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第二章『冒険者新人研修会』
三十一話「意欲と仕事」②
しおりを挟む慌ただしく出ていったクリア達を見送り、シーファは書類を置いてデスクに腰掛けた。
「クリアが働く必要なんてねーのにな」
「……起きていたんですか」
ごろんとリオが寝返り、シーファへと顔を向ける。
フードを押し上げニヤリと笑った。
「クリアは銀月冒険者で、ギルドマスターという立場であるだけで価値がある。だろ?」
ギルドマスターはギルドの顔である。
ギルドマスターの知名度や評判、実力の高さはギルド自体のそれに直結すると言っても過言ではない。裏を返せば、ギルドマスターは冒険者としての実力や人気さえあれば、たとえギルドの運営に携わらずとも十分だということだ。
実際に、ギルドマスターが実力派の冒険者として積極的に依頼を受けるため忙しく、ギルドの管理まで手が回らないという理由でシーファのような事務員を雇っているギルドは多い。
クリアは若くして銀月級まで上り詰めた、若手の実力派冒険者として名が知れている。《新星の精鋭》もまた、クリアを筆頭に若く勢いのある冒険者が多い。
たとえシーファや世間が知るクリアの実績が、本人の認識とはズレたものであり、ユーリスによる多少の誇張も混ざっていたとしても……ギルドはこれまで順調に成長してきたのだから、クリアが気負って働こうとする必要はそれほど高くないのだ。
リオの言わんとすることは、シーファもよく分かっていた。
「えぇ、もちろんです。ですが……マスターは優秀な方なのに、働こうとしないことが勿体ないと思ってしまうんです。もちろん、私の知らないところでは銀月冒険者として色々なことをされているのでしょう。銀月級ですから。ただ、ギルドマスターの仕事だって、私がするよりもマスターがした方が断然効率も結果も良くなるので……」
前回の討伐作戦の時もそうだ、とシーファは振り返る。
人員の選定では、シーファはシュウを作戦に参加させることには反対だった。だが、結局彼はクリアが紹介した〈幸運を呼ぶ星〉との訓練を経て盗賊団幹部に勝つという成果を挙げた。
拠点の特定に至っては、作戦本部がクリアからの連絡を待っていた始末だ。遺跡下の拠点部分は発見と封鎖の必要があったため、その拠点を見つけるために計三回の討伐は必要不可欠だったのかもしれない。だが、クリアが初めから全面的に協力していればもっと作戦自体がスムーズに進んでいただろうと思う。
これらも、もしかしたら銀月冒険者による策略なのかもしれない。シーファや、ギルドメンバーの成長を促すために手助けをしないようにしているのかもしれない。
だとしても、シーファはいつ見ても執務室で寝てるかスイーツを食べるか遊んでいるだけのクリアを見ていると、その持て余された能力が勿体ないと感じてしまうのだった。
「それは言い訳じゃねーか?仕事を任されてるのはお前だろ?」
「……いえ、そもそも私の役割は、事務長兼秘書としてのギルドマスターやギルド運営の補佐です。あくまでも補佐ですからここまで仕事を任せられるのは職務内容から超過しているんですよ。仮にギルドの運営や事務全般を私に任せるということであれば職務内容の見直しと雇用の再契約をしていただきたいですし、そもそもあのサボっている時間を活用すればいいだけなので銀月冒険者として忙しいからという言い訳は通じませんよね?また、仕事を丸投げするのが私達の成長を見込んでのことであればそうとはっきり言っていただきたいです。どちらにせよ、仕事をサボっていいことにはなりません」
「…………」
リオはすっと目を背けた。
サボり仲間として、どこか焦っているように見えるクリアが快適なサボり生活を送れるように、その一番の障害となるであろうシーファを説得してみようとしたのだが……
(ごめんなクリア。おれじゃ力不足だ)
シーファは真面目だった。無理だ。
ど正論で返されたリオは早々に説得を諦めることにした。
「ところで、起きているなら出て行ってもらえますか?」
「…………」
リオはフードを深く被り直すと、黙って寝返りを打ちシーファに背を向けた。
「…………どうしてこう、優秀な人ほど怠惰になるのでしょうね……」
シーファは深いため息を吐くと、目の前の書類に向き直った。
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