!!!」
直人という男は、泣きながら、泣きながら家族であるということを肯定した。
「認めてるじゃないですか、"直人君"」
俺はそう言いながら笑ってやった。
「直人、もういい。」
天坂の祖母はそう言った。
俺の意識も、直人君の意識も天坂の祖母に向く。
「話がある。聞いてくれるかい。」
「はい。」

「まずは……、何から話そうかねぇ…………。」
天坂の祖母は説明しようにもどう説明したらいいか分からない。という顔をしていた。
まず分かっている事をまとめてみる。
現在「天坂朱里」の事を覚えているのは、俺と司、
それから家族である直人君と天坂の祖母だ。
そしてそれ以外の人物は皆、「天坂朱里」という存在を忘れている。
「天坂朱里」とか関わった記憶は全て「いない存在」として違う記憶に書き換えられている。
あの日、夢であった天坂のいう「いない存在」とはこういう事を指しているのだろう。
という事は、あの事故で天坂朱里は死んで、そして九尾の呪いで「いない存在」になったのだろう。
だが、一番繋がりが深い家族の直人君らは覚えているのは不思議ではないが、なぜ司は思い出せたのだろう。それはまだ分かっていない。
そして今俺がやりたい事は、過去の改ざんだ。
九尾が時間を司る神なら、過去にも行けるかもしれない。だが、過去に行く方法を知らない。
「まずは、教えて欲しい事が一つあります。」
「なんだい?」
「天坂のお婆さん達は、何故俺に「私達も天坂朱里の事を知っている」って教えてくれなかったんですか?」
俺と天坂の祖母は座布団に座って向かいあっていたのだが、俺は背筋を伸ばし、真剣なんだということをアピールする。
「本当は、神社で教えたら駄目だという決まりがって教えるつもりなんてなかったけどねぇ、それでも賭けてみたくなったのさ、あんたに。」
「賭け?」
「あんたならあの子をたすけれるんじゃないかって、賭けてみたくなったのさ。」
天坂の祖母は、少し寂しそうにそう言った。
「なんで、この呪いが生まれたか知ってるかい?」
「いえ……………九尾祭りの始まりは知っていますが……。」
なんでも知ってそうな天坂の祖母の口ぶりは、言葉を続ける。
確かに、言われてみれば興味を持つ話だ。
未練のある霊を還すためにできたのが、九尾祭りだ。
「息子の思惑どおりさ…………」
「え?」
どういうことなのだろう。俺は表情を曇らせて天坂のお婆さんの目を向け直した。
「捧げたんじゃない、"捧げられた"のさ。」
「捧げられた……?」
確か祠で会ったおじさんの話によると、『自分の捧げる代わりに里を襲うのをやめて欲しい』
と九尾に伝えたという事を聞いた。
だが、"捧げられた"ということは知らなかった……。
「殺したも同然じゃないか」
憎しみが溢れてくる。山を管理していた息子に対してだ。
「そう、息子は全て巫女のせいにしたのさ。そして九尾は巫女を呪った。」
繋がった。繋がってしまった。
祠で会ったおじさんとの話が。
「過去に行く方法を教えて欲しいです。」
そして、意を決して思いを伝える。
「はぁ、やっぱりそう言われると思ったよ……。」
天坂の祖母は飽きれたようにため息と共に口にした。
「過去に行く方法なんて、知らないよ。」
俺の顔の血がひけていくのが分かる。
「そう………ですか、ありがとうございます。」
ここまで押しかけてしまったのだ。
感謝だけ言葉にしておかなければ。
「すまんね」
「いえ、押しかけてしまったのは自分なので。それに、まだ諦めてませんので。」
「そうかい、立派だねぇ、あんたは。」
天坂の祖母は、泣きながら褒めてくれた。
大丈夫。当てが、最後の当てがあるから。
「助けてやってね?あの子を、頼んだよ?」
そうお願いされては、断る理由もないし失敗する気なんかない。

ここに来るのは、"三回目だ"。
一回目はあいつらと。
二回目は一人で。
一回目は他に礼堂があるのか、と興味を持って出向いた。二回目は、気になったことがあって聞きに行った。
そして一つ、分かった事がある。
ある人物の気持ちだ。
その時、何を思って、どうしてそういう行動を起こしたのか、"ようやっと"分かったのだ。
きっと、気付いたのだろう。
気付いてしまったのだろう。
九尾の思いに。
実はそれで聞きたい事があって、また聞きに行ったのだ。
どうしても、気になってしまったのだ。
だけどその日は濁されただけで何も分からなかった。
でも、天坂の祖母に話を聞いてようやく伝わった。
そいつの思いが。
きっと、そいつは俺と似ている。
ただし俺よりは行動力があるみたいだ。
俺は不器用で、自分の気持ちを素直に伝えられなくて、こうなってしまったのだ。
だが、そいつは伝えたのだ。
「間違っている」と、そう伝えたのだ。
全て、知った上で文句を言いに行ったのだろう。
償わせたくて、文句を言いに行ったのだろう。
伝えたくて、文句を言いに行ったのだろう。
許したくて、文句を言いに行ったのだろう。
友達になりたくて、文句を言いに行ったのだろう。
 俺がタイムリープをした原因は恐らく、"その思い"の中にあるのだ。
ありがとう。ようやく分かったよ。
薄暗い一本道に入る。
そして、まだ諦めていないから、俺は走り続ける。
 そして次に、
「取り返しのつかないことをした」ということを伝えようとしたのだろう。
だが、それは叶わかった。
「間違っている」と言われて、
大事にしてきた詩野山を、共に過ごしてきた日々を、全て否定されて悔しかっただろう。
利用されて悔しかっただろう。
だけど、そこで終わらせるべきだったな。
憎しみに全てを任せるべきじゃなかったな。
「時間を司る力」は、「後悔の力」なのだろう。
だから、俺を助けようと力を貸してくれたのだろう。
まだ俺は諦めていない。
諦めてなんかいない。
伝えられてないことが、沢山あるから。
終わらてたまるか。
だから、もう一度、力を貸して欲しい。
だから「願いの祠」は懺悔する者達のために、償いのつもりで作ったんだろ?
あなたが力を貸してくれるのなら、
助けてくるよ。あんたの呪いを否定してやるよ。
償いのために、「タイムリープ」させて気付かせてくれたのなら、ありがとう。
本当に、ありがとう。
あんたが始めたことだ。
全部全部、あんたが始めた事だ。
だけど、だとしても。
成長させてくれたから。
大切な事に気付かせてくれたくれたから。
だからもう一度、力を貸してくれ。
"呪い"を否定した世界を見せてやるから。
……、もう一度選ばせてやるから。
「あんたは間違ってるよ………………!!!!」
こんな気持ちだったのだろう。
巫女の婚約者は。
息切れをしていてあまり大きな声を出せなかった。
だから、最後に、最後に大きな思いと願いを込めながら。
残酷な運命にした神様なんて。
勝手に運命つけた神様なんて。
「神様なんて…………………!!!!!!」
足を止めると、体に急な負担がかかった。
倒れそうだ。今すぐにでもぶっ倒れて休みたい。
でも、まだ………まだ…………………。
天井から差し込んだ光に照らされていた礼堂は、少し雪掛かっていた。
伝えに行くの遅く……なってしまったけど。
「クソくらえ!!!!!!!」
そう、大声で、張り裂けそうなくらい大声で。
言ってやった。
選ばせてやった。
待ってろ。朱里。
今行くから。


何よりも、美しい。



そう、思っていた。
打ち上がる花火は全て、白黒だった。
全て色がなかった。
昔の写真の中に入ってるような感覚だった。
人も、景色も、"私もいるその景色の"、私さえも。全て、全て目に映る全ての物が白黒だった。



その光は、すぐに終わってしまう。



そんな事なかった。
私は、あの日が終わってから、"私の人生が終わったこの日を"、繰り返している。
何度も何度も、再生している。
この白黒の世界で、私はみている。
そして、誰も私に気付かない。
時間は、何もせずとも勝手に動く。
そして、勝手に終わってゆく。
時間の流れとは、そういうものだ。
これが呪い。
これが私の、運命。



音がおいつくのが遅い、光が、消えてしまうのが早い。



そう思っていた。
だけど、もうなんの魅力も感じない。
白黒の花火なんて綺麗でもなんでもない。
ただ、ただ時間が過ぎていく。
そして私はまた。
こんなことなら。
なんて、何度思った事だろうか。
何度、伝えなければ良かったと思った事だろうか。
でも、伝えて良かったと思っている。
心残りはもうない。
この人達とはもう会えないんだ。
白黒の私の記憶が繰り返えされている中、何度も、何度も、まるで呪文のように、何度も思った。
約束の綻びは、既に千切れている。
いつまで、この光景をみればいいのだろう。
いつまで、この色のない世界に居ればいいのだろう。
体は、自由に動ける。
だが、"本体"と、離れ過ぎると景色がぼやけて戻ってしまう。
私はこの記憶の世界に、私が死んではまた戻ってきて。ずっと、ずっと取り残されている。



花火なんか嫌いだ。
大切な人と夏の記憶を、一瞬で奪いさってしまうから。大嫌いだ。こんな運命が。
まだ、色のない花火は打ち上がっている。
今、何の音が鳴っているのか、それさえも、分からなくなってきた。



自分がここにいる必要はあるのだろうか。
私の家系の巫女が、身を捧げたから罰として、「いない存在」にならないといけない。
それは分かっている。
関係のない事じゃない。
でも、血筋だから。そんな理由で私は伝えたい人に伝えるだけ伝えて「いない存在」になっている。
そんなの……………
いや、そんなどうしうもない事考えたって、もう仕方ない、か。



もう、どうでもいい、か。
体育座りをして白黒の世界を閉ざすように目を閉じた。もう、いいんだ。もう、いいや。
「見つけた。」
聞いた事のある声がした。
この白黒の世界にいる人は「いない存在」として私の存在を感知できない。筈だった。
明らかに私に干渉している。
私の存在を感じとって話しかけてくれてる。
そんなはずはない。そんな訳ない。
でも、そう思いたい。
「朱里。」
諷だ。
なんで、なんで。
涙が込み上げてくる。
溢れる涙をこらえないで、顔をあげる。涙がしょっぱい。
「諷ぁ…………」
やっぱり、諷だ。
私の目の前に、諷が居る。
ちゃんと、色のある、諷が居る。
大好きな、大好きな諷が居る。
「ずっと、探してた。ほんとにごめん。ちょっと遅れちゃった。」
思わず抱きつく。そして子供のように大きな声をあげて私は泣いた。
「そらあぁ……そらがいるよおぉ…………」
遅い。ほんとに辛かった。
でも、助けに来てくれた。
本当に、本当にヒーローみたいな人だ。
「俺、お前が…………朱里が居てくれたらさ、なんでも、できる気がするんだ。」
諷の存在を知っている。それが嬉しかった。
嬉しかった、ただひたすらに嬉しかった。
「ありがとう、ありがとおぁおぉお」
嬉しくて泣きじゃくった。
「ここまで来るのに、本当に大変だった。」
「付いてきて。」
諷は私の手を引いて走り出した。
色のない世界に、私を連れて駆け出した。
向かっている先は何となくわかる。
"本体"の場所だ。
諷の後ろ姿は、格好良くて、大人で。
でもちょっと不器用で。
そんな彼の世界を追うように、連れられた。
「諷、何するもつもりなの?」
聞くのが怖かった。諷が何をするのか怖かった。
でも、"こっちの世界"の私達は干渉できない。
それは証明されている。
諷も気付いているだろう。
あぁ、覚えている、この場面。
何度刻まれただろうか。
花火のラストスパート、この時私は諦めて…、
諷も間に合わなくて………、私は………。
胸が痛くなる。
「ごめん朱里。これしかなかった。それと……ありがとう。俺も、大好きだ。」
彼はそう言うと、道路に突っ立てる"本体"の私の元へ全力で駆け出して行った。
「待って!諷!」
呼び止めたが、意味は無い。
そもそも、諷が今からやろうとしている事は、現実世界に干渉できない以上、意味がないのだ。
車が本体の私の元へ走っていく。
「あかり!!!!」
後ろから"本体の諷"が現れる。
あぁ、また私は-―ー。
ドッ!
鈍い音を立てると、"本体の私"は突き飛ばされた。
「え?」
ギギギギギギギギギギ!!!!!
凄い轟音を立てて、車は進行方向を変えた。
「諷…………?」
現実世界に干渉できないはずじゃ………、
一瞬、何が起こったか分からず、パニックに陥った。
車にひかれたのは、諷だった。
「そらぁあぁあ!!!!」
彼の元へ、駆け寄っていく。

これしかなかった。
答えは一つだった。
たった一つだった。
九尾の呪いを否定するのは。
これしか、なかった。
"俺がいない存在になればいい"
その答えしか、なかった。
分かりきった単純な答えだ。
誰も救われない?いいや違う。
確かに俺達は救われなかった。
だが、この世界で助けられた"本体の朱里と俺"は、上手くいった。あいつなら、いや俺ならその後、ちゃんと伝えられただろう。
ハッピーエンドじゃなくたっていい。
バットエンドでいいから、俺はお前を助けたい。
それでいい。それだけでいい。
だから今まで、本当にほんとうにありがとう。
途端、怖かった。
でも、やらなければいけなかった。
九尾が、力を貸してくれるから。
大親友が、背中を押してくれたから。
勇気を、貰ったから。
「そら!そら!」
朱里が、俺を呼んでいる。
揺さぶっているのだろう。
だが体の感覚が無かった。
「あか……………り。」
声が思ったように出ない。
「そら!そらあ……!!」
「ごめん。」
「謝んないでよ」
天坂は泣きながら怒っていた。
「これしか………なかった。」
「バカ、諷がいなかったら、結局私がいる意味なんてないじゃん!」
「ほんとにごめん。」
「だから…………だから謝んないでよ。」
「もう、いいから。ありがとう、諷。」
「頑張ったね、諷。本当に、本当にお疲れ様。」
白黒の花火が鳴り止まない空の下で、本当はない世界の中で、朱里は褒めてくれた。
朱里には本当に申し訳ない事をしたと思っているけれど、それが嬉しくて、ようやっと認められて、ようやっと報われたんだななんて思った。
たまらなくなって、堪えていた涙を流す。
別れくらい、強く、そして優しくありたかった。
けれどそれも結局、叶わなかった。
結局、最後までありのままの不器用な俺だった。
朱里の前くらい、強くありたかった。
格好良く、見せたかったしそう終わりたかった。
だけどそれも結局叶わなかった。
今俺が見える景色は、泣きながらも無理して笑顔を作っている朱里と、白黒の花火が鳴り止まない色のない世界だった。
「空って………こんなに、こんなにも、広かったんだな。」
そう、今にでも消えそうな声で、そして最後の力を振り絞って朱里の左頬の涙をほろってやる。
「だけど、まだーーー」
その言葉は、最後まで出なかった。口にしようとしたその言葉は、最後まで出なかった。
消えてしまった。

「あかり!!!!」
ようやっと、ようやっとだ。
朱里が道路に立っていて、車が猛スピードで向かっていた。
「危ない!」、と思いながら俺も道路に飛び出す。
だが、車は朱里にぶつからず、変なように軌道を変えてガードレールに突っ込んで行った。
「あかり!!!!大丈夫か!!!!」
「え、う、うん。今、一瞬諷がいた気がーーー。」
「何言ってんだ?」

「ようやっと、観れたな、花火。」
「うん、綺麗だね。」
横木も、司も居なかったが、俺達は二人で花火を観ていた。
「ようやっと、お前を見つけれた。」
「うん。」
「ようやっと、伝えれる。」
「うん。」
適当に返しているのだろうか?なんだか気まずい。
今から伝えようとしている事は、自分には全く不向きで、加えて更に俺は不器用だ。
だけど、伝えるって、そう決めたから。


「朱里、」



花火の音が、聞こえる。



人々はその光に、魅せられていた。
      その炎のような光に。


息をするかを忘れていたかのように。



花火が応援しているかのように、花火は鳴り続けている。言うなら、今しかない。
本当に、本当に色々な事があったけど、



   「好きだ。」
君の全てが、全部が全部、愛おしく思える。
この夏は色々な感情をくれた。
初めての恋を、教えてくれた。
「うん。」
大きな快音と共に、天坂朱里は、泣きながら笑った。
俺はその笑顔を見て、何か既視感を感じた。
見た事のある笑顔のような気がした。
何か、大切な事のような気がした。忘れているような気がした。
だけどそんなことは今はどうでもいい。
ようやっと想いを伝えられたから。
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