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第四十八話 メリウスさん、嵐のあとで!

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 小金崎隼人の携帯の呼び出し音が居間のテーブルの上で響いていた。

「隼人さん、電話が鳴っていますが」
助手の南香織が告げに来た。

「香織、悪いけど、出てくれないか」

「分かりました。隼人さん」

 婚約者の小金崎と南は、仕事以外では名前で呼び合うことが多かった。

「もしもし、助手の南ですが」

「制作の者ですが、明日の悪天候の予報を受けました。
ーー 明日に予定されていたロケがすべて中止になりました。
ーー 南さん、他のスタッフにも、お伝えください。
ーー 次の予定が決まりましたら、こちらから監督に連絡します」

「分かりました。お伝えします。
ーー ありがとうございました」

 小金崎隼人監督は、一階のバルコニーから、メリウスたちと一緒に湘南の海を眺めていた。
波飛沫が徐々に大きくなり、今まで見えていた月は黒い雲の中に隠れた。
浦風うらかぜが沖合から水滴を運んでいた。

「小金崎さん、お天気下り坂ですね」

「そうですね。
ーー 湿気を帯びた風が始まったようです。
ーー 明日は嵐になるかもしれない。
ーー 小夜嵐さよあらしもあるかもしれない」

 メリウスは、小金崎の言葉を聞きながら、異世界への注意を伝えることにした。

「小金崎さん、私は人間じゃありません。
ーー 魔法使いの化身の姿です」

「そうですか。驚きません。
ーー メリウスさんの

「小金崎さん、あなたと同行者に守っていただきたいことがあります」

「なんでしょうか」

「それは、勝手に離れないことです。
ーー そして、時間が止まることです」

「メリウスさん、時間停止ですか」

「はい、そうです。
ーー 異世界へのトンネルを抜けた瞬間に、こちらの世界の時間が停止します。
ーー 戻られた時のタイムラグ防止のセキュリティーとお考えください」

「そのトンネルが止めているのですか」

「トンネルは、中で枝分かれしています。
ーー 私たちは次元トンネルとか次元空間と呼んでいます」

 メリウスの言葉を聞いている時、南香織が戻って来た。
「隼人さん、明日のロケ中止の連絡でした。
ーー 次以降は追って通知と制作担当者が言っていました」

「香織、ありがとう。
ーー みんなにメールで連絡して上げてくれないか」

「分かりました。早速」

 助手の南は小金崎の指示を受け、別荘の中に消えた。



 ランティス王子が大声を上げ叫んだ。
「メリウスさん、大変です。
ーー 夜空から黒い棒が三本降りています」

「それ竜巻ですが、こっち側には来ません」

「竜巻というんですね」

「ランティス王子、よく見つけるわね」

「玲子先生、僕たち双子は、頭が良くありませんが
ーー 視力なら、めちゃくちゃ良いのです」

「どのくらいですか」

「二くらいとか」

「ランティス王子、それは、あまり褒められないのよ」

「なんで」

「高齢者になった時、老眼になりやすいと聞くわ」

「先生、知りませんでした」

「まあ、それでも羨ましいわね」

「先生、海のうねりが荒々しくなって来ました」

「あら、それは高波よ」

 小金崎監督がバルコニーにいる玲子たちに声を掛けた。
「大分、風も出て来ました。
ーー みなさん、中に入り食事にしませんか」



 ダイニングキッチンに移動して大きなテーブルの席についた玲子たちに、家政婦が冷えた白ワインを運んで来た。
 ワイン好きのルシアとコットン姉妹の瞳が輝いている。

「コットン姉さん、白ワインよ」

「そうね、ルシアの大好きな白ね」

 優翔玲子ゆうがれいこ小金崎隼人こがねざきはやとの隣の席で昔の同級生の早乙女沙織さおとめさおりの間の席を選んだ。
 婚約者の南香織、小金崎、玲子、沙織、零が並び、テーブルの反対側には、メリウス、ルシア、コットン、ランティス、ティラミスが順に座っている。

 真っ白なテーブルクロスの上には、白ワインが三本置かれ、バスケットにフランスパンが用意されいた。
家政婦がエプロン姿で、カマンベールチーズとサラダを運んでテーブルに並べた。

「小金崎さん、あとはお肉にしますか。
ーー それとも、お魚にしますか」

「山女さん、あなたなら、どれがいいですか」

 家政婦の山女京子やまめきょうこは、躊躇いがちに小金崎に言った。

「私は、お魚派なので、
ーー お刺身が好きですがワインとの食べ合わせが・・・・・・ 」

「じゃあ、山女さん、日本酒なら食べ合わせは、大丈夫ですか」

「はい、同じ醸造酒ですし、日本酒はライスワインなので」

 三十代でふくよかな体型の山女は大きな胸を揺らしながら、キッチンのワインセラーから新潟県の地酒の一升瓶を抱えて運んで来た。

「小金崎さん、良く冷えていますので」

「ありがとう、山女さん、君も席に着いて食事にしてください」

「いつも、ありがとうございます」

「君のお陰で、今晩のディナーが楽しめるのだから、礼を言うのは僕の方だよ」



「沙織、小金崎監督って何者ですか」
玲子が小声で言った。

菱田ひしだ財閥の御曹司と聞いているわ」

「そうでしょう。芸術系って、そういう人が多いわね」

「玲子さん、僕は、みなさんが思うほどじゃありませんよ」
小金崎が言った。

「隼人さんの感覚と庶民の感覚はズレているのよ」

「香織、そうかな」

「そうよ」


 小金崎隼人は山女京子を呼び寄せて言った。
「僕と南と早乙女の三人は、しばらく、ここを離れます」

「どのくらいですか」

 山女の言葉をメリウスが遮る。

「山女さん、大丈夫です。
ーー 小金崎さんも、南さんも、早乙女さんも、直ぐに戻りますから」

「メリウスさん、それはさっきの説明の続きですか」
小金崎だった。

「はい、もちろん、続きです。
ーー こちらの時間は動きません」

 小金崎は腕組みをして、しばらく目を閉じて考えた。

「メリウスさん、僕の頭では、さっぱりわからないのですが」

「大丈夫です。異世界の扉に入れば分かりますから」

「なるほど、“案ずるより産むが易し” か・・・・・・ 」
小金崎は呟くとメリウスに尋ねた。

「撮影機材とか持って行けますか」

「小金崎さん、電力システムが違うので、多分難しいかと思いますが」

「じゃあ、電池パックのデジタルカメラなら大丈夫ですね」

「果たして、波長が合いますかね。
ーー 再生しても映らないかもと言う意味です」

「じゃあ、物語を書くしかありませんね」
小金崎は、真っ赤なデザインのシャーペンと小さなメモ帳を取り出しながら言った。

「小金崎さんのしたいことは、分かりますが
ーー これは大声では言えないことです」

「フィクションなら問題ありませんね」

 メリウスは小金崎が我儘で妥協しない性格の持ち主と知ってルシアを見た。

「メリウスさん、問題ないわ。私たち姉妹と変わらないわ」

「ルシアさまが、そういうなら私は王女に従うだけでございます」

 小金崎の隣で聞いていた助手で婚約者の南が口を押さえて驚く。

「ルシアさまって、王女なのですか」
南は、玲子に尋ねた。

「ルシアさまは第二王女、コットンさまが第一王女です」

 南は玲子の言葉に驚きを隠せない。



 メリウスがルシアとコットンに提案した。
「家政婦の山女京子さんも、ご一緒していただきたいのですが」

「メリウスさん、私は問題ないわ。
ーー コットン姉さんは」

「私もメリウスさんの判断に従うだけよ」

ルシアとコットンは顔を合わせながら薄笑いを浮べた。

「ルシア、日本のお友達が来ると言うことは、また帰るのよね」

 コットンの言葉に、ルシアは姉の意図を感じて手を叩いた。

「どうしましょう、コットンお姉さま」



 小金崎隼人が山女京子の席に行って、メリウスの言葉を伝える。

「小金崎さん、私は家政婦ですが」

「僕は、君がいてくれた方が安心できます」

「ありがとうございます。
ーー それなら、南さんや早乙女さんとご一緒します」

「嬉しいよ。山女さん、ありがとう。
ーー じゃあ、明日にしましょう」



 メリウスが延期を小金崎に伝えた。
「天候回復を待ってにしましょう」

「どうしてですか」

「戻った時、嵐の中じゃ拙いですから」

 小金崎はメリウスの意図を汲み取り頷く。


 海に雷が落ち、水面が発光して浮かび上がっていた。
風が別荘の窓や壁を激しく叩いている。

「今夜が峠ですね。
ーー この別荘は頑丈なので心配ありませんので」
 小金崎隼人の説明も風の音に掻き消された。

「じゃあ、メリウスさん、嵐のあとで」

「はい」
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