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捨て駒としての人生

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クロエは、昔から兄が大好きだった。血は繋がっていないものの、兄はきちんと妹として、接してくれた。

叔母にとっては、いつでも捨てられる駒でしかなく、私自身を見てくれる人はいない。そんな中、兄ダミアンだけが、私を人間として見てくれた。

私は兄が大好きで、許されるならずっと一緒に生きていきたかった。

兄が、王女と婚約した時は、見える景色が色を無くした。私の大好きな兄が、私以外の人に優しく微笑みかけるのを見ることはできない、と思った。

叔母は言った。
「あれは保険よ。」と。

第一王子に何かあって、王女が生き残ってしまった場合の保険。

王女が女王になり、兄が王配になる未来。兄は私よりずっと頭が良いのに、表には出られないなんて、間違っている。

そう思っていたのに、兄はそれを望んでいなかった。

また、こちらはこんなにたくさんの犠牲を払っていると言うのに、叔母の息子である王子は、婚約者を放って平民の女に入れ込んでいた。さすが、猿以下の国王の息子だ。

公爵家を蔑ろにして、侯爵家を袖にして、幸せになれるなんて思わない方が良い。最悪、平民は殺されて王子は、幽閉されてしまう。幽閉ならまだしも、傀儡として、実権を侯爵家に握られたまま、人間として扱われないまま一生を終える。

国を大事に思うなら、絶対に許してはいけない。それだけはわかっている。

王女の暗殺も、叔母は考えていたみたいだが、私に命令が下されることはなかった。足がつかないように、どうにか工作を張り巡らせているのだろう。私が失敗したら、下手したら叔母の失脚に繋がってしまう。

王位継承権第三位は、伯爵家の後ろ盾を持つ側妃の第二王子。私の幼馴染で天敵だ。彼は私が叔母にさせられていることを知っていて、甘い言葉で、やめさせようとしてくる。私が逆らったと誤解されて、私が殺されても痛くも痒くもないからこそなのか、彼は善人の皮を被った獣だと思う。

彼は、優しい言葉を掛けてくるが、何も出来ない人だ。王位継承のゴタゴタが落ち着いたところで、トドメを刺したいタイプ。

漁夫の利を狙っている。だからこそ、私に構うし、優しい言葉を掛けてくるし、甘やかせてくれるのだ。そこに、浮ついた感情はない。

私だって同じ、標的に恋なんかしない。
真実の愛は、手段であり、餌でしかない。溺れて絡め取られて、どうする。

ふと、第二王子の、幼馴染の、顔を思い出して泣きそうになった。
「泣きたい時は泣いていいんだよ。クロエは人間なんだから。」

私が泣けるのは兄ダミアンと、幼馴染の前だけだ。
「居ないのに、泣けない。」

呟いた言葉は、空中に浮かんで、静かに闇に溶けていった。
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