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第2話 豚の生姜焼きと転移

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「ようこそ、転移者のキミよ。自由と探究者の街、浮遊都市パラネラへ。」

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オスタにそう言われてから、一週間。






カランカランと木の扉に付けられた鳴り物が音を立てて来客を知らせる。

「ルミナさーん!豚の生姜焼き定食ねー!キャベツ大盛りで。ご飯も。」

カウンター越しに男性客と話していた栗色の髪の女性が,声に気が付いて愛らしい笑顔で答える。

「はーい!レンガちゃん、ソレ好きだねー!角の席空いてるから座ってー!」

「あーい」

「おお?レンガよぅ、おめぇ今日は早いじゃねえか!」

「カスリのオッチャン、飲み過ぎるとまた屋根から落ちるぞ?」

賑わう店内の人の間を慣れた様子ですり抜け、見知った様子の職人風の男と会話を交わしながら角の席に座ると、ちょうどルミナと呼ばれた女性が冷たい水の入ったコップをレンガの前に置いた。

「もう、、どんだけパラネラに馴染んでんのよ。。たいがいの人は、しばらく部屋から出られないぐらいらしいわよ。」

「馴染みやすい街ですからね、パラネラは。オスタのおっさんと、ルミナさんには感謝してますよ、ホント。不自由さは、今の所お小遣いが少ない事と、かわいい彼女がいない事ぐらいしか感じてません。」

「残念ねーそこに関しては力になれそうもないわね。」

この街では珍しい鳶色の瞳で可愛らしくウインクをして、ルミナさんはキッチンへ戻って行った。




この町、いやこの世界に来たあの日。

転移後、初日は転移理学者とか言う立場のオスタのおっさんと共に、転移魔法陣のある大聖堂内にある大部屋に行き、そこで転移前の状況確認が行われた。その間も物々しい警護兵が部屋の四隅から警戒を続けていたのが印象的だった。

調査が長時間に渡った為、さすがに疲労困憊だったオレにおっさんが「うまい店に連れてってやろう」と連れて来られたのが、今いる「ヨウラン亭」。

最初に食べた「ヨウランスペシャルセット」が衝撃的で、豚肉の味付け、キャベツの千切り、ごはんと味噌汁の付いた「豚の生姜焼き定食」だった。

2日目以降からは、転移という現象についてと、この世界で生活する上で必要な事を学ぶ事になった。

まず驚いたのは、こちらの世界では定期的な周期で発生する現象として世界中で認知されている事。300年程前から約10年おきに、全世界4ヶ所にある転移魔方陣からランダムに発生。一人の時もあれば、複数人出現する事も。

発生する際の状況としては、転移魔方陣の発光、何処からともなく聞こえる大合唱と、オレが向こうの世界で体験したのと同じ状況がこちら側でも起こっていたのだが、その期間は転移から約2~3日前から発生しているらしい。

こちらの世界では、300年も前から発生している現象という事で研究も進んでいるらしいが、発生条件や根本的な原因は分かって無い。ただ、転移者が必ず七大属性魔法(火、水、金、地、木、天、冥)のいずれかを転移時に付与される事、更にその力はこの世界においても極大クラスの能力が付与されている事が確認されている。

多くの転移者は転移直後はその状況に混乱し、その付与能力の極大解放状態で転移出現するケースが見受けられるため、オレの転移直後に厳重警戒の魔法装甲フル装備一個小隊がお出迎えしてくれた理由はそこから来たものだった。

ゆえに、オレの転移の様子はかつて前例が無いほど穏やかで、安定した状態での術式完了であった為、逆にその後の状況確認の時まで警戒されてしまった。

そして転移後、この世界から元の世界への逆転移はこの300年の間成功事例は無く、転移者はひとまずこちらの世界で生活をするしか無いのだが、全く予備知識もツテも無い転移者が突然生活をしていく事は困難な為、各転移魔法陣の存在する都市には「法学院(ほうがくいん)」と言うあちらの世界でいう大学院の様な所へ通いながら、この世界に関する情報共有と生活に必要な教育、また生活環境を提供する取り決めが都市・国家間で成されているらしい。

この世界での転移者への待遇は、他の一般市民レベルよりかなり優遇されており、給金はもとより法都(ほうと)という中枢への立ち入り権や、蔵書等の閲覧、自身の研究への特権融資など、下手な軍の上層部より良いぐらいである。何故そこまでの権利が与えられるかというと、、、、

「はい、レンガお待たせーーー!ヨウランスペシャルよ!」
大盛りご飯とみそ汁、そしてキャベツ大盛りの「豚の生姜焼き(ヨウランスペシャルセット)」の大皿が乗った木製のプレートが、勢いよくカウンターに置かれる。

「これを片手で持ってくる筋力は並み大抵では「うっさい!!黙って食べなさい!!!」」

喰い気味に怒られてしまった。まあルミナさんの細腕の筋力値の矛盾に関しては、またの機会に考えよう。


実は転移者への特権待遇に関しては、この「ヨウランスペシャルセット」とも関わりが深い。


オレが繰り返し言葉にしている「豚の生姜焼き」ことヨウランスペシャルだが、今から約30年前の転移者「ヒムカ・サチコ」と言う50代の女性によって考案されたメニューである。さらに言ってしまえば、ヨウラン亭の初代店主でもある。名前から分かる通り、明らかに日本人である。

後から報告書を閲覧した際に確認出来たが、彼女は大正時代ごろから転移してきており、転移の時間軸は現代とは必ずしも一致していない事が分かった。ヒムカ・サチコ氏はあちらの世界で料理人見習いをしていたらしく、色々なメニューをこちらの世界に提供し、中でも「和食」の文化は4つの転移魔法陣都市を見ても、このパラネラだけであり、他の都市からわざわざ食べに来る食の旅人も珍しく無いそうだ。

この30年でこの世界の食材に合わせたアレンジが重ねられ、和食としての原型を留めているメニューは少なくなってしまっていたが、この「豚の生姜焼き」だけはルミナさんを始めとするヨウラン亭の関係者の熱意によって、現在まで当初のレシピが頑なに守られている。。。そうだ。

まあ、厳密に言うと使っている肉も犬モドキの獣だったり、生姜風調味料の原料も良く分からん木の実と謎の赤い液体だったりするが。

と、まあサチコ氏の功績は各種食文化の提供とその継承であった訳だが、その他の転移者の中には化学、製鉄、農業、と数々のこの世界の分野に多大な影響を与えてきた人物も少なくなく、そういった意味合いからも重宝されているらしい。

もちろん、極大な魔法能力を買われて軍に身を寄せる転移者も、その技術を転用するべく暗躍している組織も存在する。良識ある転移者を世に送り出す意味も込めて、各地の法学院は教育プログラムを組み、必要な知識と力を持つ責任を説いているんだ!と、オスタのおっさんが熱のこもった講義をオレにしてくれた。


「しかし、こっちの世界に来てまで勉強する事になるとは、、、。」
モシャモシャとキャベツを生姜焼きモドキと一緒に頬張りながら溜息をついた。

「えーーーーいいじゃない!私も法学院で勉強したかったのにぃ!」隣りのテーブルを片付けながら、ルミナさんが頬を膨らませる。どうしてそんな顔でもカワイイのか。

「ルミナさんは勉強しなくてもいいじゃない、美味しい料理が作れるんだから。」

「それとこれとは別ですーー!あーあ、こんなにカワイイ私が毎日こき使われて可哀そうって思わない?」

「自分でカワイイって言うあたりがもうムリ。」

「飯抜きね」「マジすんません」ルミナさんはヤル時はヤル。即断で謝るのが正解だ。

「いやいや、ルミナちゃんはカワイイじゃねぇかよレンガよぅ!」

「カスリのおっちゃん、、、火に油を注ぐんじゃねぇよぅ、、。」

カスリのおっちゃんは大工の棟梁だそうだ、一昨日二日酔いで大聖堂の西塔の補修工事中に、屋根から落ちて奇跡的に通り掛かった法術士の人に浮遊の魔法で助けて貰ったのは既にパラネラ中が知ってる。

でもなんか憎めないこのキャラと、その建築技術の高さから人望を集め、おっちゃんの立ち上げた建築ギルド「楔(くさび)」はパラネラのみならず、各国からも注目されている。

「やっぱり分かる!?カスリさんたら正直なんだから!」

切り替えはや!

「分かるよールミナちゃんあってのヨウラン亭だからなぁ!そうだろうお前ら!」

「「「「おおおっっっ!!!」」」

こ、これはルミナ親衛隊か!?店内の8割が賛同の言葉を口ぐちに叫んでいる!

て、敵に回したくないな。に、してもだ、、、

「おいおい、カスリのおっちゃん。今日はまた酔ってるな、飲みすぎじゃないのか?」
「るせーレンガ。万年研究生に言われたかねえぞ!」

「そ・れ・を・言うなっっっ!」バシッ!と手でおっちゃんの頭をハタく。
おっちゃんもそれを気にする事もなく「うるせー」と机に突っ伏してしまった。

普段ならそんな事を言わないカスリのおっちゃんと、今日の飲み方に何か引っかかるものを感じながらルミナさんに目線を移すと、同じ事を考えていたのかこちらを見ていた。

「どうしたのかしらね、カスリさん、、?そういえば西側の塔の補修工事に入ってから、何かピリピリしてるみたい。」

「西側の塔、、、。」

オレの転移して来た魔法陣のある大聖堂の西側に立つ、それなりに古い石造りの塔だ。確か聞いているのは中にはパラネラ法都にある蔵書回廊で入りきらなかった書物・蔵書類を保管している施設だったはずだ。そこまで重要な施設ではないが、最近塔の壁面装飾の部分が年月の為か破損が目立ち始めた為、補修工事を行うらしいと聞いた事がある。

「レンガちゃんだって、なりたくて万年研究生になってるわけじゃないもんね?」

「いや、すでに万年研究生になってる形で聞いてるよね?」

「万年でも億年でも研究生、結構じゃねぇか!」ガバッっと身を起こしたカスリのおっちゃん。

「大丈夫?カスリさん。今日はもうこれくらいにしといた方はいいわよ。」

「そうだな、なんか疲れてんじゃないか?おっちゃん。そのまま帰るか、どっかでキレイな姉ちゃんにヨシヨシして貰える所によって帰んな「何処すすめてんのよっっっ!」」ガスっとメニュー表の角が刺さる。

「確かに今日はちょっと飲みすぎたか、、、。まあ美人に心配かけちゃ悪いしな、今日は大人しく帰って寝るかよぅ。。」

「やだ、美人なんて!レンガにもよく分かるようにどの辺が美人なのか説明してやって!」

楽しそうに笑うルミナさんが、オレの方を向いたその時、

「この辺が特に美人だ、、、なっと!」

ルミナさんの薄緑のエプロンの脇腹にカスリのおっちゃんが手を当てたと思ったら、そのまま上に滑らせ、エプロンの上からでも分かる豊な胸の膨らみの始まりからその形を歪めながら更に上昇、その頂点とおぼしき場所を指で弾いた。

約0.5秒の沈黙。

カランカランと数時間前にオレが鳴らした鳴り物共々、ヨウラン亭の木の扉が豪風と共に吹き飛んだ。

通りを行く人々は見たはずだ、扉から暴風と一緒に中から飛び出してきたカスリのおっちゃんと、

壮絶に回転しながら道に数回バウンドして壁に打ち付けられる、巻き添えのオレを。

ルミナさんは、パラネラでも随一の「天」属性持ちの風術使いでした。。。
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