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4 ハロウィンの晩に
しおりを挟む翌朝、寝不足のままキッチンへ向かったシャルは、リアンの姿を見つけて足を止めた。
テーブルの上には、すでに2人分の朝食が用意されている。
「おはよう、シャル」
微笑んだリアンの顔色は悪く、恐らく彼も眠れなかったのだろう。逃げ出してしまったことで、リアンを傷つけてしまったのかもしれない。
「……おはよう」
小さな声でそう言って、シャルはテーブルにつく。リアンの顔を見ると昨夜のことを思い出してしまい、顔を上げられない。それに、逃げ出したことに対する罪悪感も少し。
「シャル」
黙って食事をしていると、ふいにリアンがシャルを呼んだ。思わずびくりと反応してしまい、それを見たリアンが悲しげに微笑んだ。
「そんなに怯えないで」
リアンは小さくため息をつくと、温かいお茶を淹れ始めた。
「昨日のことは、ごめん」
お茶の入ったカップをシャルの前に置いて、リアンがつぶやく。
どう反応すればいいのか分からず、シャルは黙ってカップに手を伸ばす。
「ずっとシャルのことが好きだったんだ。成人したら、結婚を申し込もうと思ってた。昨日は本当に嬉しくて、楽しくて、つい……あんなことを」
リアンの言葉に、シャルはカップを握る手に力を込める。想いを告げられたことは、昨日の行動を考えれば驚くことではない。だけど、シャルには戸惑いの気持ちが強い。
「どうして……、いつ、から」
ぽつりと漏れた言葉に、リアンは困ったように笑った。
「シャルに出会った時からずっとだよ。僕を助けてくれて、何も聞かずに育ててくれて。最初は僕も、母親を慕う気持ちなのかなと思ったけど、違うんだ。僕は、シャルの全てが欲しい。シャルのことを抱きたいと思うし、これから先のシャルの未来は、僕だけ見て生きてほしいと思う」
さらりと告げられた内容に、シャルは固まった。結構すごいことを言われた気がする。
その反応を見て、リアンはまた笑う。
「きっとシャルは、僕のことは子供か弟としか見ていなかっただろ。でも、僕はシャルの子供でもなければ、弟でもない。……だから、僕のことをちゃんと1人の男として見て」
リアンにまっすぐに見つめられて、シャルはこくりと息をのんだ。
「でも、そんな、」
「うん、急にそんなこと言われてもって思うよね。だから、少しずつでいいから。僕の気持ちは変わらないから、シャルも僕のことを見てくれたら嬉しいな」
戸惑うシャルの気持ちに理解を示して、リアンは笑う。
「さてと、掃除しなきゃ。洗い物はお願いしていい?」
明るい声でそう言って、リアンは立ち上がる。普段通りに振る舞う、というアピールなのだろう。
食後の洗い物は、食事を作っていない方がするのが2人で決めたルールなので、シャルは黙ってうなずいた。
部屋を出て行ったリアンを見送り、シャルは大きなため息をついた。
ばくばくと、すごい音をたてる心臓と、触らなくても熱いと分かる頬。
普段通りに振る舞える自信がない。
かと言って、リアンの気持ちに応えられるかというと、分からないのだけど。
◇◆◇
普段通りに振る舞える自信などないと思っていたけれど、リアンが何事もなかったかのように接してくれるおかげで、シャルもなんとか日々を過ごしていた。
それでも、仕事部屋に籠る時間はどうしても増えてしまったけれど。
カーラの薬屋に納品するための回復薬を調合していると、部屋の隅に置いた水晶玉が淡く光った。
作業を中断して水晶玉をのぞきこむと、そこに映っていたのは友人の魔女、メリッサだった。
『相変わらず森に引きこもってるの?シャル』
開口一番そんなことを言ってくるメリッサだが、長い付き合いなのでシャルは笑ってそれを受け流す。
「久しぶりね、メリッサ。どうしたの?」
『ほら、もうすぐハロウィンじゃない?だから、久しぶりに魔女会をしようと思って』
そう言われてシャルもうなずく。年に数回、シャルは年の近い魔女仲間と会って、食事をしたり泊まりがけで近況報告をしたりする。だんだんと結婚する魔女が増えてきて、このところ参加者は減少の一途をたどっているけれど。
メリッサの言う通り、月末はハロウィンだ。かつては全国から魔女が山奥に集まって大鍋に作ったカボチャのスープを飲みながら一年の抱負を語ったりしていたらしいけど、今時そんなことをする魔女はいない。この時期の山奥は寒いし。
今は大きなカボチャで家や街を飾りつけ、人々がお菓子を交換するイベントとして盛り上がっているようだ。シャルも玄関先に、大きなカボチャをくり抜いて作ったランタンを飾っているし、リカルドとアリアに渡すお菓子を準備している。もちろん、リアンにはチョコも。
『最近は、ハロウィンには皆、仮装をするんですって。楽しそうでしょ。だからわたしたちも、仮装をして集まらない?』
「いいけど、仮装に使えそうな服なんて持ってないわよ」
メリッサの言葉に、シャルは自分のクロゼットの中身を思い浮かべて首をかしげる。
魔女としての仕事着は、ある意味魔女の仮装として使えるかもしれないけれど、シャルが着たって仮装にはならない。
『大丈夫!皆でお揃いで着ようと思って、もう頼んでおいたわ。近日中に、フクロウ便で届くと思うから、当日はそれ着て集合ね!』
おしゃれなメリッサが選ぶ衣装なら、変なものではないだろう。シャルは笑顔でうなずいた。
当日の待ち合わせ場所などを決めたあと、メリッサは身を乗り出すような仕草をした。
『ねぇ、カーラに聞いたんだけど、シャル、媚薬を作ったんだって?』
「カーラってば、黙っててって言ったのに」
『わたしも近いうちに挑戦しようと思ってるの。もし良かったら、シャルの媚薬を見せてくれない?』
新しい魔法薬を作る時は、お手本があれば調合の成功率は上がる。魔女仲間でそうした助け合いは、よくあることだ。
先日作った媚薬は、シャルも手元に少しだけ残してある。調合の苦労話をすれば、きっと皆も共感してくれるだろう。
「分かった。じゃあハロウィンの魔女会の時に持っていくわ」
『助かる!媚薬は高く売れるから、作れるようになりたいのよね。シャルの作った媚薬で研究したら、成功率アップ間違いなしよ』
「でも、死ぬほど調合が面倒だったわよ。私は二度と作りたくないわ」
『えぇっ、シャルにそこまで言わせるなんて。でもそんなシャルが作った媚薬、ますます興味が湧いてきたわ。絶対に忘れず持ってきてね!』
手を振って、メリッサの姿が水晶玉から消える。シャルは水晶玉を軽く布で拭うと、調合作業を再開した。
◇◆◇
ハロウィン当日、リアンは朝から少し不機嫌だった。
「ねぇ、そんな顔しないでよ。明日の朝には帰ってくるってば」
「だって、シャルと離れ離れだなんて。シャルが魔女会を楽しみにしてるのは分かってるけど……分かってるけどさ」
しゅんと萎れた耳や尻尾が見えるようだ。拗ねたように唇を尖らせる表情も、シャルの罪悪感を加速させる。
「お土産買ってくるから。ね?」
なだめるように顔をのぞきこむと、リアンはぷいと横を向いた。
「……チョコがいい」
小さな声でつぶやくリアンに、シャルは笑って頭を撫でた。
夕方、シャルはメリッサからフクロウ便で届いたワンピースに着替えた。
黒を基調としたワンピースは、どうやら魔女をモチーフにしているらしい。可愛らしいデザインだけど、幾重にも重ねられたフリルがふわりと広がるスカートは丈が短いし、ビスチェタイプのトップス部分は肩が丸出しになっていて、随分と露出度が高い。
最近の魔女はかぶらないものの、大きなリボンのついた三角帽子も付属してきた。
メリッサ曰く、ハロウィンの仮装は露出度が高いのが基本なのだそうだ。魔女がわざわざ魔女の仮装をするのは、変な気分だけど。
デザインはとても気に入ったけれど、さすがに露出の多さになんだか心許なくて、シャルは外を歩く時はショールを羽織ることにする。
ビーズでできた小さなバッグに最低限の荷物を詰めて、最後に薬品棚から媚薬の小瓶を取り出すと、割れないように丁寧にしまいこんだ。
「シャル」
うしろから突然声をかけられて、シャルはびくりと飛び上がった。
「びっくりしたぁ。急に声をかけないでよ」
文句を言いながら振り返ると、すぐそばにリアンがいた。リアンはそのまま腕を伸ばして調合台に手をつき、シャルを囲うように閉じ込めた。
「……リアン?」
吐息がかかりそうな距離感に、シャルの鼓動が速くなる。リアンに想いを告げられたあの日以来、意識して近寄らないようにしていたのに。
「ねぇ、シャル。今日って本当に魔女会?メリッサたちに会うの?」
「何言ってるの、前からそう言ってるじゃない。ねぇ、退いて」
リアンの胸を押してみても、閉じ込める身体はびくともしない。
「そんな恰好で?僕、シャルがそんな短いスカートなの、初めて見るんだけど。それに、そんなに肌を出して」
そう言いながらリアンがシャルの剥き出しの肩を撫でるから、シャルは小さく息をのんだ。
「……っ何、この年でこんな恰好痛いって言いたいの?ハロウィンの仮装は、誰だってこのくらい、」
「ノルドに会うんじゃないの?」
「は?」
低い声でそう言われて、シャルは思わず間抜けな声をあげてしまう。
リアンは真剣な表情で、シャルを見つめている。
「だってシャル、この前王都に行った日、ちょっと様子がおかしかった。チョコレートショップの前で、ノルドに会ったよね。あの時、話したの?」
「え、ちょっと待って。なんでノルドのこと知ってるの?」
「前にカーラに聞いた」
「くっ……おしゃべりめ」
頼れる師匠ではあるのだが、時折口が軽いのが玉に瑕だ。小さく舌打ちをしたシャルの頬に触れて、リアンはそっと顔をのぞきこむ。
「ねぇ、ノルドに会うの?」
「違うってば!ノルドのことなんて、もう忘れてたし、今日は本当に魔女会なんだってば」
まさかノルドの名前が出てくるとは思わなかったけれど、そろそろ出発しないと約束の時間に間に合わなくなってしまう。遅刻者は一杯奢るのがルールだから、遅刻は避けたい。
焦るシャルをよそに、リアンの腕は揺るがない。調合台に手をついているので、リアンの顔はいつもより近い場所にある。リアンは、あざとい仕草で首をかしげた。
「シャル、行かないで」
「リアン」
「お願い、置いてかないで」
「う、そんな上目遣いは反則……」
うるうるとした目で見上げるように見つめられると、シャルは弱い。
だけど、今日は楽しみにしていた魔女会だ。たまの気晴らしは、シャルにだって必要だ。
「だめ。もう約束しちゃったもの。明日の朝には戻るし、お土産のチョコも買ってくるって言ったでしょ?」
あやすように頭を撫でると、リアンは気持ちよさそうに目を細めた。
よし、これで大丈夫と思った瞬間、リアンはにっこりと笑ってシャルのバッグに手を伸ばした。そして、中から媚薬の小瓶を取り出すと、シャルの目の前に突きつける。
「ねぇ、シャル。これ、媚薬だよね。こんなもの持って行って、誰と何をするつもり?ハロウィンの晩は、そういう火遊びも許されるの?」
「違、これはメリッサに見せてって頼まれて!もう、返して!」
慌てて手を伸ばすけれど、リアンは小瓶を持った手を高く挙げてしまった。
思わず抱きつくような体勢になっていることにも気づかず、シャルはリアンの持つ小瓶に手を伸ばす。身長差があって、シャルが背伸びをしても届かないけれど。
リアンは片手でシャルをいなしながら、小瓶の蓋を開けた。瞬間、ふわりと甘い香りが漂う。
蓋から指先に零れ落ちた雫を、リアンはぺろりと舐めた。
「あ!舐めた!?」
思わぬ行動に、シャルは目を見開く。
リアンは昏い表情でシャルを見つめた。そして、蓋を開けた小瓶に口をつける。
「……そんな服着て、媚薬なんか持って」
「え、嘘、待って!?」
シャルが悲鳴をあげるのと同時に、リアンは小瓶の中身を一気に飲み干した。
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