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「じつは、王宮内は今、かなり荒れている。君も知っているとおり、僕には双子の弟がいるんだが……時期国王に私を推す一派と、弟を推す一派とに別れて、派閥争いが繰り広げられているんだ」
「えぇっ!? でも双子の弟王子って、確か体が弱くてなかなか表に出てこられないんじゃ……」
「エレーン様のおっしゃるとおりでございます。ですが、時期国王にはその方が都合がいいと考える輩もいるのです。それこそ、傀儡にして、自分が王国を操ろう、と」
「そんな……」

 きな臭い話に思わず顔をしかめる。マックスは淡々と現状の補足をしてくれた。

「欲を求める貴族たちが弟殿下の名の元に集い、あれこれと悪巧みをしておるのです。また自分の娘をあてがおうとする者まで出てきております」
「そんな中、僕に擦り寄ってきたのがサザーランド伯爵だった。彼は莫大な財産を背景にある程度の貴族を掌握していたからね。王宮内での発言力も一角ならぬものがあった。ただ、彼にはもともと後ろ暗い噂もあったから、正直付き合い方を考えねばならないと思っていたんだ」

 そしてマシューにすり寄ってきたサザーランド伯爵は、案の定、すぐに自らの欲を曝け出した。

「僕が彼の娘であるゼルダと結婚すれば、時期国王として推薦すると、そう言ってきた」

 すでにジュリアという恋人がいたマシューはその提案を突っぱねた。しかし、ジュリアとの結婚には、現実問題としてたくさんの障壁があった。

「悩む僕に対して、父が……国王陛下がジュリアとの結婚の条件として出したのが、“サザーランド伯爵の更迭”と“王宮内の貴族たちの掌握”だった。長年不正の噂があり、悪徳貴族の頂点にいるサザーランド伯爵を追放し、かつ、中立派をはじめ貴族たちの人心を掌握すること。つまりそれは、言い換えれば、次期国王として名乗りを上げよという意味だった」

 現国王陛下の息子は2人。マシューと弟王子だ。だがまだどちらも王太子には任命されていなかった。この国の後継者選びは少し変わっていて、具体的に言うと貴族たちの推薦で選ばれる。国王ひとりが権力を持ちすぎないようにという配慮のためだ。

「僕と弟をそれぞれ擁立する貴族がいるせいで誤解されることが多いのだけれど、僕たちは決して仲が悪いわけじゃないんだ。弟は……その、体のこともあって地方にある離宮で静養しているから、もう何年も顔を合わせてはないんだけど、たまに手紙のやりとりはしている。病を得る前の弟は、僕とは正反対の子どもだった。明るく活発で、僕の方が長男なのに、いつも彼の後を追いかけていたよ。だから子ども心にも思っていたんだ。将来は彼が国王になるべきだ、と。そして僕は彼の補佐として、彼の統治を支えられたら、とそう思っていたよ」

 けれど運命は思わぬ方向に進むことになった。弟王子は今病に伏せっており、国王という重積が負える状態ではない。そしてこの状況は、18歳の成人を迎える今、国王陛下とマシューに選択を迫ることになった。

 つまり、マシューを次期国王として立太子させること。

 ただし反対意見も多かった。多くは私利私欲に走る貴族たちの我がままだ。国王陛下はこの事態を、息子であるマシューに収めさせることにした。事態を終息させるほどの力量を示してみよ、と、そう告げたのだ。

 折しもそこには、ジュリアという、マシューにとって何者に変えがたい強い存在があった。

「父は、使えるものはなんでも使う主義だからね。ジュリアの存在も、僕を焚きつけるためにちょうどいいと考えたんだろう。僕は……その条件を飲んでしまった。それが、ジュリアを危険に晒すことになるかもしれないと、わかっていたのに。でも、彼女を自分が守れると、そう驕ってしまったんだ」

 マシューが辛そうな視線をジュリアに向けると、彼女は大きくかぶりを振った。

「いいえ! 殿下は何も悪くありません! 私が……私が殿下の手をとる勇気を持てなかったから、今回の騒動につながったのです。いつだって殿下の存在は、私にとっての光でした。昔からずっと、そうでした」
「ジュリア……」

 2人がどちらからともなくお互いの手をとる。その姿は一幅の絵のように美しく、神々しいものだった。

  身分違いの恋人という関係に、しがらみも多々混ざりあって、事態は最悪な方向に向かいかけていた。しかし寸でのところでそれにストップをかけることができた。それは、2人の絆が導いた結果に違いない。

 エレーンはどこか暖かい気持ちになりながら、目の前の2人を見つめていた。

「経緯はどうであれ、うまく片付いた、というわけですよね? マシュー殿下は国王陛下の御命令どおり、サザーランド伯爵を更迭できました」
「左様でございます。旗頭を失った組織というのは瓦解しやすいもの。伯爵の元でうまい汁を吸っていた者どもも、ほどなく検挙されるでしょう。それに弟殿下を担ごうとした一派も、今回のマシュー殿下の働きを見て、分が悪いと足が鈍るはずです」

 マックスがそう付け足すと、マシューは力強く肯いた。

「あぁ。この期を逃さず、国王陛下の2つ目の御命令を遂行するとしよう」

 そしてマシューは、隣に座るジュリアに愛おしそうな視線を向けた。

「ジュリア。たくさん不安にさせてすまなかった。これから、僕の生涯をかけて、その不安を決してみせるから。だからどうか、僕と結婚してほしい。そして、この国を一緒に支えてほしいんだ。僕には弟のような力はないけれど、でも、君と国民を幸せにしたいと思っている。だから、この手をとってくれないだろうか」
「……はい」

 王子の手をしっかりと握ったジュリアは、そのまま彼の胸に抱かれた。ジュリアの瞳には小さなしずくが光っていた。それはブルーダイヤモンドに勝るとも劣らない、美しい光だった。

「そうだわ、ジュリアさん、はい、これ」

  エレーンが死守していたオルゴールを手渡す。

「このオルゴール、ずっとあなたを待っていたんですよ。“置いていかないで”って叫んでいたんです。だからもう、離さないであげてくださいね」

  ジュリアだけを待ち続け、彼女に会うまで沈黙したままだったオルゴール。

それは事の成り行きを見守っていたのかもしれない。だから何も言わずマシューにもついていった。

「ありがとう」

  ジュリアは蓋を開き、ゆっくりとネジを回した。すると軽やかな国歌が流れ始め、中央の台座がするすると上がった。ブルーダイヤモンドの貴婦人がくるくると回る。ジュリアの瞳と同じ輝きを放ちながら。








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