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 手首の拘束は解いてくれなかったけれど、晴翔は優しく奈緒を抱いてくれた。初めては痛いというのが奈緒の知る知識だったはずなのだが、痛みどころか快楽でぐずぐずに溶かされた。晴翔に乗せられて、あられもない言葉を口走ったりもした。言葉通り、天国に連れて行ってもらったかもしれない。

「奈緒さ、彼氏いないよな?」
 散々抱いておいて聞く言葉ではないと思うけれど、問われて奈緒はうなずいた。
「んじゃ、今日から俺が彼氏な」
「えっ」
 当然のように告げられた言葉に、奈緒は戸惑って言葉を失う。それを見て、晴翔は眉をひそめる。奈緒が断るなんて、夢にも思わないといったその表情。
「何、不満?」
「いやあの、菱川くんには私みたいなの釣り合わないっていうか、こんな身体から始まる関係なんて、ありえないっていうか……」
 奈緒の言葉に、晴翔は黙って起き上がり、ソファに座ると煙草を吸い始めた。機嫌を損ねたのかと奈緒は気にしつつ、身体を起こして晴翔をただ見つめる。

「俺さ、すっげぇモテるの。知ってるかもしれないけど」
 煙草を吸いながら、晴翔が奈緒の方を見る。奈緒は知っているという意味を込めてうなずく。
「毎日毎日声かけられて、正直ウンザリなんだよね。だから、奈緒が彼女になってよ。俺には奈緒がいるって分かれば、きっと声かけてくる奴もいなくなるだろうし」
「でも」
「それに身体の相性、すげぇ良かったじゃん。俺、女の子を縛ったりいじめたりするの好きなんだけどさ、やり過ぎると引かれるじゃん。でも、奈緒はそういうのも好きだろ?」
 さっきまでの痴態を指折り挙げられて、奈緒は真っ赤になった。

「初めてなのにあの乱れよう。才能あると思うよ、奈緒」
 晴翔は奈緒を見て、また妖艶な笑みを浮かべた。確かに晴翔にされるがまま、自分でも驚くほどに乱れた自覚はある。初体験から色々と濃い経験をしてしまい、今も思い出すだけでまた身体が疼きだす。それでも、そんな才能嬉しくはないけれど。晴翔は、奈緒の身体を気に入ったということだろうか。いつも美女とばかり寝ているから、たまには奈緒みたいな地味で普通な子と寝たくなったりするのかもしれない。

「ということで、これからよろしくな、奈緒」
「え?あ、菱川くん、でもっ」
「晴翔、な。彼女なんだからちゃんと名前で呼んで。大学のやつら、びっくりするだろうなー。俺と奈緒が付き合ってるって知ったら」
 楽しそうに笑いながら、晴翔は煙草をくゆらせる。
 奈緒は、曖昧な微笑みを浮かべた。
 きっと晴翔は、女除けとしての恋人が欲しかったのだろう。そこに奈緒という、性癖の一致する存在がちょうどよく現れた、ということだ。しばらく恋人の振りをしていれば、彼の方から奈緒に飽きて去っていくだろう。
 少しの間でも、こんな人の恋人として過ごせるなら、人生のいい思い出になるかもしれない。本当はセフレだったとしても。





 奈緒と晴翔が付き合い始めたことは、すぐに広まった。誰もが何故奈緒と?と怪訝な表情を浮かべるけれど、晴翔は優しい微笑みを浮かべて皆に説明する。
「講演会の日、電車で体調崩した俺を、奈緒が介抱して駅の医務室に連れて行ってくれたんだ。ずっと心配そうな顔して付き添ってくれて、その優しさに一気に恋に落ちたんだ」

 ありもしない事実も、晴翔が話せば本当のことのよう。
 皆は笑ってうなずきながらも、2人の関係が長続きしないことを分かっているだろう。

 奈緒は晴翔に相応しくない。不釣り合いだ。奈緒みたいに地味な女、今は物珍しさで付き合ってもらえているけど、すぐに飽きられる。

 全て奈緒が言われた言葉だ。自分でもその通りだと思っているから、傷つきもしないけれど。
 それでも晴翔は、大学内では優しく完璧な彼氏を演じている。奈緒と付き合っていることになってから、声をかけられることが減ったらしい。声をかけられないのは、すごく快適だと嬉しそうに言っていたから、奈緒の役目は果たせていると思う。


 火曜日の晩、晴翔は奈緒のバイト先に迎えに来る。そのまま晴翔の家に行き、奈緒は抱かれる。水曜日の午前中は、奈緒は講義がないことを知っているので、晴翔は奈緒を寝かせてくれない。
 明け方まで激しく抱かれたあと、奈緒は水曜日の午前中を体力の回復に努めながら過ごす。
 午後から大学に行って、また晴翔の恋人を演じ、仲の良さをまわりに見せつけるために、一緒に食事に行ったりもする。
 そして週末、奈緒のバイトが終わるとまた晴翔の家に連れて行かれ、抱かれる。
 火曜日の晩と週末。晴翔に抱かれるのはこの3日で、奈緒の身体にはそのスケジュールが刻み込まれている。週の半分ほどを晴翔の家で過ごすことになってしまっているのは申し訳ないけれど、一度奈緒が一人暮らしをしている古びたアパートを案内したら、こんなとこじゃできない、と言われてしまった。確かに華やかな晴翔には場違いな所だし、部屋も狭く壁も薄いから、奈緒としてもここで晴翔に抱かれるのは無理だと思う。自分の家に帰るたび、晴翔とはやはり住む世界が違うなと強く感じる。


 晴翔は外ではいつも、優しい。食事の代金だって、
「彼氏なんだから俺に払わせて?」と笑って奈緒に出させてくれない。もっとも、コンシェルジュのいるような高級マンションに一人暮らしができる晴翔にとって、奈緒の食事代なんて取るに足らないものなのかもしれない。
 だから、奈緒に差し出せるのはこの身体だけで。晴翔に求められたら、いつだって何だって応じようと決めている。
 ベッドでの晴翔は意地悪で、いつも奈緒の限界ギリギリを見極めたように責めてくる。縛られて、目隠しをされ、玩具を使われて。晴翔と別れた後、奈緒は普通のセックスで満足できるだろうかと時々不安になるけれど、いつだって晴翔の与える刹那的な快楽に溺れてしまう。
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