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 それは夏休み直前のことだった。
 学外で開かれる講演会の、2日のうちどちらかを受講して、レポートを提出するという課題が出た。
 バイトの都合上、奈緒は友人らとは予定が合わず、ひとり1日目に参加することにした。
 慣れない電車の乗り継ぎをして、たどり着いた駅のホームで、奈緒は晴翔の姿を見つけた。
 ただ立っているだけでも、まるでモデルのような晴翔をぼんやりと見つめていると、不意に目が合った。思わず反射的に会釈してしまい、奈緒は内心で後悔する。奈緒は晴翔のことを知っているけれど、あちらはきっと、奈緒のことなど知らないだろうから。
 そう思っていたのに、晴翔は驚いた表情を見せると小走りに奈緒の方までやってきた。

「岩倉さん、だよね?俺、同じ学科の菱川だけど、分かる?」
 自分の存在を認知されていたことに驚きつつも、奈緒は慌ててうなずく。
「菱川くんは、有名人だから」
「あー、まぁね。親の七光的なね。岩倉さんも今日の講演会行くんだよね。俺、場所とか時間書いたメモ忘れちゃってさ。岩倉さんに会えて良かった」
 そう言って爽やかに笑った晴翔は、奈緒の隣に並んで歩き始める。ただ歩いているだけなのに、すれ違う女の子たちが振り返って熱っぽい視線を送っている。隣を歩く奈緒にもその視線は投げかけられて(奈緒には、なんであんな地味な子が隣に?という訝しげな視線だ)、なんだか落ち着かない。
 だから、少し動揺していたのだろう。奈緒は思いっきり道に迷った。気がついた時には、講演会の開始時間ギリギリになっていて、奈緒は青ざめた。

「ご、ごめんなさい……」
「んー、全く正反対の方向に来ちゃったみたいだね。タクシー拾って行けば、ギリ間に合うかなぁ」
 地図アプリを見ながら、晴翔が首を傾げる。タクシー代を払うとなると正直財布に大打撃だけど、奈緒のせいで道に迷ったのだから、仕方ない。
「とりあえず、大通りに出てみよっか」
 晴翔がそう言った時、ポツリと雨の雫が落ちてきた。
「え、雨?」
 思わず2人同時につぶやいた途端に、叩きつけるような激しい雨が降ってきた。

「岩倉さん、こっち!」
 晴翔に腕を引かれて、奈緒は近くの店の軒先へと避難する。だけど、すでに全身びしょ濡れだ。
「ごめんなさい……、菱川くん。道に迷った上に、こんなこと」
「雨は仕方ないよ。でも、ずぶ濡れになっちゃったね。このままじゃ、どこにも行けないなぁ」
 小さくため息をついた晴翔は、そうだ、とつぶやいて奈緒の手を握った。突然の温もりに驚いて顔を上げると、晴翔はにっこりと奈緒に笑いかけた。

「雨宿りに、あそこ行こっか」
 指差した先は、昼間でも妙にキラキラとした建物。行ったことはないけれど、そこがどんな場所なのかは分かる。主に恋人たちが愛を交わす場所。
 どういう意味でそんなことを言い出したのか分からず、眉をひそめる奈緒を見て、晴翔はくすりと笑った。
「だって、こんなずぶ濡れじゃ電車にも乗れないし、タクシーだってさすがに迷惑でしょ。ホテルならクリーニングサービスとかあるからさ」
 そう言われたら、雨に濡れた責任は道に迷った奈緒にあるわけだし、晴翔に従うのが良いような気がする。
 黙ってうなずいた奈緒を見て、晴翔は雨の中に足を踏み出した。


 こういったホテルに来るのが初めてだった奈緒は戸惑うだけだったけれど、晴翔は慣れているようで、何やらパネルを操作すると、奈緒の手を引いてあっという間に入室する。

 押し問答の末、奈緒が先にシャワーを浴び、急いで部屋に戻ると晴翔もバスローブに着替えていた。
 おそろいのバスローブを身につけているという状況に、何だか親密な関係を想像してしまいそうで、思わず真っ赤になった奈緒を見て、晴翔はくすくすと笑う。
「そんな照れないでよ。俺もシャワー浴びてくるから、岩倉さんはソファでゆっくりしてて。何かルームサービス取ってもいいよ」
 そう言って晴翔が浴室に姿を消すのを確認して、奈緒は大きなため息をついた。ただでさえ女子校育ちで男性に慣れていないのに、何故こんなところまで来てしまったのだろう。晴翔の言う通り、ホテルに頼んで服を乾かしてもらうことはできるようなので、それは良かったと思うけれど。

 嫌でも目に入る大きなベッドが、どんな用途で使われるのかは、さすがに経験のない奈緒でも知っている。まぁきっと、女性に不自由しない晴翔が、奈緒をどうこうしようなんて思うはずもないけれど。
 気を取り直して、奈緒はソファに座るとテーブルの上のメニュー表を取った。晴翔もルームサービスを取ってもいいと言っていたし、雨に濡れて冷えたから温かいものが飲めるとありがたい。

「……っ!」
 メニュー表だと思っていたのに、開いた中身はいわゆる大人の玩具のページだった。色合いこそカラフルだけど、明らかに男性器を模したそれに、奈緒は思わず見入ってしまう。高校時代に悪ノリした勢いで観たAVで何度か見たことのあるそれと、今の状況を重ね合わせて、思わず奈緒の身体の内側がずくんと熱く疼くのを感じた。

「……いやいや、ないし」
 慌てて首を振り、奈緒はメニュー表を閉じるとテレビをつけた。
 瞬間、画面に映し出される裸の女性と、大きな音で響く悩ましげな喘ぎ声。
 パニックになってチャンネルを変えてみても、別の男女が絡み合う映像が映し出されるだけ。

「岩倉さん」
 うしろから耳元で囁かれて、奈緒はびくりと身体をこわばらせた。いつのまにか戻ってきた晴翔が、うしろから囲うように奈緒の身体を抱きしめる。
「大人しそうな顔して、岩倉さんって結構エッチ?」
「ち、違っ……」
 シャワーを浴びて体温が上がっているのか、触れ合った部分から晴翔の熱を感じて、奈緒の身体も熱くなる。

「玩具とか、拘束とか、岩倉さん、そういうのが好きなんだ?」
 ほら、と指差した先、画面の中では女性が拘束され、玩具を秘部に当てられて喘いでいる。
「ちがう……っ私、」
「嘘だね。だって奈緒、さっきも玩具の写真見て、モゾモゾしてたじゃん。もしかして、もう濡れてる?」
「……や、」
 晴翔の手がバスローブを割って、奈緒の肌に触れる。下半身に手が伸びるのを察知して、奈緒は必死に首を振った。

「私っ初めてだから……っ!処女は重いでしょ?だから、遊びなら他を当たってっ」
 身を守るように身体を縮こませて、奈緒は必死に叫ぶ。
 なのに、奈緒の身体は簡単に晴翔に抱え上げられる。降ろされた先はベッドで、奈緒は絶望の表情で晴翔を見上げた。見下ろす晴翔は、対照的に上機嫌だ。
「初めてとか、最高。奈緒を俺色に染められるってことだろ?」
「嫌……」
「怖がらなくても、痛いことはしないって。初めてでも絶対に気持ち良くしてあげる。あんな風に」
 笑いながら晴翔は振り返って、テレビを指差す。画面の中では、手をベッドの上に拘束された状態で、女性が男性にのしかかられている。気持ちいいと叫ぶ女性の表情は快楽に蕩けていて、奈緒はまた自分と女性を置き換えて想像してしまう。
「ほら、その表情。すげぇそそるんだけど」
 晴翔は妖艶に笑うと、バスローブの紐で奈緒の手首を縛った。画面の中の女性と同じようにベッドの端に手首ごと固定されて、奈緒の身体の奥は確かに疼いていた。

「……ね、やっぱり濡れてる」
 下着ごしに触れられたその場所は、雨のせいではなく濡れていて、それを確認した晴翔は楽しそうに笑う。
 羞恥に泣き出しそうな奈緒の頬を撫でて、晴翔は優しい微笑みを浮かべた。
「大丈夫。天国に連れて行ってあげるよ」
 そう言って晴翔も、バスローブを脱いだ。
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