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聖域の闇 第五章・秘宝(6)
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だがこのとき、森岡の視線は若女将の百華に向いていて、鶴乃の小悪魔的な瞳の輝きを見逃してしまっていた。この何気ない一言は、鶴乃の胸中に湧いたある思惑の発露だったのだが、むろん森岡が知る由もない。
「何やら百華ちゃんは統万が気になるようだね」
部屋に入って来たときから、しきりに足立統万に視線を送っている百華を冷やかすように言った。
「いけずやわあ。統万さんと言われるのですか、何やら森岡さんと顔立ちが似ていると思っただけです」
百華は顔を赤らめて言った。
「これは失礼しました。二人の紹介がまだでしたね」
と、森岡は皆に、元警察官の蒲生亮太と祖父の代から付き合いのある足立家の長男統万を紹介した。
「それで蒲生さんは公安のことを持ち出されたのね」
「ただの警察官やないで。首相の警護をしていた元SPや」
「それじゃあ、まさに呉越同舟じゃない」
瞳は蒲生と九頭目らを交互に見た。
「まあ、そういうことやな」
森岡はそう言うと、
「それはそうと、百華ちゃん、俺と統万が似ているのは当然なんや。何と言っても俺たちは血が繋がっているのやからな」
えー、と皆が驚きの声を上げた。
中でも、
「社長、血が繋がっているとはどういうことですか」
統万本人が一番驚いていた。
「万吉爺さんや万亀男おじさんから何も聞いていないのか」
はい、と統万は神妙に肯いた。
「そうか、だったら俺が話をして良いかどうかわからんが、実は俺の祖父ちゃんとお前のアキ祖母(ばあ)さんとは異母兄妹なんや。せやから、俺の親父と万亀男おじさんは従兄弟、俺とお前は再従兄弟ということになる。ぎりぎりだが六親等の親族には違いない」
「そうだったのですか。しかし、社長のお祖父(じい)様と私の祖母が異母兄妹というはどういう経緯なのですか」
「俺のひいばあさん(曾祖母)は、洋吾郎祖父さんを生んだ後の肥立ちが悪く、数ヶ月後に亡くなってしまったんや。ひいひいじいさん(高祖父)は、婿養子だったひいじいさん(曾祖父)、つまりお前のひいじいさんにもなるが、まだ若い身空で乳飲み子を抱えさせ、灘屋に縛っておくのは忍びないと、何某かの金を渡して解放したんやな。ひいじいさんは、その金を元手に境港で事業を始めたというわけや」
「足立興業の前身ですね」
そうだ、と森岡は肯いた。
「そのひいじいさんが再婚して生まれたのがアキ婆さんで、万吉爺さんが島根半島の村から婿養子に入ったという経緯や」
「よくわかりました。では、本当に社長と血が繋がっているのですね」
統万は嬉しそうに言った。
「百華ちゃん。統万は将来性があるし、恋人もいないようだ。唾を吐けるなら今のうちやで」
「森岡さん、けしかけるようなことは止めて下さい」
すかさず、女将が釘を刺した。
「女将、お言葉を返すようですが、統万は境港でも有名な足立興業の御曹司ですし、場合によっては私の事業の一つを任せてもよいと考えています。どちらにしても、そこいらの男よりは断然買いの有望株だと思いますよ」
それでも、不安顔の女将に向かって、
「ご心配なく。統万にはややこいしい事業は任せませんので」
森岡は、暗に神王組から依頼された事業からは外すと言うと、
「とはいえ、これ以上は止めておこうか」
自分で話に蓋をした。
「社長は本当に不思議な人ですね」
誰に言うわけでもない蒲生の呟きに、鶴乃が興味を持った。
「どないなことどすか」
「私は社長と知り合って半年にもなりませんが、その人脈には驚かされました。榊原さんや福地社長、松尾正之助会長、大物政治家の唐橋大紀に、果ては神王組の六代目まで……」
蒲生は、そこで一息吐いた。
「しかし、もっとも驚いたのは奈良岡先生とも繋がりがあったことです」
「奈良岡?」
大河内が敏感に反応した。
「まさか、あの奈良岡先生か」
その驚きの口調に、彼の脳裡に浮かんだ人物を察した森岡は、はいと肯いた。
「なんだと!」
さしもの大河内が興奮の声を上げた。
「お上人様、いったいどうされたのです」
大河内の取り乱しように、女将の和泉貴子が訊いた。
「声も大きくなるというものだ。奈良岡というのは戦前、戦中、戦後と、一貫して日本の思想的支柱であられた奈良岡真篤先生のことなのだぞ」
「まあ……」
と、女将の貴子は口をあんぐりとしたが、鶴乃と百華そして瞳までも、
「誰なの?」
という顔をしている。
「若い人は知らないだろうが」
と、大河内が奈良岡真篤の偉大な足跡を話して聞かせた。
「何やら百華ちゃんは統万が気になるようだね」
部屋に入って来たときから、しきりに足立統万に視線を送っている百華を冷やかすように言った。
「いけずやわあ。統万さんと言われるのですか、何やら森岡さんと顔立ちが似ていると思っただけです」
百華は顔を赤らめて言った。
「これは失礼しました。二人の紹介がまだでしたね」
と、森岡は皆に、元警察官の蒲生亮太と祖父の代から付き合いのある足立家の長男統万を紹介した。
「それで蒲生さんは公安のことを持ち出されたのね」
「ただの警察官やないで。首相の警護をしていた元SPや」
「それじゃあ、まさに呉越同舟じゃない」
瞳は蒲生と九頭目らを交互に見た。
「まあ、そういうことやな」
森岡はそう言うと、
「それはそうと、百華ちゃん、俺と統万が似ているのは当然なんや。何と言っても俺たちは血が繋がっているのやからな」
えー、と皆が驚きの声を上げた。
中でも、
「社長、血が繋がっているとはどういうことですか」
統万本人が一番驚いていた。
「万吉爺さんや万亀男おじさんから何も聞いていないのか」
はい、と統万は神妙に肯いた。
「そうか、だったら俺が話をして良いかどうかわからんが、実は俺の祖父ちゃんとお前のアキ祖母(ばあ)さんとは異母兄妹なんや。せやから、俺の親父と万亀男おじさんは従兄弟、俺とお前は再従兄弟ということになる。ぎりぎりだが六親等の親族には違いない」
「そうだったのですか。しかし、社長のお祖父(じい)様と私の祖母が異母兄妹というはどういう経緯なのですか」
「俺のひいばあさん(曾祖母)は、洋吾郎祖父さんを生んだ後の肥立ちが悪く、数ヶ月後に亡くなってしまったんや。ひいひいじいさん(高祖父)は、婿養子だったひいじいさん(曾祖父)、つまりお前のひいじいさんにもなるが、まだ若い身空で乳飲み子を抱えさせ、灘屋に縛っておくのは忍びないと、何某かの金を渡して解放したんやな。ひいじいさんは、その金を元手に境港で事業を始めたというわけや」
「足立興業の前身ですね」
そうだ、と森岡は肯いた。
「そのひいじいさんが再婚して生まれたのがアキ婆さんで、万吉爺さんが島根半島の村から婿養子に入ったという経緯や」
「よくわかりました。では、本当に社長と血が繋がっているのですね」
統万は嬉しそうに言った。
「百華ちゃん。統万は将来性があるし、恋人もいないようだ。唾を吐けるなら今のうちやで」
「森岡さん、けしかけるようなことは止めて下さい」
すかさず、女将が釘を刺した。
「女将、お言葉を返すようですが、統万は境港でも有名な足立興業の御曹司ですし、場合によっては私の事業の一つを任せてもよいと考えています。どちらにしても、そこいらの男よりは断然買いの有望株だと思いますよ」
それでも、不安顔の女将に向かって、
「ご心配なく。統万にはややこいしい事業は任せませんので」
森岡は、暗に神王組から依頼された事業からは外すと言うと、
「とはいえ、これ以上は止めておこうか」
自分で話に蓋をした。
「社長は本当に不思議な人ですね」
誰に言うわけでもない蒲生の呟きに、鶴乃が興味を持った。
「どないなことどすか」
「私は社長と知り合って半年にもなりませんが、その人脈には驚かされました。榊原さんや福地社長、松尾正之助会長、大物政治家の唐橋大紀に、果ては神王組の六代目まで……」
蒲生は、そこで一息吐いた。
「しかし、もっとも驚いたのは奈良岡先生とも繋がりがあったことです」
「奈良岡?」
大河内が敏感に反応した。
「まさか、あの奈良岡先生か」
その驚きの口調に、彼の脳裡に浮かんだ人物を察した森岡は、はいと肯いた。
「なんだと!」
さしもの大河内が興奮の声を上げた。
「お上人様、いったいどうされたのです」
大河内の取り乱しように、女将の和泉貴子が訊いた。
「声も大きくなるというものだ。奈良岡というのは戦前、戦中、戦後と、一貫して日本の思想的支柱であられた奈良岡真篤先生のことなのだぞ」
「まあ……」
と、女将の貴子は口をあんぐりとしたが、鶴乃と百華そして瞳までも、
「誰なの?」
という顔をしている。
「若い人は知らないだろうが」
と、大河内が奈良岡真篤の偉大な足跡を話して聞かせた。
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