鈴蛍

久遠

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 それは…
 二人だけで蛍狩りをする。
 決行日は花火大会がある十五日とする。
 まず、前もって着替えを納屋に用意しておき、二十時前に花火を観に行くと言って家を出る。
 門を出たら、海岸の方ではなく、反対の方向から屋敷の裏手に回り、裏門から中に入って納屋で着替える。
 懐中電灯や軍手、タオルも事前に用意して置く。
 裏門の鍵は、夕方地主さんにお参りするときに開けておけば、誰も不自然には思わない。
 時間が掛からないように、自転車を用意して置く。
 蛍を見たら、すぐに帰って来て再び納屋で浴衣に着替える。
 というものだった。

「鈴ちゃん。十五日の朝までに、この前笹竹を切りに行ったときの服を、うちに持って来ることができるだか?」
「うん、持って来る」
 声に張りが戻っていた。美鈴は一縷の望みを見出せた嬉しさで、精気が甦っていた。
 冷静に考えれば、実に稚拙な計画ではあったが、思わぬ副産物も生み出していた。
『雨降って地固まる』ではないが、二人を落胆させた隆夫の怪我は、一転して秘密の冒険計画を共有しているという、愛しい感情とは異なる、ある種同志のような一体感を生む転機となったである。
 このときから、二人は来るべき未知の冒険に向けて、日を追う毎に精神的な繋がりを深めていったのだった。
 ただ当の洋平は、この計画が不完全なものだとわかっていた。
 彼は自転車を持ち合わせていなかった。事情があり、中学に上がるまで自転車は与えてもらえないことになっていたのだ。 
 これは意外と難題だった。墓地の裾野を歩かなければならないし、余計な時間を費やすことによって、冒険から帰った後の、厄介な状況も覚悟しなければならない。
「私も洋君に話があるんだけど……」
 思案に耽っている洋平を窺うようにして、美鈴が話を切り出した。
「なに」
「あのね。お盆までに洋君ちにお泊りしたいんだけど、だめかな」
 洋平の顔が、ぱあっと明るくなった。
「それ、ええね。うちは大工屋さんがええと言わさったら、たぶん大丈夫だと思う」
 美鈴の言動にすっかり慣れた洋平は、こういった提案にも驚かなくなっていた。むしろ、彼女の恵比寿家への溶け込みようからすれば、至極自然なことのように思えた。
「お祖父ちゃんは、恵比寿さんが良ければいいよ、って言ってくれた」
「そんなら、お母ちゃんに訊いてみるけん」
 洋平は自転車のことなどすっかり放念し、喜び勇んで里恵に願い出た。
 ところが、里恵の表情は芳しくなかった。
 うーん……と険しい顔をしたのだ。
「お母ちゃん、どうかした」
「まずはお祖父さんの許しを貰わんといけんけど、洋平、ちいと難しいかもしれんよ」
「えっ、なんで」
 思い掛けない里恵の言葉に、洋平は呆然とした。彼は、密かに難問が持ち上がっていたことを知らなかった。
 不安の種を抱えながら、洋平は足早に書斎へ行き、祖父の許しを得ようとしたが、里恵の言ったとおり、洋太郎は渋い顔になった。
「洋平、それは無理だが。そいに、家の中はええが、美鈴ちゃんと外に出掛けたららいけん」
「お祖父ちゃん、なんでだかい」
 洋平は、祖父の心変わりが納得できなかった。
「わいたちの噂が村中に広がっちょうだが」
「だいてが、裕子叔母さんには、おらの好きにさせると言わっしゃったがの」
 洋平は洋太郎を問い質した。彼が、絶対者である祖父に反論するなど考えられないことだった。
「ああ、確かに裕子にはそげ言った」
「そげなら、なんでだかい」
「そいがな、洋平。噂がトラ姉さんの耳に入ってしまっただが」
「ええー。船屋のおばさんに……」
 洋平は絶句した。
「でも、なんで……」
 呻くように訊ねるが精一杯だった。
「わからんが、どうやら誰かがトラ姉さんに告げ口したみたいだがな。今朝、わしに釘を刺す電話があったばかりだが」
 まさに青天の霹靂だった。
――くそー、余計なことしやがって。いったい誰だ。
 洋平は、姿を見せぬ敵に苛立ちを覚えた。
 洋平は『おばさん』と呼んだが、祖父洋太郎の実姉なので、実際は大伯母に当たる。洋太郎より十歳年上で、権力者の祖父が唯一頭の上がらない存在だった。
 洋太郎は次男だったが、女の子が三人続いた後、ようやく誕生した長男が夭折してしまったため、その後すぐに生まれた彼は、家族から一層愛情を注がれた。
 特に長女であり十歳も年嵩のトラの可愛がりようは尋常でなく、物心が付く頃から、それこそ母親代わりとなって養育したと言っても過言ではなかった。
 洋太郎が経営者として成功し、没落していた恵比寿家の再興を果たすことができたのも、トラの薫陶が下地になっていたことは間違いなかった。
 トラは男尊女卑の風潮が残る時代にあって、男も舌を巻くほどの進取の精神の持ち主で、当時では珍しいほど学問に精進した才女だった。彼女は、家庭教師代わりとなって、己の持てる教養を洋太郎に授け、まるで洗脳するかのように恵比寿家再興を耳に吹き込んだ。
 洋平は大伯母のトラが大嫌いだった。
 お盆や正月、あるいは法事のときなど、たまに恵比寿にやって来ては、ウメや里恵にあれこれと指図をし、それこそ主のように振舞っていたからである。彼の絶対者であり、敬愛する洋太郎に対してまでも、同じ態度を取っていたため、自尊心を深く傷つけられた彼はトラを忌々しく思っていた。
 そのトラが自分の恋にまで口を挟んできた。今年のお盆も、間違いなくやって来る。それまでに、何らかの決着を付けなければ、宿泊どころか蛍狩りや盆踊りも危うくなる。
 洋平にとっては、看過できない難敵の登場だった。



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