花火の夜、大型わんこは狼になる?

夕月

文字の大きさ
1 / 2

前編

しおりを挟む
 今夜開催される星祭りで、最後の打ち上げ花火を二人きりで見たら、幸せになれる――。
 最近SNSで話題になっている噂だ。
 それにあやかって個室デートプランなんかも人気だし、想い人に星祭りへの誘いをかける人も多い。
 すれ違った同僚たちが、今夜は誰と星祭りに行くのかと話しているのを聞きながら、梨香は抱えた書類の陰でため息をついた。
「いいなぁ」
 ちょっと僻みっぽい口調になってしまったのは仕方ない。一週間前に告白され、付き合った人に「なんか違う」という理由で振られたばかりなのだ。多分、二回目のデートでスプラッター映画を希望したのがよくなかった。
 だって、梨香の好きな映画でいいよって言ったのだ。多分彼は、その隣で公開されていた『ピュアで甘酸っぱい恋愛映画』を選ぶと思ったのだろう。
 そして梨香は、映画の後にあっさりと振られてしまった。優しそうな人だったし、今度こそうまくいくと期待していたのだけど。
 梨香は、服装の好みや外見から、大人しそうに見られがちだ。おしとやかで家庭的だと勘違いした男に告白されるも、中身を知られると漏れなく振られる。
 実際は家事全般が苦手だし、嫌なことは嫌だとはっきり言う方だ。
 可愛らしい服やメイクは好きだけど、内面とのギャップで勝手に失望されることが多いのだ。
 ともかく梨香は、今夜の星祭りに行く相手も、一緒に花火を見たい人もいない。
「どこにいるのかな、私の運命の人」
 つぶやいて、梨香は再び歩き始めた。

 デスクに戻ると、栄養ドリンクの瓶が一本置いてあった。梨香が残業時に気合を入れるためにいつも飲んでいるものだ。よく見ると、『今日中にデータ入力お願いします!』とメモが貼り付けられている。隣に積み上げられた書類は大量で、栄養ドリンク一本では割に合わない。
「ねぇ、白川くん。私の労働力を安く買い叩きすぎじゃない? ものすごい量なんだけど」
 低い声で向かいに座る男に声をかけると、彼はてへっと音が聞こえてきそうな表情で笑った。
「明日の会議で絶対必要なんですよう。俺、タイピング遅いし、もう梨香さんに頼るしかなくて。もちろん、お礼します! 駅前の立ち飲み屋、梨香さん好きでしょ」
「しょうがないな~」
 ため息をつきつつ、梨香はうなずいた。梨香のタイピングは部署一の速さと言われるほどだし、頼られるのは嫌いじゃない。それに、駅前の立ち飲み屋に連れて行ってくれるなら大歓迎だ。あの店のおでんは美味しい。
「おいおい、白川。お礼の食事が立ち飲み屋って、それはないだろう。森さんなら、イタリアンとかさぁ……」
 通りがかった上司がそんなことを言うのを笑ってかわし、梨香は席についた。
 梨香がイタリアンよりも立ち飲み屋の方が好きなことを、白川はよく分かってくれている。五つ下の後輩である彼とは、立ち飲み屋で偶然会って以来、時々一緒に飲みに行く仲なのだ。
 人懐っこい大型犬を彷彿とさせる白川には好感を抱いているものの、年が離れすぎていてさすがに恋愛対象にはならない。それでも、食の好みも映画の好みも合う彼と過ごす時間は好きだ。
 終業後を楽しみにしながら、梨香はパソコンに向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

これは王命です〜最期の願いなのです……抱いてください〜

涙乃(るの)
恋愛
これは王命です……抱いてください 「アベル様……これは王命です。触れるのも嫌かもしれませんが、最後の願いなのです……私を、抱いてください」 呪いの力を宿した瞳を持って生まれたサラは、王家管轄の施設で閉じ込められるように暮らしていた。 その瞳を見たものは、命を落とす。サラの乳母も母も、命を落としていた。 希望のもてない人生を送っていたサラに、唯一普通に接してくれる騎士アベル。 アベルに恋したサラは、死ぬ前の最期の願いとして、アベルと一夜を共にしたいと陛下に願いでる。 自分勝手な願いに罪悪感を抱くサラ。 そんなサラのことを複雑な心境で見つめるアベル。 アベルはサラの願いを聞き届けるが、サラには死刑宣告が…… 切ない→ハッピーエンドです ※大人版はムーンライトノベルズ様にも投稿しています 後日談追加しました

真実の愛の祝福

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
皇太子フェルナンドは自らの恋人を苛める婚約者ティアラリーゼに辟易していた。 だが彼と彼女は、女神より『真実の愛の祝福』を賜っていた。 それでも強硬に婚約解消を願った彼は……。 カクヨム、小説家になろうにも掲載。 筆者は体調不良なことも多く、コメントなどを受け取らない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。

貴方の側にずっと

麻実
恋愛
夫の不倫をきっかけに、妻は自分の気持ちと向き合うことになる。 本当に好きな人に逢えた時・・・

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

可愛らしい人

はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」 「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」 「それにあいつはひとりで生きていけるから」 女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。 けれど、 「エレナ嬢」 「なんでしょうか?」 「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」  その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。 「……いいえ」  当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。 「よければ僕と一緒に行きませんか?」

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

処理中です...