鈴蛍

久遠

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 洋平と律子は夜明けとともに、美鈴が眠っている大工屋のお墓にお参りをした。
いかに信心深い村であっても、さすがにこの時刻に人影はなかった。
 丘の頂上で主のように聳えていた松の巨木も、さすがに老いには勝てず朽ち果ててしまい、今は大きな切り株だけが在りし日の姿を忍ばせている。
 幹に背もたれて美鈴と共に眺めた美保浦湾も、あれから港湾の整備が進み、海岸通りはすっかり変わり果てた姿となってしまった。彼女と一緒に泳いだ浜や釣りをした磯にいたっては、影も形も無くなってしまっている。
 だが静かに目を瞑れば、今でもあの夏の日、美鈴と共に過ごしたときの風景そのままに浮かんできて、洋平は彼女の面影に魂を激しく揺さぶられる。
 浜で海水を掛けられたときの怒った顔。
 磯で魚を釣り上げたときの喜んだ顔。
 庭の椎の木に止まった蝉を捕まえ損ねたときの悔しがった顔。
 捕らえた蜻蛉を逃がしてやったときの慈愛の顔。
 野道に咲いていたなでしこを愛でていたときの優しい顔。
 ゲームで負けたときの仏頂面。
 自分の名を呼びながら、縁側を走って来たときの足音。
 稲光に恐怖して、身体を寄せてきたとき伝ったほのかな香り。
 海岸通から、手を振りながら駆けて来た姿。
 ありとあらゆる美鈴との思い出が走馬灯のように駆け巡り、思わず涙が溢れ出るのだった。
 なかでも、初めて美鈴に出逢った日、あの集合場所で投げ掛けられた彼女の笑顔は、これから先も決して洋平の脳裏から消えることはないだろう。

「あらあら、昨夜の嵐でせっかく供えた花が散ってしまっているわ」
 嘆息しながら律子は墓掃除を始めた。 
「夕方、新しい花を供えよう」
 洋平がそう言ったとき、
 ふと、
――洋くん、ありがとう……。
 と、背後で美鈴の声が聞こえた気がした。
 洋平は、はっと振り向いた。
 だが、そこにはただ青々とした若葉が風に吹かれて、笑うようにざわめいているだけだった。
「どうしたの」
 掃除の手を止めた律子が怪訝そうな顔を向けた。
「何でもないよ」
 洋平は優しい笑顔を返しながら、美鈴が眠る墓石に拳をコツンとぶつけると、そのまま律子に向けた。


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