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本編
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何かの感慨を抱く暇も惜しんで、私は殿下に口付けた。
いつものように立ち登るシトラス系の香り。唇を割り開いて、さらに奥へと侵入していく。感じる温度も感触も、いつもと変わりない。すぐさま熱いものがぽわん、と唇を通して伝ってきた。暴走している魔力を、私という器に取り込んでいく。殿下の浅い息を気遣うために、何度か唇を離しては、また口付けていく。
この時間は誰にも邪魔できない。そう、メラニア様にだって。そう考える自分の浅ましさに仄暗くなりながら、それでも私は、この人の唇を求めることをやめられない。
何度かキスをしているうちに、殿下の意識に変化があった。呼吸の乱れが治まり、舌がまとわりついてくる。
「ユーファ……」
一瞬離れた隙に耳元に届いた声に、不覚にも目を見開いてしまった。すぐ近くに眇められた藍色の瞳がある。その瞳を愛おしいほどに求めながら、私はまた彼にキスをした。ベッドに沈んでいたはずの殿下の腕が、不意に私の背中に回された。
「あ……っ」
強い力で抱き寄せられた反動で、私の身体がベッドに引き上げられた。自分が殿下を組み敷くような体制に、胸がぎゅっとしめつけられる。
早く、助けなければ。私はまた殿下の唇をまさぐった。それよりも早く、彼の唇が私のそれを捉えた。
どれくらいの時間が過ぎたのか。おそらく数分も経っていないはず。だがその間に私たちは何度も唇を重ねた。唇に、身体に、お互いの体温を感じながら。その背に強い安心感を抱きながら。
「ユーファミア……もう、いい」
殿下の瞳が見開かれ、私は強く推し離された。息はだいぶ整ってきたが、離されたときの唇はまだ冷たかった。
「殿下、でも……」
「もういいと言っている」
そしてサイドにあったベルを乱暴に鳴らした。音を聞いた侍従たちが入ってくる。
「殿下、ユーファミア様」
「治療は終わった。ユーファミアを部屋へ」
「かしこまりました」
「殿下っ、あの……」
一見なんでもないように見えるが、まだ治療は終わっていないはず。長くこの仕事を務めてきた私にはわかった。けれど彼は私を追い返そうとしている。
「ーーーっ。いつも言っているだろう。最後まで傍にいるんじゃない……迷惑だ」
「……っ」
そうだった。私は侍女の手を借り、立ち上がる。まるで引きずられる罪人のような気持ちで寝室を後にする。
「ユーファミア様、大丈夫でございますか」
「……えぇ」
力なく頷きながら、私もまた寝室に戻る。おやすみなさいませという侍女の声に返事もできぬまま、また空を見上げた。
いつの頃からか、殿下は意識が完全に戻りきる前に治療を切り上げて、部屋を出ていくようにとおっしゃるようになった。私は最後まで彼の様子を見ることは許されず、殿下が出ていけとおっしゃる前に察して部屋を出るようにしている。たいていはすぐ近くに侍従かカイエン様がおられるから、報告をして交代するのだ。
だから今日も、それで追い出されたのだろう。意識が完全に戻ったときに見るのが私の姿であることが、お気に召さないがために。
わかっていること。殿下が愛するのはメラニア様。傍にいてほしいのも。そこに私が入り込む隙はない。
いつの間にか涙が込み上げてきた。次から次へと溢れ出るそれは、私の意思でコントロールすることができない。
泣くほど辛くても、私は自分に魔力がなかったことを喜んでいる。魔力なしだったからこそ、殿下の治癒係に選ばれ、そして彼の傍にいることを許された。元の私の身分からすれば夢に描くことすら恐れ多い状況だ。
だから私は幸せだ。今日も愛する人とキスをしたーーー。
夏の空にも月が見える。これがここで見る最後の満月。この光を、私は永遠に忘れない。
いつものように立ち登るシトラス系の香り。唇を割り開いて、さらに奥へと侵入していく。感じる温度も感触も、いつもと変わりない。すぐさま熱いものがぽわん、と唇を通して伝ってきた。暴走している魔力を、私という器に取り込んでいく。殿下の浅い息を気遣うために、何度か唇を離しては、また口付けていく。
この時間は誰にも邪魔できない。そう、メラニア様にだって。そう考える自分の浅ましさに仄暗くなりながら、それでも私は、この人の唇を求めることをやめられない。
何度かキスをしているうちに、殿下の意識に変化があった。呼吸の乱れが治まり、舌がまとわりついてくる。
「ユーファ……」
一瞬離れた隙に耳元に届いた声に、不覚にも目を見開いてしまった。すぐ近くに眇められた藍色の瞳がある。その瞳を愛おしいほどに求めながら、私はまた彼にキスをした。ベッドに沈んでいたはずの殿下の腕が、不意に私の背中に回された。
「あ……っ」
強い力で抱き寄せられた反動で、私の身体がベッドに引き上げられた。自分が殿下を組み敷くような体制に、胸がぎゅっとしめつけられる。
早く、助けなければ。私はまた殿下の唇をまさぐった。それよりも早く、彼の唇が私のそれを捉えた。
どれくらいの時間が過ぎたのか。おそらく数分も経っていないはず。だがその間に私たちは何度も唇を重ねた。唇に、身体に、お互いの体温を感じながら。その背に強い安心感を抱きながら。
「ユーファミア……もう、いい」
殿下の瞳が見開かれ、私は強く推し離された。息はだいぶ整ってきたが、離されたときの唇はまだ冷たかった。
「殿下、でも……」
「もういいと言っている」
そしてサイドにあったベルを乱暴に鳴らした。音を聞いた侍従たちが入ってくる。
「殿下、ユーファミア様」
「治療は終わった。ユーファミアを部屋へ」
「かしこまりました」
「殿下っ、あの……」
一見なんでもないように見えるが、まだ治療は終わっていないはず。長くこの仕事を務めてきた私にはわかった。けれど彼は私を追い返そうとしている。
「ーーーっ。いつも言っているだろう。最後まで傍にいるんじゃない……迷惑だ」
「……っ」
そうだった。私は侍女の手を借り、立ち上がる。まるで引きずられる罪人のような気持ちで寝室を後にする。
「ユーファミア様、大丈夫でございますか」
「……えぇ」
力なく頷きながら、私もまた寝室に戻る。おやすみなさいませという侍女の声に返事もできぬまま、また空を見上げた。
いつの頃からか、殿下は意識が完全に戻りきる前に治療を切り上げて、部屋を出ていくようにとおっしゃるようになった。私は最後まで彼の様子を見ることは許されず、殿下が出ていけとおっしゃる前に察して部屋を出るようにしている。たいていはすぐ近くに侍従かカイエン様がおられるから、報告をして交代するのだ。
だから今日も、それで追い出されたのだろう。意識が完全に戻ったときに見るのが私の姿であることが、お気に召さないがために。
わかっていること。殿下が愛するのはメラニア様。傍にいてほしいのも。そこに私が入り込む隙はない。
いつの間にか涙が込み上げてきた。次から次へと溢れ出るそれは、私の意思でコントロールすることができない。
泣くほど辛くても、私は自分に魔力がなかったことを喜んでいる。魔力なしだったからこそ、殿下の治癒係に選ばれ、そして彼の傍にいることを許された。元の私の身分からすれば夢に描くことすら恐れ多い状況だ。
だから私は幸せだ。今日も愛する人とキスをしたーーー。
夏の空にも月が見える。これがここで見る最後の満月。この光を、私は永遠に忘れない。
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