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悩める護衛騎士の事情(sideジェスト)
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馬車を降りて行ったグレース嬢の背中を呆然と見送りながら、今ほど彼女が残した台詞にひどく打ちのめされていた。
(やはり彼女は、アレン殿下を好いているのだ———)
メリンダ嬢との確執で傷ついた状態で、それでも“アレン殿下のために小説を完結させる”と顔を上げた。そして今、こちらを振り向くこともせず、小説を仕上げるためにエイムズ家に戻っていった。
馬車を再び走らせながら、座面に置いた上着を取り上げる。濡れた彼女の肩にかけようとしたものの、きっぱりと断られた。
(……ははっ、当たり前だろう。他に好きな男がいるのに、それ以外の、偽の婚約で縛られたにすぎない相手になど、触れられたくないに決まっている)
以前も撫でようとして逃げられたことを思い出せば、同じことの繰り返しではないかと自己嫌悪に陥る。
そのまま馬車に揺られて到着したのはアレン殿下の離宮だった。
「ダミアン殿下の誕生日パーティですが、私とグレース嬢は欠席させてください」
「待て待て。そんなわけにはいかないだろう。というか、いったい何があった」
水色の髪に甘い顔立ちの殿下は仕事の手を止めてこちらに向き直った。顔立ちとは違ってその視線には一切の甘さがないことに気づいているのは、ごく近しい人間だけだ。
私は今し方あった出来事を話した。グレース嬢がメリンダ嬢に呼び出され、あわや怪我をさせられそうになったこと。ダミアン殿下の誕生日パーティで彼女の社交界デビューをと考えていたが、メリンダ嬢が来ていることがわかっている場に、昨日の今日で彼女を連れ出すのは憚られること。
パーティで起きると予想されるその後の展開については触れなかったが、グレース嬢がアレン殿下を好きなら、決して見たいと思える光景ではないはずだ。それもあって、彼女を現場に居させたくなかった。
「話はわかった。だが、聞けない願いだな。パーティには君もグレース嬢も同席してもらう。それは私だけでなくカトリーナの願いでもある」
「しかし……っ」
「ナツ・ヨシカワの新聞小説を下地にしたダミアンへの仕込みはすでに終わっているんだ。今更後には引けない」
「それは……わかっていますが」
「逆らうなら命令にするよ、ジェスト」
そこまで言われれば自身は否と言えない。それでもグレース嬢のことが気になってしまい、言い訳のように続けた。
「……グレース嬢は社交界デビューすることを嫌がっているかもしれません。もともとできるだけデビューを引き伸ばしたいと言っていましたし」
「グレース嬢が行きたがらないことを理由にして、君自身が彼女を誘うのを躊躇しているんじゃないのか? だったら余計に聞けない話だ。婚約者の社交界デビューに君が同席しないでどうする。それに———カトリーナだって相当の覚悟を持って臨もうととしているんだ。幼馴染の勇姿を見届けてやりたいだろう。それとも従姉妹姫ひとりに戦わせる気か?」
この仕掛けをしたのは自分とアレン殿下だ。カトリーナは消極的だったし、グレース嬢は完全に巻き込まれただけの話。その責任をとるという意味で、確かに自分はその場にいなければならなかった。
(俺のことはまだいい。だがこれ以上グレース嬢が傷つくのなら……。あぁ、くそっ。俺はただ、彼女のことを守りたいだけなのに)
強く握りしめた手にはめているのは、あの日彼女が自分のために選んでくれた手袋。騎士として守りたいものすら守れない己が身につけていいものとは思えず、かといって手放すこともできない。
やりきれない思いのまま、アレン殿下の御前を去るしかなかった。
(やはり彼女は、アレン殿下を好いているのだ———)
メリンダ嬢との確執で傷ついた状態で、それでも“アレン殿下のために小説を完結させる”と顔を上げた。そして今、こちらを振り向くこともせず、小説を仕上げるためにエイムズ家に戻っていった。
馬車を再び走らせながら、座面に置いた上着を取り上げる。濡れた彼女の肩にかけようとしたものの、きっぱりと断られた。
(……ははっ、当たり前だろう。他に好きな男がいるのに、それ以外の、偽の婚約で縛られたにすぎない相手になど、触れられたくないに決まっている)
以前も撫でようとして逃げられたことを思い出せば、同じことの繰り返しではないかと自己嫌悪に陥る。
そのまま馬車に揺られて到着したのはアレン殿下の離宮だった。
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「待て待て。そんなわけにはいかないだろう。というか、いったい何があった」
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私は今し方あった出来事を話した。グレース嬢がメリンダ嬢に呼び出され、あわや怪我をさせられそうになったこと。ダミアン殿下の誕生日パーティで彼女の社交界デビューをと考えていたが、メリンダ嬢が来ていることがわかっている場に、昨日の今日で彼女を連れ出すのは憚られること。
パーティで起きると予想されるその後の展開については触れなかったが、グレース嬢がアレン殿下を好きなら、決して見たいと思える光景ではないはずだ。それもあって、彼女を現場に居させたくなかった。
「話はわかった。だが、聞けない願いだな。パーティには君もグレース嬢も同席してもらう。それは私だけでなくカトリーナの願いでもある」
「しかし……っ」
「ナツ・ヨシカワの新聞小説を下地にしたダミアンへの仕込みはすでに終わっているんだ。今更後には引けない」
「それは……わかっていますが」
「逆らうなら命令にするよ、ジェスト」
そこまで言われれば自身は否と言えない。それでもグレース嬢のことが気になってしまい、言い訳のように続けた。
「……グレース嬢は社交界デビューすることを嫌がっているかもしれません。もともとできるだけデビューを引き伸ばしたいと言っていましたし」
「グレース嬢が行きたがらないことを理由にして、君自身が彼女を誘うのを躊躇しているんじゃないのか? だったら余計に聞けない話だ。婚約者の社交界デビューに君が同席しないでどうする。それに———カトリーナだって相当の覚悟を持って臨もうととしているんだ。幼馴染の勇姿を見届けてやりたいだろう。それとも従姉妹姫ひとりに戦わせる気か?」
この仕掛けをしたのは自分とアレン殿下だ。カトリーナは消極的だったし、グレース嬢は完全に巻き込まれただけの話。その責任をとるという意味で、確かに自分はその場にいなければならなかった。
(俺のことはまだいい。だがこれ以上グレース嬢が傷つくのなら……。あぁ、くそっ。俺はただ、彼女のことを守りたいだけなのに)
強く握りしめた手にはめているのは、あの日彼女が自分のために選んでくれた手袋。騎士として守りたいものすら守れない己が身につけていいものとは思えず、かといって手放すこともできない。
やりきれない思いのまま、アレン殿下の御前を去るしかなかった。
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