37 / 106
本編
37
しおりを挟む
1週間かけて中間試験が終了した。これから学院は2週間の短い休暇に入るというその日、私はメラニア様に声をかけられた。マナーの講座が少し早めに終わった教室で、殿下やカイエン様と合流する前のことだった。
「ユーファミア様は卒業後はどうなさるご予定なのかしら」
瞳をきらきらさせながらふんわりと微笑む姿は相も変わらず美しい。
「卒業後ですか? まだ何も決まっておりませんが、おそらく実家に戻ることになると思います」
今後のことについてバルト伯爵に相談したいと試験前にカイエン様にお願いしたが、「そんな先の話より目先の試験に集中すべきでは?」と返されたのでまだ叶ってはいない。第一希望は仕事に就くことなのだが、全くもって未定なので、メラニア様には第二希望について打ち明けた。
「まぁ、リブレ領にお戻りになるのですね。ですがご実家は弟君が継がれるのでしょう? 大変失礼ではありますけれど、ユーファミア様の居場所はございますの? いえね、ユーファミア様がご実家で肩身の狭い思いをなさったり、いずれお迎えする弟君の奥様とぎくしゃくしたりするのはあまりにもおかわいそうだと思いまして。大事なお友達がそんな状況で過ごすことになれば、わたくしだって悲しくなりますわ」
「ご心配ありがとうございます。ですが母も弟も将来のことは心配しなくていいと言ってくれていますので」
「血の繋がったご家族はそうでも、義理の妹となる方がそうとは限りませんわ。ユーファミア様はそれでも、ご実家でずっと暮らしたいとお望みなのかしら」
「それは……確かに家族には迷惑をかけたくないとは思いますが、私はこの通り魔力なしですので、就職は難しいと思います」
以前マーガレット様とシャロン様がうちで雇ってもいいとは言ってくれたが、おそらく私を気遣うための冗談だったはず。それくらいの機微は私にもわかった。
「そんなことありませんわ。ユーファミア様はとても努力家で謙虚な方ですもの。わたくし、実はユーファミア様をスカウトしたいと思っていましたの」
「スカウトですか?」
「えぇ。わたくしの実家にある孤児院の管理をユーファミア様にお手伝いいただけないかと思いまして」
「マクレガー家の孤児院……」
ユーファミア様は王都のマクレガー邸で生まれ育った方だが、ご実家のマクレガー領は王都からはるか西、馬を飛ばしても1週間かかる距離にある。広大な面積を誇る農業地だ。
「孤児院の管理人のひとりが高齢のため、近々退職する予定なのです。孤児院とはいえ我が家の名で運営されている以上、身元が不確かな者を雇いたくありませんの。その点ユーファミア様でしたら長年のお友達ですから、安心して任せられますわ」
「でも、私には魔力がないのですが……」
「まったく問題ありませんわ。院長が平民ではありますがそこそこ魔力を有していますので、生活魔法はどうにかなっているようですの。ユーファミア様が魔力なしであることを伝えておりますが、それでもかまわないと。院長は学校も出ておりませんから、ユーファミア様には子どもたちへ文字の読み書きなどを教えていただければありがたいと申しておりました」
思いがけぬ申し出に私は驚いていた。仕事があればと思っていたが、まさかメラニア様のご実家での働き口を紹介されるとは思ってもいなかった。
孤児院で子どもたちに読み書きを教える、魔力はなくても構わない。破格の申し出であることは理解できた。問題は物理的な距離だ。マクレガー家の領地は王都を挟んでリブレ領とほぼ反対の位置。実家まで移動をしようと思えば1ヶ月近くかかることになる。いくら実家から独り立ちを希望していたとはいえ、この距離は想定外だった。
私の戸惑いを察したのか、メラニア様が私の手を握った。
「ユーファミア様、わたくし、本当にあなたに孤児院に来て欲しいと思っていますの。我が領は昨年の厳しい冬の間に肺炎を患った者が多く、両親を無くした子どもたちが何人かいるのです。親を失った子どもたちの心に真に寄り添えるのは、同じようにお父様を亡くされたユーファミア様をおいてほかにないと思っています。そうした心理的なケアも、慈悲深いユーファミア様なら上手に担ってくださるのではないかと思いまして」
父を亡くしてたちまち領政が立ち行かなくなり、母さえも倒れ、どうすればよいのか途方に暮れた日々を思い出す。あのように不安な気持ちを抱える子どもたちを救えるなら救ってあげたいとは思う。だが、なんの素養もない自分にはたして務まるだろうか。
「メラニア様、素敵なお話をありがとうございます。ですが、私ひとりでは決めかねます。殿下やバルト伯爵、それに実家にも相談をしてみないと……」
「ユーファミア様、こちらの都合で恐縮なのですが、孤児院の管理人の職はマクレガー家の使用人と同等の条件で雇いますため人気が高くて……すぐに決めていただけるなら、わたくしも父に推薦しやすいのですが、時間を要するとなると他の方を優先せざるを得ません」
「まぁそうなのですね。でも学院の後期課程がまだありますから、私もすぐには働けないのですが……」
「後期課程は残り5ヶ月ですが、就職活動などを優先してもよいことになっていますわ。ですから早々に我が家との雇用契約を結んでいただいて、カーティス殿下の誕生日とともに王家の契約が満了したその足でマクレガー領にお越しいただければ問題ないかと。それくらいでしたら父も待ってくれると思います。採用手続きとなれば本来少なくとも3ヶ月ほどはかかるものですから」
確かに最終学年の後期課程は必須の授業もほとんどなく、公的機関での登用を望む者たちは採用試験に向けた講座を受けたり、花嫁修行にシフトする令嬢たちはマナー講座などを追加で受講したりと、各々がそれぞれの道にわかれて活動してよいことになっている。早めに就職が決まった者たちは一足早く仕事に就いて、卒業式だけ出席するということもある。
齟齬なく運ぶ話ではあるが、問題はこの展開についていけない私の心だった。
「大変ありがたいお話ですが、やはり相談なくしては……」
実家の母に、何より殿下に、伝えたいと思った。それで何か返ってくるわけではないとしても、そうしたいと思ってしまった。
その心の揺れを、メラニア様は見抜いたようだった。
「ユーファミア様は卒業後はどうなさるご予定なのかしら」
瞳をきらきらさせながらふんわりと微笑む姿は相も変わらず美しい。
「卒業後ですか? まだ何も決まっておりませんが、おそらく実家に戻ることになると思います」
今後のことについてバルト伯爵に相談したいと試験前にカイエン様にお願いしたが、「そんな先の話より目先の試験に集中すべきでは?」と返されたのでまだ叶ってはいない。第一希望は仕事に就くことなのだが、全くもって未定なので、メラニア様には第二希望について打ち明けた。
「まぁ、リブレ領にお戻りになるのですね。ですがご実家は弟君が継がれるのでしょう? 大変失礼ではありますけれど、ユーファミア様の居場所はございますの? いえね、ユーファミア様がご実家で肩身の狭い思いをなさったり、いずれお迎えする弟君の奥様とぎくしゃくしたりするのはあまりにもおかわいそうだと思いまして。大事なお友達がそんな状況で過ごすことになれば、わたくしだって悲しくなりますわ」
「ご心配ありがとうございます。ですが母も弟も将来のことは心配しなくていいと言ってくれていますので」
「血の繋がったご家族はそうでも、義理の妹となる方がそうとは限りませんわ。ユーファミア様はそれでも、ご実家でずっと暮らしたいとお望みなのかしら」
「それは……確かに家族には迷惑をかけたくないとは思いますが、私はこの通り魔力なしですので、就職は難しいと思います」
以前マーガレット様とシャロン様がうちで雇ってもいいとは言ってくれたが、おそらく私を気遣うための冗談だったはず。それくらいの機微は私にもわかった。
「そんなことありませんわ。ユーファミア様はとても努力家で謙虚な方ですもの。わたくし、実はユーファミア様をスカウトしたいと思っていましたの」
「スカウトですか?」
「えぇ。わたくしの実家にある孤児院の管理をユーファミア様にお手伝いいただけないかと思いまして」
「マクレガー家の孤児院……」
ユーファミア様は王都のマクレガー邸で生まれ育った方だが、ご実家のマクレガー領は王都からはるか西、馬を飛ばしても1週間かかる距離にある。広大な面積を誇る農業地だ。
「孤児院の管理人のひとりが高齢のため、近々退職する予定なのです。孤児院とはいえ我が家の名で運営されている以上、身元が不確かな者を雇いたくありませんの。その点ユーファミア様でしたら長年のお友達ですから、安心して任せられますわ」
「でも、私には魔力がないのですが……」
「まったく問題ありませんわ。院長が平民ではありますがそこそこ魔力を有していますので、生活魔法はどうにかなっているようですの。ユーファミア様が魔力なしであることを伝えておりますが、それでもかまわないと。院長は学校も出ておりませんから、ユーファミア様には子どもたちへ文字の読み書きなどを教えていただければありがたいと申しておりました」
思いがけぬ申し出に私は驚いていた。仕事があればと思っていたが、まさかメラニア様のご実家での働き口を紹介されるとは思ってもいなかった。
孤児院で子どもたちに読み書きを教える、魔力はなくても構わない。破格の申し出であることは理解できた。問題は物理的な距離だ。マクレガー家の領地は王都を挟んでリブレ領とほぼ反対の位置。実家まで移動をしようと思えば1ヶ月近くかかることになる。いくら実家から独り立ちを希望していたとはいえ、この距離は想定外だった。
私の戸惑いを察したのか、メラニア様が私の手を握った。
「ユーファミア様、わたくし、本当にあなたに孤児院に来て欲しいと思っていますの。我が領は昨年の厳しい冬の間に肺炎を患った者が多く、両親を無くした子どもたちが何人かいるのです。親を失った子どもたちの心に真に寄り添えるのは、同じようにお父様を亡くされたユーファミア様をおいてほかにないと思っています。そうした心理的なケアも、慈悲深いユーファミア様なら上手に担ってくださるのではないかと思いまして」
父を亡くしてたちまち領政が立ち行かなくなり、母さえも倒れ、どうすればよいのか途方に暮れた日々を思い出す。あのように不安な気持ちを抱える子どもたちを救えるなら救ってあげたいとは思う。だが、なんの素養もない自分にはたして務まるだろうか。
「メラニア様、素敵なお話をありがとうございます。ですが、私ひとりでは決めかねます。殿下やバルト伯爵、それに実家にも相談をしてみないと……」
「ユーファミア様、こちらの都合で恐縮なのですが、孤児院の管理人の職はマクレガー家の使用人と同等の条件で雇いますため人気が高くて……すぐに決めていただけるなら、わたくしも父に推薦しやすいのですが、時間を要するとなると他の方を優先せざるを得ません」
「まぁそうなのですね。でも学院の後期課程がまだありますから、私もすぐには働けないのですが……」
「後期課程は残り5ヶ月ですが、就職活動などを優先してもよいことになっていますわ。ですから早々に我が家との雇用契約を結んでいただいて、カーティス殿下の誕生日とともに王家の契約が満了したその足でマクレガー領にお越しいただければ問題ないかと。それくらいでしたら父も待ってくれると思います。採用手続きとなれば本来少なくとも3ヶ月ほどはかかるものですから」
確かに最終学年の後期課程は必須の授業もほとんどなく、公的機関での登用を望む者たちは採用試験に向けた講座を受けたり、花嫁修行にシフトする令嬢たちはマナー講座などを追加で受講したりと、各々がそれぞれの道にわかれて活動してよいことになっている。早めに就職が決まった者たちは一足早く仕事に就いて、卒業式だけ出席するということもある。
齟齬なく運ぶ話ではあるが、問題はこの展開についていけない私の心だった。
「大変ありがたいお話ですが、やはり相談なくしては……」
実家の母に、何より殿下に、伝えたいと思った。それで何か返ってくるわけではないとしても、そうしたいと思ってしまった。
その心の揺れを、メラニア様は見抜いたようだった。
11
あなたにおすすめの小説
結婚してるのに、屋敷を出たら幸せでした。
恋愛系
恋愛
屋敷が大っ嫌いだったミア。
そして、屋敷から出ると決め
計画を実行したら
皮肉にも失敗しそうになっていた。
そんな時彼に出会い。
王国の陛下を捨てて、村で元気に暮らす!
と、そんな時に聖騎士が来た
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!
ぽんちゃん
恋愛
――仕事で疲れて会えない。
十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。
記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。
そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる