親同士の決め事でしょう?

泉花ゆき

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馬車の音が遠ざかり、邸内に静寂が戻る。

居間に残されたのは、凍りついたような表情の侯爵夫妻。そしてソファでだらしなく身を沈めたままのアルフレッドだけだった。

「……汚らわしい」

夫人が扇で顔を半分隠し、嫌悪を露わに呟いた。開け放たれた窓から夜気が流れ込んでも、室内に沈殿した安酒の匂いと倦怠感は容易に消えそうもない。

泊まり掛けの公務にて疲れているところに、更にうんざりとするような光景を見せ付けられた二人は深い疲労の中にあった。

「うぅ……リリアーナぁ……」

侯爵は無言のまま、動こうとしない息子を見下ろした。アルフレッドは焦点の合わない目で、なおもリリアーナを待つかのような独り言を漏らしている。その姿は侯爵家の跡取りとしての矜持を完全に失っていた。

「運べ」

侯爵の短い命が下る。込められた響きは重たかった。

控えていた二人の使用人が近づくと、アルフレッドの脇を抱え上げる。

「あ……?なんだ、リリアーナが……来たのか……?」

アルフレッドは抵抗する力もなく、ただずるずると足を床に引きずりながら移動させられた。
……絨毯の敷かれた部屋を通り抜けて廊下を渡り、寝室の隣にあるドレッシングルームへと運び込まれる。

そこは床が冷たい大理石で覆われた、身支度のための空間だった。
通常では湯浴みなどが行われるような部屋だ。

入浴の用意もされてない部屋は湯気もなく、ただ無機質に冷たくこの屋敷の住人を迎え入れる。

ドサッ…

「んっ……ぐぁ……」

従僕たちは、アルフレッドを排水用の傾斜がある床の中央へ無造作に放り出した。アルフレッドは乱暴に扱われた上に冷たい石の感触に顔を歪める。

しかし頭は依然として夢見心地のまま、虚空を掴むように手を伸ばしているだけだ。

「……用意を」

侯爵の指示を受け、使用人が素早く動いた。数分と経たぬうちに、幾人かの従僕が大きな真鍮しんちゅう製のバケツを抱えて戻ってくる。

中には今しがた汲んできたばかりの井戸水がなみなみと湛えられている。水温は、指先が凍えるほどに冷たいものだ。

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