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プロローグ 始まりは落下中

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俺の名前は、六苑寺 煉瓦ロクオンジ レンガ

由緒ある六苑寺家の一人娘であった母親が、お堅い両親、親族一同全力の制止を振り切って付けた名前だ。俺にとって大切な名前だ。



そんな俺は、今。


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「おいーー聞ーるか!聞こえーの!ーーガ!?」

おっさんの声が聞こえる、頭の中に。直接。

だが悲しいかな、そんな事態も今はそれほど驚いていられない。






落下してんだ。それも物凄いスピードで。





風圧で息がし辛い。転生前を含めても初スカイダイビングが、よもやこんな形で経験する事になろうとは。


「うわっっぷぅはっ!」

白いローブが顔に纏わりつくが、なんとか振り払う。仰向け方向でバランスが取れてきた所でチラリと上空を見た。


太陽の少し右に陰影をつくる大きな三日月状の浮遊島が見えた。元は大きな円形だったはずだ。




形を変えたその島は、浮遊都市パラネラ。


転生者の召喚される転移ゲート「転移魔法陣」と最初に転生後教育を受ける「パラネラ法学院」が世界に唯一存在する、白い壁と赤茶色の屋根建物群が紺碧の空に映えるキレイな都市だった。




すぐ横を巨大な石塊がうなり声をあげて落下していく。いくつかの破片同士が激突して砕け散り、更にあたりに四散していく。

「うおぁぁぁぁぁぁっっ!!」

「いやぁぁぁぁっ!」

無数の叫び声。

落下しているのは自分だけでは無かった。それこそ数百人が、高度何千メートルクラスから投げ出され、あるいは何かにしがみ付きながら、落下している。


ゴオオオオォォォッッ!!!!

刹那、3mはあろうかと言う大きさの火球が無数に上空より降り注ぐ。
幾つかは辺りを落下中の石塊に着弾、同時にゴウッと炎が膨張し周囲を焔の嵐で焼き尽くす

恐らくはその敵意はオレに向けられたものだ。

必死確実の高度から絶賛落下中の人間に向かってなんちゅう追い討ちだ。

後から続いていくつもの火球が降ってくる。

その時、上空から落下してくる石塊を見た。

何処かの家のテラスなのか、立派な手摺にしがみ付いた人影が見える。白いローブ、、、ん、女の子?


火球が遂にオレの直上を捉えた、一直線に目掛けて落ちてくる!


両腕を前に伸ばし、掌を開く!ハッと短い気合いの後に紫色の粒子が掌から腕にかけての周りにキラキラと出現したかと思うと一気にその輝きを増す!


ーー頑張れオレ!練習通り、、やれば出来る子!ーー


火球が直撃する瞬間、紫色の粒子が膨張し火球を包み込み、それを右手でいなす様に、、、ぃぃぃいい!?

「って、なんだよこの密度っ!」


--転移(とば)しきれないっ!--

右腕がジュゥッという嫌な音を立てて変色し始めた所で紫色の粒子がパァンと高い音を立てて四散、火球は右方向へ弾ける様に逸れた。と、同時に反動で身体が逆方向に飛ばされる!


目の前に迫ってくるのは、さっき見たテラスの立派な手摺。と、しがみ付いたローブの人影。

ずどんっっ!「ぐぅっっ!」


熱傷で疼く右腕の痛みを食いしばり、なんとか手摺にしがみ付く事が出来た。

見る間に近づいて来た、白い濃厚な雲に突入。
冷たっっ!!


「聞こえておるか?聞こえておるのかセンカ!?」


ーーおっさん、名前変わってんじゃねぇかっ!!ーー


「聞こえてるよ!!レンガだっ!あ、雲抜けた。海!?」

途端に海、世界が広く見渡せる。真下には小さな島らしきものも。遠くに見えるのは大陸らしい陸地。


「わかっておるな!助かるにはベクトルも含めた相互転移しかなーーーー」


最後は聞こえなかったが、オレと考えてる事と同じだろ?分かってるよ、それしか無いだろうけど。


それ、結構厳しい状況になりつつあるんだよなー。



ついさっき、立派な手摺の同居人になったローブの人影。




赤毛の髪のツインテールが暴風に揺らしながら、必死に手摺にしがみ付く可愛らしい女の子で。




その子がいつの間にか側面に、かなりの距離で肉薄してて。



透明感のある白い肌、細い首筋から鎖骨に至る美の曲線に瞬時に目を走らせ。



その隠し切れない胸元の双丘を押し込んだ白い革製のブレストアーマーには。




ーー「正教徒騎士団」の双剣と杖の紋章ーー




・・多分、さっきの火球はこの子の仕業か。

魔法の密度が距離に依存する事を考えれば、恐らく落下しながら発動した事になる。この状況に至ってなお、オレにトドメを刺さんとする心意気に感心するよ。


ただ口を真一文字に噤んで、長い睫毛のブラウン掛かった瞳に涙を溜めて、真っ直ぐオレの目を見てくる。

その間も両手はしっかり手摺につかまったままだ。

ブレストアーマーの腰から下は、ライトプレートのスカート状のウエストアーマーで、暴風の中捲り上がってしまっているが、膝までスパッツの様なズボンを履いている。

胸部とお揃いの白いなめし皮のブーツの底が仄かに光っているのは、落下中の石塊テラスに吸着魔法で身体を固定しているからだ。


おっさんには見えてないんだろうな、この状況。


しかし、攻撃魔法の発動の気配は無い。真っ直ぐオレの目を見てくる。


その間も両手はしっかり手摺につかまったままだ。



ん、、、?


と、いうかこの子。


まさか「触媒」落としたんじゃね?



「、、、、した。」




ん?



「づえ」



ん?



「おどしだの」グズッ




「やはりかぁっっ!!って、あーやばい下見えてきた。島・・緑だし、森、山ぁぁぁぁっっっ!!!!」




「いやぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」



ぇぁぁぁぁぁぁあああああああっっっ!



ぉぉぉぉ、、ぉぉ



、、その後輝いた紫色の「転移粒子ネオン」が、人々に希望の紫光と呼ばれるのは、もう少し後の話。
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