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聖域の闇 第八章・開帳(5)
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浜浦を後にした森岡は大阪には戻らず、そのまま米子空港から東京へと向かい、目黒の澄福寺を訪れた。相良浄光の話から、瑞真寺御本尊の最後の出開帳が澄福寺だとわかったからである。
南目輝は、実家の彩華堂に立ち寄ってから車を運転して大阪へと戻った。影警護の神栄会は九頭目他一名が森岡に付き添い、残る一人が南目と同じく車を運転して帰阪した。
貫主の芦名泰山が訝り顔で訊いた。
「電話では瑞真寺の出開帳がどうのこうのと言っておられたが、どういうことですかな」
「江戸時代、瑞真寺の出開帳は、此処澄福寺で行われていたとか。そこで何か古文書でも残っていないかと思いまして」
「古文書のう……仔細は話してもらえないのですかな」
「身勝手だとは重々承知していますが、何卒ご勘弁下さい」
森岡は深々とを下げた。
「古文書はあるにはありますが、調べる必要はありません」
拒否されたと思った森岡の顔が苦渋に歪んだ。たしかに、理由を述べずに教えろ、というのは虫が良過ぎる。
「致し方ありません。では今日のことはお忘れ下さい」
森岡は肩を落として言った。他宗派の道恵和尚とは異なり、同門の芦名貫主に、瑞真寺の門主を罠に嵌めるとは言い難い。
芦名がふふふ……と含み笑いをした。
「誤解しないで頂きたい。古文書を読む必要がないと申したまでで、私がお答えしましょう」
「貫主様が? お調べになったのですか」
「晋山して間もない頃、文庫を整理したとき、歴代貫主の備忘録を見つけましたのでな、暇なときに読んだのです」
「それで、こちらでの最後の出開帳のとき、何かトラブルのようなことは起きなかったのでしょうか」
「何もございません」
「そうですか」
「ただ……」
「ただ?」
「瑞真寺の御本尊様の出開帳は澄福寺(うち)が最後ではありません」
えっ、と森岡は驚きの眼を向けた。
「では、どこが最後なのですか」
「翌年に鎌倉の長厳寺で行われたのが最後のようです」
「長厳寺、御前様の……」
怪しい雲行きに森岡の声が自然と低くなったた。
「そうです」
「瑞真寺の出開帳は三十三年に一度のはずでは」
相良浄光の受け売りである。
「よくご存じですな。ところが、間違いなく翌年に長厳寺でも出開帳が行われたのです。当代の貫主は『いかなる仔細か不明』と記しています」
「では、長厳寺の出開帳が最後というのは間違いないのですね」
事は重大である。森岡は念を押した。
「間違いありません。当時の出開帳は布施が主な目的ですから、江戸での出開帳となると、澄福寺か八王子の興妙寺ということになりますが、当時八王子は田舎ですからな。わざわざ選ぶはずがありません。かといって末寺では評判になりませんし、他宗派の寺院というわけにはまいりません」
言外に、長厳寺は例外で、まずは澄福寺以外には考えられないと示唆した。
「では、長厳寺での出開帳のとき、何かが起こったということはないでしょうか」
「それに付きましては何も書き残されていませんし、瑞真寺の公式見解はあくまでも澄福寺の出開帳を最後としています」
長厳寺での出開帳は無かったことにしたい意向だ、と芦名は言っているのだ。
――栄覚門主と御前様の間には何か深い因縁があるのかもしれない。
森岡はそう思いながら、アタッシュケースから中国聖人の姿見の墨を取り出した。
「実は中国聖人の墨は十体ではなく十六体だったようです。本日の御礼として追加
の六体を持参しました」
「このようなことで、六体もの品を受け取っても宜しいのか」
六体で三千万円は下らなかった。
「私の手元にあっても何の価値も生みません。ご遠慮なく」
恐縮する芦名泰山に森岡は鷹揚な笑みを返した。
南目輝は、実家の彩華堂に立ち寄ってから車を運転して大阪へと戻った。影警護の神栄会は九頭目他一名が森岡に付き添い、残る一人が南目と同じく車を運転して帰阪した。
貫主の芦名泰山が訝り顔で訊いた。
「電話では瑞真寺の出開帳がどうのこうのと言っておられたが、どういうことですかな」
「江戸時代、瑞真寺の出開帳は、此処澄福寺で行われていたとか。そこで何か古文書でも残っていないかと思いまして」
「古文書のう……仔細は話してもらえないのですかな」
「身勝手だとは重々承知していますが、何卒ご勘弁下さい」
森岡は深々とを下げた。
「古文書はあるにはありますが、調べる必要はありません」
拒否されたと思った森岡の顔が苦渋に歪んだ。たしかに、理由を述べずに教えろ、というのは虫が良過ぎる。
「致し方ありません。では今日のことはお忘れ下さい」
森岡は肩を落として言った。他宗派の道恵和尚とは異なり、同門の芦名貫主に、瑞真寺の門主を罠に嵌めるとは言い難い。
芦名がふふふ……と含み笑いをした。
「誤解しないで頂きたい。古文書を読む必要がないと申したまでで、私がお答えしましょう」
「貫主様が? お調べになったのですか」
「晋山して間もない頃、文庫を整理したとき、歴代貫主の備忘録を見つけましたのでな、暇なときに読んだのです」
「それで、こちらでの最後の出開帳のとき、何かトラブルのようなことは起きなかったのでしょうか」
「何もございません」
「そうですか」
「ただ……」
「ただ?」
「瑞真寺の御本尊様の出開帳は澄福寺(うち)が最後ではありません」
えっ、と森岡は驚きの眼を向けた。
「では、どこが最後なのですか」
「翌年に鎌倉の長厳寺で行われたのが最後のようです」
「長厳寺、御前様の……」
怪しい雲行きに森岡の声が自然と低くなったた。
「そうです」
「瑞真寺の出開帳は三十三年に一度のはずでは」
相良浄光の受け売りである。
「よくご存じですな。ところが、間違いなく翌年に長厳寺でも出開帳が行われたのです。当代の貫主は『いかなる仔細か不明』と記しています」
「では、長厳寺の出開帳が最後というのは間違いないのですね」
事は重大である。森岡は念を押した。
「間違いありません。当時の出開帳は布施が主な目的ですから、江戸での出開帳となると、澄福寺か八王子の興妙寺ということになりますが、当時八王子は田舎ですからな。わざわざ選ぶはずがありません。かといって末寺では評判になりませんし、他宗派の寺院というわけにはまいりません」
言外に、長厳寺は例外で、まずは澄福寺以外には考えられないと示唆した。
「では、長厳寺での出開帳のとき、何かが起こったということはないでしょうか」
「それに付きましては何も書き残されていませんし、瑞真寺の公式見解はあくまでも澄福寺の出開帳を最後としています」
長厳寺での出開帳は無かったことにしたい意向だ、と芦名は言っているのだ。
――栄覚門主と御前様の間には何か深い因縁があるのかもしれない。
森岡はそう思いながら、アタッシュケースから中国聖人の姿見の墨を取り出した。
「実は中国聖人の墨は十体ではなく十六体だったようです。本日の御礼として追加
の六体を持参しました」
「このようなことで、六体もの品を受け取っても宜しいのか」
六体で三千万円は下らなかった。
「私の手元にあっても何の価値も生みません。ご遠慮なく」
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