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涙天の霹靂
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時は流れ、今日はダミアン王太子の18歳の誕生日パーティの日だ。
ジェスト様と気まずい別れ方をして以降、執筆に集中したいからと言い訳し、私はエイムズ家に引きこもっていた。締め切りが終わった後も、淑女教育の総仕上げを講師の先生にお願いして、みっちりスケジュールを詰めてもらった。再三あったジェスト様からの面会要請も、それを理由に断り続けた。
このまま逃げ続ければ社交界デビューの話もなし崩しになるのではと期待したのだけど、新聞連載終了と同時にアレン殿下からお礼と称した扇の贈り物を頂いてしまった。「社交界デビューでぜひ身につけてほしい(=絶対来いや)」とメッセージまで添えられれば、弱小田舎貴族として断れるはずもない。不敬罪怖い。
注文していたドレスは、それはそれは見事に仕上がっていた。エイムズ家のメイドさんたちが総出で私の準備をしてくれる。ちなみにカトリーナ様は王宮で身支度されるとのことで、すでに出立されている。
実家の家族たちとは王宮で現地集合することになっていた。私のために両親が整えてくれたアクセサリーも届いており、その中身たるや……ひたすら重い。耳と頭が重い。そして首が凝る。え、本物のエメラルド? 曲がりなりにも伯爵令嬢なんだからこれくらい当たり前だって? お父様もお母様も残念腐女子のために頑張りすぎじゃないだろうか。
そして馬子にも衣装感満載の私を迎えに来てくれたのはもちろんジェスト様だった。今日も変わらずの黒基調の衣装だが、光沢のあるテールコートに、銀糸で刺繍がされた華やかなベストがいつもの簡素な騎士服以上にとても優美だった。
そして彼の胸元にはグリーンのタイが結ばれていた。私の瞳の色より少しだけ鮮やかで、今日のエメラルドとも合う。格好だけ見れば婚約者と名乗るのも不自然ではない色合い。
(グレース、ダメよ、勘違いしちゃ。これは偽装婚約よ。タイの色を合わせるくらいの仕込み、彼が用意しないわけがないじゃない)
その証拠に簡単な挨拶は交わしたものの、それ以外の言葉は何もかけてはもらえないまま、私たちは王宮行きの馬車に乗り込んだ。私もまた彼の装いを誉めていないのだからお互い様ではあるけれど。
それでも、けっこう頑張ったと思うのだ。主にドレスショップのデザイナーさんとエイムズ家のメイドさんたちとうちの両親が、だけれども。着せられただけの私が言うのもなんだが、一言くらい、誉めてくれてもいいではないか。美しさを讃える言葉を捧げたい相手はカトリーナ様かもしれないけど、私だって頑張ったのだ。
むくむくと湧いてくるそんな思いを押し込めるように首を振ると、耳元のイヤリングが一緒に揺れた。これが現実だ。どれだけ素敵なドレスを身に纏っても、どれだけ時間をかけて準備しても、どれだけ高価な宝石で飾っても、私の好きな人の目線はほら、窓の外を向いている。赤い瞳が何を映しているのか、まったく見えない。
頑張れ私、メイドさんたちが総出で特殊メイクばりの顔に作り替えてくれたのだ。私ごときの涙で台無しにするわけにはいかない。唇をほんの少し噛み締めるだけで耐え抜いた。
無言のままの馬車が王宮に到着した。扉が開かれる寸前、ようやくジェスト様が口を開いた。
「その、グレース嬢。どうしても出席したくないなら、このまま引き返す方法もあるぞ。君は社交界デビューには消極的だったし……」
「いいえ、ここまで来たら腹を括りました。それに私の小説がどんな結末を見せるのか、この目で確かめたいのです」
持っていた扇を胸元で握り込めば、ジェスト様はそれ以上何も言わなくなった。先に馬車を降り、私へと手を差し出す。
いよいよ舞踏会の幕が上がる———。
新聞小説は大団円を迎えていた。ヒーローであるダダン殿下は自身の誕生日パーティで婚約者であるキャサリンに婚約破棄を言い渡して断罪。その傍には男爵家の養女となったヒロインちゃんの姿。キャサリンが繰り返した嫌がらせの数々に加えて、公爵令嬢でありながらならず者と通じ、ヒロインちゃんを襲わせる計画まで立てたことが明るみとなり、その場で衛兵にひっ捕えられる悪役令嬢。彼女を庇う者はおらず、皆が真実の愛を実らせたダダン殿下とヒロインちゃんを祝福し、2人は手に手をとってダンスを踊り愛を確かめ合うという感動のフィナーレだ。
だがこれはあくまで小説の話。現実問題としてダミアン王太子は本当に婚約破棄に踏み切るものなのか。アレン殿下は仕込みは十分とほくそ笑んでいたようだけど、出来が悪いと言っても王族、そんなこと簡単にするはずが……。
「カトリーナ・エイムズ公爵令嬢! 貴様との婚約をこの場で破棄し、私はここにいる真実の愛で結ばれたヒロイン、カナリア・ベルカ男爵令嬢と結婚する!!」
……しちゃったよ、おい。
ジェスト様と気まずい別れ方をして以降、執筆に集中したいからと言い訳し、私はエイムズ家に引きこもっていた。締め切りが終わった後も、淑女教育の総仕上げを講師の先生にお願いして、みっちりスケジュールを詰めてもらった。再三あったジェスト様からの面会要請も、それを理由に断り続けた。
このまま逃げ続ければ社交界デビューの話もなし崩しになるのではと期待したのだけど、新聞連載終了と同時にアレン殿下からお礼と称した扇の贈り物を頂いてしまった。「社交界デビューでぜひ身につけてほしい(=絶対来いや)」とメッセージまで添えられれば、弱小田舎貴族として断れるはずもない。不敬罪怖い。
注文していたドレスは、それはそれは見事に仕上がっていた。エイムズ家のメイドさんたちが総出で私の準備をしてくれる。ちなみにカトリーナ様は王宮で身支度されるとのことで、すでに出立されている。
実家の家族たちとは王宮で現地集合することになっていた。私のために両親が整えてくれたアクセサリーも届いており、その中身たるや……ひたすら重い。耳と頭が重い。そして首が凝る。え、本物のエメラルド? 曲がりなりにも伯爵令嬢なんだからこれくらい当たり前だって? お父様もお母様も残念腐女子のために頑張りすぎじゃないだろうか。
そして馬子にも衣装感満載の私を迎えに来てくれたのはもちろんジェスト様だった。今日も変わらずの黒基調の衣装だが、光沢のあるテールコートに、銀糸で刺繍がされた華やかなベストがいつもの簡素な騎士服以上にとても優美だった。
そして彼の胸元にはグリーンのタイが結ばれていた。私の瞳の色より少しだけ鮮やかで、今日のエメラルドとも合う。格好だけ見れば婚約者と名乗るのも不自然ではない色合い。
(グレース、ダメよ、勘違いしちゃ。これは偽装婚約よ。タイの色を合わせるくらいの仕込み、彼が用意しないわけがないじゃない)
その証拠に簡単な挨拶は交わしたものの、それ以外の言葉は何もかけてはもらえないまま、私たちは王宮行きの馬車に乗り込んだ。私もまた彼の装いを誉めていないのだからお互い様ではあるけれど。
それでも、けっこう頑張ったと思うのだ。主にドレスショップのデザイナーさんとエイムズ家のメイドさんたちとうちの両親が、だけれども。着せられただけの私が言うのもなんだが、一言くらい、誉めてくれてもいいではないか。美しさを讃える言葉を捧げたい相手はカトリーナ様かもしれないけど、私だって頑張ったのだ。
むくむくと湧いてくるそんな思いを押し込めるように首を振ると、耳元のイヤリングが一緒に揺れた。これが現実だ。どれだけ素敵なドレスを身に纏っても、どれだけ時間をかけて準備しても、どれだけ高価な宝石で飾っても、私の好きな人の目線はほら、窓の外を向いている。赤い瞳が何を映しているのか、まったく見えない。
頑張れ私、メイドさんたちが総出で特殊メイクばりの顔に作り替えてくれたのだ。私ごときの涙で台無しにするわけにはいかない。唇をほんの少し噛み締めるだけで耐え抜いた。
無言のままの馬車が王宮に到着した。扉が開かれる寸前、ようやくジェスト様が口を開いた。
「その、グレース嬢。どうしても出席したくないなら、このまま引き返す方法もあるぞ。君は社交界デビューには消極的だったし……」
「いいえ、ここまで来たら腹を括りました。それに私の小説がどんな結末を見せるのか、この目で確かめたいのです」
持っていた扇を胸元で握り込めば、ジェスト様はそれ以上何も言わなくなった。先に馬車を降り、私へと手を差し出す。
いよいよ舞踏会の幕が上がる———。
新聞小説は大団円を迎えていた。ヒーローであるダダン殿下は自身の誕生日パーティで婚約者であるキャサリンに婚約破棄を言い渡して断罪。その傍には男爵家の養女となったヒロインちゃんの姿。キャサリンが繰り返した嫌がらせの数々に加えて、公爵令嬢でありながらならず者と通じ、ヒロインちゃんを襲わせる計画まで立てたことが明るみとなり、その場で衛兵にひっ捕えられる悪役令嬢。彼女を庇う者はおらず、皆が真実の愛を実らせたダダン殿下とヒロインちゃんを祝福し、2人は手に手をとってダンスを踊り愛を確かめ合うという感動のフィナーレだ。
だがこれはあくまで小説の話。現実問題としてダミアン王太子は本当に婚約破棄に踏み切るものなのか。アレン殿下は仕込みは十分とほくそ笑んでいたようだけど、出来が悪いと言っても王族、そんなこと簡単にするはずが……。
「カトリーナ・エイムズ公爵令嬢! 貴様との婚約をこの場で破棄し、私はここにいる真実の愛で結ばれたヒロイン、カナリア・ベルカ男爵令嬢と結婚する!!」
……しちゃったよ、おい。
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