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第4章 呉の進出
44 燕の思惑
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燕の国は東大陸の北に広がる大樹の森の奥に位置している。
その燕の中心、森と共存するようにそびえる城の一室で、私は木蝋に淡く照らされた長机で書類を読み終えた所だった。
一段落したので寝酒をと思い、木苺酒の入った木製のコップを手に取った時、ふと部屋の隅から気配を感じた。
「いつからそこにいた?」
「フェイサル卿、今宜しいですか?」
隠者は質問には答えなかった。
だが、だいたい分かってはいる。大方、何十分も前から部屋で待機をしており、私が手を止めたところを見計らって気配を発したのであろう。だから今のは質問の答えが欲しかった訳では無く、プライベートな空間を知らない内に侵されていた事に対する愚痴のようなものだ。
「良い」
「恐れ入ります。呉が南の遊牧民族との抗争を終え、呉に有利な条件で調停致しました」
「……やはり呉が勝ったか。しかし予想よりも早いな。呉は消耗はしたか?」
「思ったほどの消耗は見られません」
「それはおかしいな。呉は騎馬民族の勇猛な武将に手を焼いていたはず。確か名を……」
「その武将の名は烈、と申します。烈は騎馬民族を裏切り、呉の将となりました」
成程。それで予想よりも早かったのか。
しかし、騎馬民族の裏切り者を自国の将に据えるとはな。烈という者が武勇に優れているとは言え、得体の知れぬ者を内に入れるとは、呉もそうとう焦っているらしい。まあ、呉が焦る理由については、燕も他人事では無いが。
「報告ご苦労だった。引き続き呉の動向を探れ」
「はっ」
室内から隠者の気配が消える。既に呉に向かって発ったのであろう。
(さて、どうしたものか)
先ほどの報告によれば、呉は特に消耗をすることなく、騎馬民族との抗争を終えている。となれば、直ぐにでも東大陸統一に乗り出すだろう。
燕は現在中立の立場である為、先に攻められるのは東となるが、燕に矛先が向くのも時間の問題だ。
(東はどう出るか。このまま呉と戦うか、あるいは――燕と同盟を結ぼうとするか)
同盟を持ち掛けられたらどうするか。
燕は200年以上中立の立場を守ってきた。それを今、崩す事になる。
「賭けになるな。……だが、今が時か」
東が同盟を求めて来たら、快く引き受けよう。そして東が呉を下したその時、油断をした東を背後から突く。呉が勝つことも有ろうが、その時は消耗した呉を温存した兵士で打ち破るだけだ。
何時までも劣等民族どもにこの肥沃の地、東大陸を蹂躙させる訳にはいかない。――我が民族がノーソルト大陸から渡ってきた時からの悲願、東大陸統一を我が代にて成すのだ。
私は再びコップに手を伸ばすと、中身を口に含んだ。
木苺の熟した良い香りが鼻孔に広がる。どうやら、今年の酒はいい出来のようである。
その燕の中心、森と共存するようにそびえる城の一室で、私は木蝋に淡く照らされた長机で書類を読み終えた所だった。
一段落したので寝酒をと思い、木苺酒の入った木製のコップを手に取った時、ふと部屋の隅から気配を感じた。
「いつからそこにいた?」
「フェイサル卿、今宜しいですか?」
隠者は質問には答えなかった。
だが、だいたい分かってはいる。大方、何十分も前から部屋で待機をしており、私が手を止めたところを見計らって気配を発したのであろう。だから今のは質問の答えが欲しかった訳では無く、プライベートな空間を知らない内に侵されていた事に対する愚痴のようなものだ。
「良い」
「恐れ入ります。呉が南の遊牧民族との抗争を終え、呉に有利な条件で調停致しました」
「……やはり呉が勝ったか。しかし予想よりも早いな。呉は消耗はしたか?」
「思ったほどの消耗は見られません」
「それはおかしいな。呉は騎馬民族の勇猛な武将に手を焼いていたはず。確か名を……」
「その武将の名は烈、と申します。烈は騎馬民族を裏切り、呉の将となりました」
成程。それで予想よりも早かったのか。
しかし、騎馬民族の裏切り者を自国の将に据えるとはな。烈という者が武勇に優れているとは言え、得体の知れぬ者を内に入れるとは、呉もそうとう焦っているらしい。まあ、呉が焦る理由については、燕も他人事では無いが。
「報告ご苦労だった。引き続き呉の動向を探れ」
「はっ」
室内から隠者の気配が消える。既に呉に向かって発ったのであろう。
(さて、どうしたものか)
先ほどの報告によれば、呉は特に消耗をすることなく、騎馬民族との抗争を終えている。となれば、直ぐにでも東大陸統一に乗り出すだろう。
燕は現在中立の立場である為、先に攻められるのは東となるが、燕に矛先が向くのも時間の問題だ。
(東はどう出るか。このまま呉と戦うか、あるいは――燕と同盟を結ぼうとするか)
同盟を持ち掛けられたらどうするか。
燕は200年以上中立の立場を守ってきた。それを今、崩す事になる。
「賭けになるな。……だが、今が時か」
東が同盟を求めて来たら、快く引き受けよう。そして東が呉を下したその時、油断をした東を背後から突く。呉が勝つことも有ろうが、その時は消耗した呉を温存した兵士で打ち破るだけだ。
何時までも劣等民族どもにこの肥沃の地、東大陸を蹂躙させる訳にはいかない。――我が民族がノーソルト大陸から渡ってきた時からの悲願、東大陸統一を我が代にて成すのだ。
私は再びコップに手を伸ばすと、中身を口に含んだ。
木苺の熟した良い香りが鼻孔に広がる。どうやら、今年の酒はいい出来のようである。
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