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第十五章 真実(1)
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美鈴が去った夏休みは酷く退屈なものとなった。蝉の抜け殻のように空虚となった洋平の心は、何物でも埋られそうもなかった。
その後、洋平は何度も手紙を書き、電話もした。三ヶ月ほどは、美鈴からの返事もあり、二人の関係はなんら変化がないように思われた。
ところが、秋も深まる頃になって、美鈴からの手紙がぷつりと途絶えた。不安に駆られながらも、洋平は勇気を出して二、三度電話をしたが、美鈴が受話器を取ることは一度もなく、代わりに電話口に立った母親は、気まずそうな声で要領を得ない返事を繰り返すばかりだった。
その対応ぶりから、美鈴の心が離れていったのだと直感した洋平は、必死にその理由を考え続けた。そして、それは無理もないとの結論を出した。
なるほど、美鈴に会う前の洋平の日常は取り立てて変化のないものだったが、彼女のそれは洋平と同じではなかったからだ。美鈴は、東京から大阪への転校という新しい環境の中にいた。見知らぬ街で一人ぼっちだった彼女が、心の拠り所を求めていたとしても不思議ではない。
つまり、自分との恋は『生活の変化の端境期に起こった、ほんのひと時の心の寄り道に過ぎなかったのだ』という考えに至ったのである。
まだ子供だった彼が、そのような稚拙な考えでさえ、理に適っていると思い込んでも無理のないことであったろう。
というより、洋平はあるときからそれ以外の理由を考えないことにした。
たとえば極めて複雑な人の心理というものを、幼い自分がいくら推し量っても、結論の出ない虚しい行為であるし、仮に至極真っ当な答えを見つけ出したとしても、美鈴の心が再び自分の元に戻ることはないと悟っていたからである。
故に、難解な思考を放棄し、単純な事象に答えを求めたのである。
洋平は、手紙を書くことも電話をすることも止めた。美鈴に未練がましい男だと思われたくないという、彼が僅かに持ち得たプライドがそうさせた。
約束していた冬休みに、美鈴が帰って来ることはないと容易に予想できた。
やがて年の瀬が来て、予想は現実のものとなり、僅かな望みも断たれた洋平は、これで美鈴との縁は完全に切れたと確信した。
悲しかったし、辛かったが、子供の彼にはどうすることもできない現実があった。
洋平は美鈴を忘れようとした。必死になって、心から彼女を追い出そうとした。 しかし、あの鮮烈な初恋の思い出を容易く忘れられるはずもなかった。彼女との思い出は、そのすべてが血肉となって彼の全身の隅々にまで刻み込まれてしまっていたのである。
季節は本格的な冬へと向かい始めていた。身を切り裂くような北風は、冷えた洋平の心を容易に凍らせた。
それでも洋平が救われたのは、時というものが誰の身の上にも公平に流れるということだった。あれほどもがき苦しんだ日々も、どうにか過ぎ去り、いつしか洋平の心から少しずつ美鈴が消え去ろうとしていた。
二月も末に近づいていたある日のことだった。
未明からの雪は、いっこうに止む気配がなく、この冬最後の大雪になろうとしていた。山陰という名は、このようなどんよりとした空模様から名付けられたものなのだろう。鉛色の雲が空一体に低く立ち込め、霙混じりの雪がやがて本格的なボタン雪に変わり、この世の苦しみも悲しみも何もかも埋め尽くすかのように、ただひたすら深々と降り続いていた。
土曜日なので、授業は午前中で終わった。
洋平は、一面銀色に降り積もった校庭で、雪合戦をして遊ぶ下級生らの歓声を耳にしながら帰宅の途についた。
校門を出た直後だった。雪は降り続いていたものの、それまで無風状態だったのが、いきなり突風が吹き荒れ、ボタン雪が乱舞し始めた。洋平は襟を立てた上着のジッパーを目一杯上げて鼻先まで覆うと、背中をまるめ、視線を落として歩いていた。
しばらくして、奇妙なことが起こった。
ちょうど、墓地の裾野の入り口に差し掛かった辺りで、彼は一緒に学校を後にしたはずの友人らの気配がしないことに気づいた。不思議に思って後ろを振り返ると、もはや皆の姿は跡形もなく消え去っていた。
彼の驚きに拍車を掛けたのは、家の方向が同じで、恵比寿の家の前で別れる友人の姿さえもなかったことである。
別の帰り道があるにはあった。墓地の裾野までに別れ道があり、遠回りにはなるが、たまの気分転換にそちらの道を通ることもあった。ただ、仮にそうだとしても、一言も声を掛けずに去ってしまうことなど、洋平には解せないことだった。
その後も奇妙なことが続いた。
友人たちを見失ってからというもの、洋平はずっと一人きりだった。誰かとすれ違うことはもちろんのこと、普段のように軒先から声を掛けられることさえも一度としてなかった。いかに豪雪とはいえ、このようなことは記憶になかった。
洋平は、道の両側に身の丈まで積み上げられた雪の壁の中を歩いていた。両側に軒を並べる家々は、更なる積雪に備え、雨戸を閉め切っており、家中からの物音すらも漏れ聞くことがなかった。
洋平は、取りとめもない恐怖に襲われていた。今このとき、この世界にただ一人置き去りにされたような孤独感が洋平の心を支配した。
その後、洋平は何度も手紙を書き、電話もした。三ヶ月ほどは、美鈴からの返事もあり、二人の関係はなんら変化がないように思われた。
ところが、秋も深まる頃になって、美鈴からの手紙がぷつりと途絶えた。不安に駆られながらも、洋平は勇気を出して二、三度電話をしたが、美鈴が受話器を取ることは一度もなく、代わりに電話口に立った母親は、気まずそうな声で要領を得ない返事を繰り返すばかりだった。
その対応ぶりから、美鈴の心が離れていったのだと直感した洋平は、必死にその理由を考え続けた。そして、それは無理もないとの結論を出した。
なるほど、美鈴に会う前の洋平の日常は取り立てて変化のないものだったが、彼女のそれは洋平と同じではなかったからだ。美鈴は、東京から大阪への転校という新しい環境の中にいた。見知らぬ街で一人ぼっちだった彼女が、心の拠り所を求めていたとしても不思議ではない。
つまり、自分との恋は『生活の変化の端境期に起こった、ほんのひと時の心の寄り道に過ぎなかったのだ』という考えに至ったのである。
まだ子供だった彼が、そのような稚拙な考えでさえ、理に適っていると思い込んでも無理のないことであったろう。
というより、洋平はあるときからそれ以外の理由を考えないことにした。
たとえば極めて複雑な人の心理というものを、幼い自分がいくら推し量っても、結論の出ない虚しい行為であるし、仮に至極真っ当な答えを見つけ出したとしても、美鈴の心が再び自分の元に戻ることはないと悟っていたからである。
故に、難解な思考を放棄し、単純な事象に答えを求めたのである。
洋平は、手紙を書くことも電話をすることも止めた。美鈴に未練がましい男だと思われたくないという、彼が僅かに持ち得たプライドがそうさせた。
約束していた冬休みに、美鈴が帰って来ることはないと容易に予想できた。
やがて年の瀬が来て、予想は現実のものとなり、僅かな望みも断たれた洋平は、これで美鈴との縁は完全に切れたと確信した。
悲しかったし、辛かったが、子供の彼にはどうすることもできない現実があった。
洋平は美鈴を忘れようとした。必死になって、心から彼女を追い出そうとした。 しかし、あの鮮烈な初恋の思い出を容易く忘れられるはずもなかった。彼女との思い出は、そのすべてが血肉となって彼の全身の隅々にまで刻み込まれてしまっていたのである。
季節は本格的な冬へと向かい始めていた。身を切り裂くような北風は、冷えた洋平の心を容易に凍らせた。
それでも洋平が救われたのは、時というものが誰の身の上にも公平に流れるということだった。あれほどもがき苦しんだ日々も、どうにか過ぎ去り、いつしか洋平の心から少しずつ美鈴が消え去ろうとしていた。
二月も末に近づいていたある日のことだった。
未明からの雪は、いっこうに止む気配がなく、この冬最後の大雪になろうとしていた。山陰という名は、このようなどんよりとした空模様から名付けられたものなのだろう。鉛色の雲が空一体に低く立ち込め、霙混じりの雪がやがて本格的なボタン雪に変わり、この世の苦しみも悲しみも何もかも埋め尽くすかのように、ただひたすら深々と降り続いていた。
土曜日なので、授業は午前中で終わった。
洋平は、一面銀色に降り積もった校庭で、雪合戦をして遊ぶ下級生らの歓声を耳にしながら帰宅の途についた。
校門を出た直後だった。雪は降り続いていたものの、それまで無風状態だったのが、いきなり突風が吹き荒れ、ボタン雪が乱舞し始めた。洋平は襟を立てた上着のジッパーを目一杯上げて鼻先まで覆うと、背中をまるめ、視線を落として歩いていた。
しばらくして、奇妙なことが起こった。
ちょうど、墓地の裾野の入り口に差し掛かった辺りで、彼は一緒に学校を後にしたはずの友人らの気配がしないことに気づいた。不思議に思って後ろを振り返ると、もはや皆の姿は跡形もなく消え去っていた。
彼の驚きに拍車を掛けたのは、家の方向が同じで、恵比寿の家の前で別れる友人の姿さえもなかったことである。
別の帰り道があるにはあった。墓地の裾野までに別れ道があり、遠回りにはなるが、たまの気分転換にそちらの道を通ることもあった。ただ、仮にそうだとしても、一言も声を掛けずに去ってしまうことなど、洋平には解せないことだった。
その後も奇妙なことが続いた。
友人たちを見失ってからというもの、洋平はずっと一人きりだった。誰かとすれ違うことはもちろんのこと、普段のように軒先から声を掛けられることさえも一度としてなかった。いかに豪雪とはいえ、このようなことは記憶になかった。
洋平は、道の両側に身の丈まで積み上げられた雪の壁の中を歩いていた。両側に軒を並べる家々は、更なる積雪に備え、雨戸を閉め切っており、家中からの物音すらも漏れ聞くことがなかった。
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