Our First−Last Love

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なめらかなキータッチでリズムを刻んでいた指を止め、メールの送信ボタンをクリックする。画面右下の時刻は午後5時を示していた。

私、里宮悠里(さとみや ゆうり)は大手商社の海外事業部・欧州一課で事務員をしている。とはいえ、規則正しい8時5時勤務。一般職は残業が当たり前の課ではあるが、私は月末でもない限り定時に退社できる。
そんな社会人生活も5年目だ。

欧州一課は、主にヨーロッパの食品を扱う課だ。サマータイムの終わった11月初めの今、日本の夕方5時といえば欧州時間の朝9時、欧州はまさにゆっくりとその就業を開始し始めたといったところだ。一般職の残業が多いのも頷ける。

英語やイタリア語が飛び交う通路を抜け、オフィスの上座に位置する課長の元へ足を向ける。その課長も、電話中のようで、私と目があうと、電話を耳に当てたまま手を振って合図する。

「今日も特に頼むこともないし、お疲れ様」といったところだ。
私は課長と目を合わせたまま、ゆっくり会釈するとロッカールームに向かった。

ロッカールームでは、私と同じ様な事務員が美味しいイタリアンやら、今夜の合コン、この冬流行りのモテリップの話などで盛り上がっていた。
かくいう私はこのロッカールームの猥談で今どき女子の勉強をさせてもらっている。

コートに手を通し終えたところで、ロッカーの角から同期入社で2課配属の佐々野梨香(ささの りか)が足早に姿を現したかと思えば、グッと間合いを詰められロッカーの扉と梨香に挟まれる状態になる。


「悠里っち!!今晩空いてない??プロジェクト本部の人と合コンなんだけど、急に一人女の子が足りなくなってさぁーーー!!ほら、悠里っち、クールビューティーだからさぁー!私とタッグでプリティー&クールでいい感じに人気が分散するじゃん?合コン一緒に行ってくれないかなぁ?」

梨香は明るい性格で、なんとなく妹にも通ずる人懐っこさもあり、嫌いではない。人付き合いの悪い私にもよく声を掛けてくれる。

周りに先輩がいるからか、大きい声ではないが、すごい早口と圧力で梨香がまくし立てる。本人が言う通り、女性誌から切り抜いたかのように流行の最先端に華奢な身を包み、クリっと大きな二重眼に流行りのリップが映える肉厚な唇、女の子らしい高い声の持ち主の彼女なら、合コンでもプリティー担当として男性の視線を集めるだろう。

私といえば、高めの身長に胸まである黒髪を後ろで一纏め、化粧っ気のない顔に目は切れ長気味の奥二重。お世辞にも流行に乗っているとは言えない数年前に買ったコート姿。ビューティーには異論が出るだろうが、クールな雰囲気であるとは自覚している。

「梨香ちゃん、ごめんね。これから用があって・・」

梨香の体を少し両手で押しやって、なんとかロッカーに施錠する。
ふくれっ面でこっちを見ている梨香の視線が痛い。


「もーー!!悠里っちは、いっつもそうじゃん!付き合い悪いんだからねー!プロジェクト本部、メガネ男子多いんだからね!メガネスーツとか最強なんだからぁ!どんどん出会い求めないと、行き遅れちゃうんだからぁー!」

こんなやり取りをこれまで何度繰り返しただろうか・・。ここまで付き合いの悪い同期に、懲りずにアタックしてくる梨香のメンタルの強さに驚きを隠せないが、同時にありがたみも感じている。

いわゆる一見ブリっ子タイプで、女の先輩からは厳しい目で見られている彼女だが、本当は私みたいなのも放っておけない優しいタイプなんじゃないかな。と思っている。

「次は絶対だからねー!」

梨香に後ろ髪を引かれながらも、なんとか足早にロッカールームから脱出することができた。

私だって、過去には人並みに胸をときめかせた事もあった。恋愛に興味が無いわけではない・・。

ふぅ・・と小さく息をつくと、足早に社屋の出口へ急いだ。


♦♦


ビルから駅に続く街路樹は、その装いを木枯らしに剥ぎ取られ貧相な姿になっており、頬に当たる風もより一層寒々しく感じる。
12月になると、その貧相な体にも、クリスマス仕様のLEDが飾り立てられ、いくらかは気が紛れる。

もうすぐ年末かぁ。
なんて事を考えながら、駅に向かう人混みの流れに逆らい、オフィス街のビルの茂みをより深く入っていく。

何度か角を曲がり、地下通路に下り、ビルの通用口のB1フロアからエレベーターに乗った。

16階まで登ったエレベーターが開き、商社の物ではないIDカードを通した扉を開けると、賑やかな声が聞こえてくる。

「お電話ありがとうございます。アムール化粧品でございます。」

ロッカースペースに荷物を置き、空いている席に座ると、ヘッドセットを装着する。

月から金の午後5時までは商社で事務を、その後5時半から8時半まではテレフォンオペレーターのダブルワーカーだ。

テレオペの時給は結構いい。周りにもダブルワーカーさんがたくさん働いているし、声だけの仕事なのでダブルワークをしているのがバレる可能性も少ない。

事務員なので、一般職には劣るが商社の給料は悪いわけではない。現に同じ給料の梨香は全身今どきコーティネートだし、週末は合コン三昧だ。私だって十分に今どき独身女子を楽しめるくらいの稼ぎはある。

ダブルワークをしてでもお金を貯めたい理由わけが私にはあった。

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