前世の趣味のままにBL小説を書いたら、サイン会にきた護衛騎士様の婚約者になりました

ayame@コミカライズ決定

文字の大きさ
38 / 42

婚約をもって尊しとなす1

しおりを挟む
 ジェスト様に手を取られて降り立ったのは、クインザート侯爵家のタウンハウスだった。瀟洒な貴族のお屋敷が並ぶ王都の一等地の中で、どこか泰然とした佇まいを見せているのは、武門と名高い家門である所以だろうか。

 ジェスト様はアレン殿下の護衛として離宮に部屋を賜っているため、普段はそちらで暮らし、実家にはほとんど寄り付かないのだとか。そんな実家へ2人して何をしに来たかといえば、婚約のご挨拶だ。私としてもここを訪れるのは初めてになる。

 見上げるお屋敷の玄関の前で、ジェスト様はエスコートする手に力を込めた。

「滞在は10分以内で済ませる。10分だけ我慢してくれ」
「……はい」

 本日はお忙しい中、ジェスト様のご両親とお兄様方ご夫婦が揃ってくださったと聞いている。当主のお父様は王宮騎士団の団長、お兄様お二人は騎士として活躍中、長男の奥方も女性騎士として王妃様の警護を担っておられるそうだ。まさにエリート騎士一家の中、ジェスト様だけが王宮騎士団に所属していない。アレン殿下の私的な護衛とするために子どもの頃に形ばかりの養子として迎えられ、すぐに離宮に預けられた経緯があるためだ。

 すでに2人の息子に恵まれた一家に、突如として紛れ込んだ異分子。それがジェスト様だ。2番目の兄とも12歳離れているとあっては、溶け込むことも難しかったことは想像できる。侯爵夫人も次男の奥方も社交界の中心にいらっしゃる方々だ。全員が忙しくしている中、感心の薄い末っ子のために割ける時間は10分だけと、そういう事情だろう。

(挨拶のために名乗って、クインザート家に迎え入れてもらえることのお礼を言って……あ、でも「あなたに由緒あるクインザートの名を名乗ってほしくないわ!」とか夫人に言われてしまうのかな。それはそれで嫁姑戦争のネタが……いえいえ、グレース、今日は取材をしている場合じゃないわ)

 そうやって自分にブレーキをかけていると、隣でジェスト様が吹き出す気配があった。

「グレース、全部口に出ていたぞ」
「えぇっ!?」
「まったく、こんなときにもブレないとは……恐れ入った」

 呆れているわけでも怒っているわけでもないことはもうわかっているけど、さすがに場の空気を読まなさすぎた実感はあった。

「ごめんなさい」
「大丈夫だ。むしろ、俺も気が楽になった」

 そしてジェスト様が私の手を握りこんだ。

「安心しろ、おまえのことは俺が必ず守る」

 そう言い切ったタイミングで、クインザート家の玄関の扉が開いた。




 家令と思しき人が出迎えの挨拶をするよりも早く、「ふん、ようやく来たか」と野太い声が奥から聞こえてきた。お屋敷の広い吹き抜けのエントランスで、大柄な男性が腕組みしながら仁王立ちしている。

 隣でジェスト様が小さく舌打ちしながらも、軽く黙礼した。

「お久しぶりです。ヘルマン義兄上あにうえ
義兄上あにうえ、だと? 貴様にその呼び名を許した憶えはない!」

 彼が身につけているのは王宮騎士団の制服だ。ヘルマンということはこの人が2番目の兄、ヘルマン・クインザート様だろう。ジェスト様も大柄だが、それを上回る筋骨隆々とした体躯は、王宮騎士団が誇る槍部隊の隊長という肩書きを如実に表していた。

 それにしても。

義兄上あにうえという呼び方をここまで忌避されるなんて……。ジェスト様のことを本当に義弟おとうととして認めたくないのね)

 噂には聞いていたがここまでとは。血の気がざっと引く感覚があったが、なんとか踏みとどまる。赤の他人の私ですらおののくほどだ、当事者のジェスト様はいかほどかと、その横顔を見上げようとしたとき、ヘルマン様が腰の剣に手をかけた。

「ジェストよ、次にこの屋敷の門を潜るときは、それなりの覚悟をせよと、以前申し伝えたな。その覚悟、今ここで見せてもらおう」
「待ってください、義兄上あにうえ、今日ここへ来たのは婚約の挨拶のためであって……」
「言い訳は無用! それに義兄上あにうえと呼ぶなと何度言わせる気だ!」

 怒りに任せたかのように見えたヘルマン様は、とうとう抜刀してしまった。

「さぁ決着をつけようではないか」
「……くそっ」

 悪態をついたジェスト様が私を庇うように前に立つ。その手は自身の腰にある剣を抜くべきかどうか迷っているようだった。それはそうだろう、婚約の挨拶のために実家に戻ってきただけなのに、刃傷沙汰など想定していなかったはずだ。

 ヘルマン様が投げつける殺気はただならぬものがあった。きっと私のことなど見えていないに違いない。挨拶どころの状況でないことを察した私は、ジェスト様の袖を引こうとした。こんな状況で彼らに認めてもらえるはずもない。想定の10分すら経過していないが、一度引き上げるべきではないのか。

 だがそんな私の肩を軽く引くものがあった。

「失礼、お嬢さん」
「え?」

 背中が何かに当たる気配があって振り返れば、私より頭ひとつ以上高いきりりとした女性が、そのまま私を肩ごと抱き寄せて叫んだ。

「対象確保!!」
「イヴリン、よくやりました、さすがです!」

 そのとき頭上から鋭い声とともに人影が飛び降りてきた。……え、上? なんで上?

 驚く私を他所に、影はそのままの勢いでジェスト様の背中へと飛びついた。

「なっ! キース義兄上あにうえっ!?」
「ヘルマン同様、私もその呼び名をおまえに許した憶えはありませんよ、ジェスト」

 ジェスト様を背中から羽交締めする、やや小柄な男性もまた王宮騎士団の制服姿だ。よく見れば私を肩ごと抱きしめる女性も同じ制服を着ていた。

「あなたは……」
「話はあとにしよう。キースひとりでアレを押さえつけるのは分が悪い。夫は諜報部員だから肉弾戦には弱いのだ。助力に行ってやらねば。ルナ、こちらのお嬢さんを任せる」
「もちろんですわ、イヴリンお義姉様」

 イヴリンと呼ばれた制服姿の女性から、こちらも長身の女性へと私の身柄が引き渡された。同じ長身といっても、先ほどの制服姿の女性はしっかりと鍛え上げられた体つきをしていたのに対し、こちらの女性は抜群のプロポーションが素晴らしいお姉様だった。ブルネットの下から覗く瞳までがなんとも蠱惑こわく的だ。そして背中に当たるぽわんぽわんした感触はもしかしなくても豊満なおムネ様だろう。

「さぁ、あなたはこちらに」
「で、でも、ジェスト様が……」
「キースお義兄にい様もイヴリンお義姉ねえ様もヘルマン様も、飽きれば戻ってくるでしょう。逆に言えば飽きるまでは収拾がつきませんわ。いろいろ拗らせすぎていますからね」
「え?」

 豹の如きしなやかさで巧みに誘導されながら、ブルネットの女性は嫣然と微笑んだ。

「わたくしはルナ・クインザートと申します。あそこで仁王立ちしていたクインザート家の次男ヘルマン様の妻です。そしてこちらにおいでなのが……」

 連れて行かれた先の部屋の扉をノックしながら、豹の女性———ルナ様は私の耳元に口を寄せた。

「エロイーズ・クインザート様。クインザート家の侯爵夫人ですわ」

 その名を告げられ、すっと背筋が伸びる思いがした。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。 家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。 「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。 皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。 今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。 ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……! 心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

処理中です...