婚約者に浮気されたので、肩代わりしてた公務その他をお返しします

泉花ゆき

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「……怪我はないか、ヴィクトリア嬢」

耳元で落ち着いた声がした。どこか意識を浮かせていた私は、支えられていることに今更ながら意識をおいて姿勢を戻す。ジークフリート様は、私の体勢が整うのを確認してから手を離した。

「ええ……ありがとうございました。壁にぶつかるところです」

「不都合から逃れんとして女生徒へ体当たりしていくとは……随分と野蛮な生徒もいたものだ」

彼は冷ややかに廊下の方を見やった。

「今ならまだ、学園を出る前に捕らえられるだろう。どうする?」

ジークフリート様が私に問うた。あの逃げようであれば彼女の鞄の中には間違いなく、教科書を刻むのに使用した何らかがあるのでしょう。
そして、それは今を逃せばその道具も隠されてしまうことも分かる。

けれども私は首を横にふった。

「いいえ、今は結構」

私は床に散らばった羊皮紙の残骸を見下ろした。無惨に引き裂かれたそれは、ミナ嬢の浅はかな計画と殿下の愚かさの象徴のようにも感じられる。

「いいのか、証拠を押さえる好機だが」

「物理的な証拠がなくとも、今の逃走劇で十分です」

私は教室の生徒たちへちらりと目をやる。彼らの目にあるのは、私への同情……そして騒動を起こして逃げた二人への不信感だけだ。

……もちろん、それだけでない人々もいるようですけれど。

「ここでの目的は、私の潔白の証明でした。それは彼女があのような形で逃げ出したことで、達成されたようですから」

それは彼女にとっては皮肉な結果だった。私が微笑むと、ジークフリート様は得心がいったように頷く。

「なるほど。これ以上の追撃は、彼らに言い訳の時間を与えるだけか」

「ええ。それに……」

私は声を潜めた。

「もし今、鞄の中から何かが出てきてしまえば……この話もただのボヤで終わってしまうでしょう」

「ボヤ?」

「ミナ様はきっと、魔が差したとか……寂しかっただとか言って、泣いて謝るのでしょうね。そうすれば殿は彼女を許し、学園側も謝罪を盾にして軽い処分で済ませてしまうかもしれません」

男爵令嬢が教科書を破いた。それは確かに罪になる。けれども退学になるほどの重罪ではない。反省文と弁償で終わる可能性が高い。

「それでは足りませんから」

私は薄く微笑みを称える。

「彼らのしたことは、教科書を一冊破いた程度のことではありません。責務を放棄し、秩序を乱して……果ては人を陥れようとしています。……すべてを明らかにしてから、沈んでいって頂かなくては」



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