公爵令嬢は被害者です

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エリオット②

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地下に続く階段はどこも似たり寄ったりだ。隣国で、既に何度も通い詰めた地下牢に酷似している。地下牢を作る職人は全く同じ人物なのか、と思うほどに。通い詰めると言っても、中には入ったことはない。ましてや、牢の中で過ごすなど。

クレイグは、私が入るや否や、わかりやすく顔を歪めた。やはり教育は進んでいないようだ。こう言う時に、感情を表にだすことの不利性について、知らないわけもあるまいに。

そう、例えばここにいるのが、リリアなら。取り乱すことなく平然と私をまっすぐに睨みつけてくるだろう。

王家が厳しすぎる教育係を次々に解雇したおかげで、我がアーレン公爵家は、優秀な家庭教師を一人一人に専属でつけることが出来た。家庭教師は確かに厳しかったが、音を上げるほどでは無い。社会に出るまでに身につけなければいけないことを効率よく得られる。そうでなければ、生き残れない。ましてや、ただ生きるだけではなく、多くの人の人生を預かり、幸せにしなくてはならない。生半可な勉強で足りるはずがない。

その昔、祖先が王族から臣籍降下する際にきちんと釘を刺していたのだが、すっかり忘れていたようだ。公爵家には、アーレンとヘイワーズ含め四つの公爵家があったが、既に二つは後継者不足で実質不在が続いている。

今の王家には、地図上にシミ程度にある小さな国一つ満足に維持できる力すら残っていない。このままだとヘイワーズ家も時間の問題だろう。

なぜ、こんなに後継者が不足なのか。それは、優秀な者達が、自国で働かず、外に出るからだ。国内で働けば良いと言うのは、極論でしかない。

国内で働いたところで頭打ちになるのは目に見えている。人は誰でも自身の能力に見あった報酬を求める。それが、我が国では不可能であるだけだ。王自体が無能でも、臣下が有能であればいくらでも巻き返せる国は多々存在する。だがそれは国自体が力を持っている場合に限る。

リスル国にはその国力がない。残念ながら、無能な王を掲げている場合ではない。即刻頭をすげ替えなければ、国土一体が更地になってしまう。


エリオットが一時帰国した理由は、リリアがクレイグを見限ったことだ。そして、事件の調査担当にライモンドが指名されたこと。リリアのことは、きっかけで、ライモンドのことがダメ押しとなった。

きっと、こいつらは彼の素性すら知らないに違いない。自国の醜聞を、みすみす他国に知らせるとは。

意外にもあの男は、この国をアーレン公爵に任せたい、と言った。帝国の第十三皇子である自分が王になるつもりはないと。

「全てを帝国が支配していたら、それこそ越権行為で、処罰されてしまいます。」

あくまでもクーデターにしたいらしい。エリオットが関われるのも正式に隣国の王配になる前の今しかない。

一体どこからどこまでが、奴の掌の上なのか。若干の忌々しさに蓋をしつつ、アホ面を晒している男に声をかける。


「出ろ。」

鍵を開けてやったのに、微動だにしない。拘束しようとすると、多少暴れたが、鍛錬をどれだけサボっているのか、簡単に捕まった。赤子の手を捻るくらい簡単に。

「鍛錬をサボりすぎだな。」

自分より一回り以上も小さい王子は、久々の再会に声も出ないらしい。

話によると、リリアには大層暴言を吐いたと聞いたのに、あれは間違いだったのか?

「妹に言いたいことがあったのだろう。代わりに聞いてやる。申せ。」

周囲を壁のような大男達で固められているのが、慣れないのか周りを見渡しては、小刻みに震えている。

「……ないのか?おかしいな。お前がリリアについて言いたいことがあったと私は聞いている。例えばひと月前に、自分が負った借金の補填をしろ、だったか。周りにバレないようにポケットマネーから出すように、とリリアに言ったらしいな。

リリアが拒否すると、何だったか、私の縁談を壊してやるだったか。アーレン公爵家に悪事を擦りつけて、……潰してやるだったか。リリアはお前にそんな能力などないと知っていたよ。当然だがな。

リリアの持ち物を勝手に持ち出し、売り払ったこともあったな。あれは、こちらで回収済みだ。ちなみに、あの中にいくつか、国宝が混じっていた。勿論、勝手に売るなんて言語道断。それだけで、死刑に値する。


お前は、自分の悪事が面白いぐらいに上手く行って喜んでいたみたいだが、全てこちらで把握している。

お前がいくら冤罪を訴えたところで、本当の罪の中にあれば、一緒に片付けられてしまう。良かったな。リリアより強いと言う名誉ある称号を与えられるぞ。

お前は知らないだろうが、妹はああ見えてまあまあ、肉体は鍛えられている。アーレン公爵家の娘だからな。普通のご令嬢ならいざ知らず、あのリリアより強いとなると、お前は、よっぽど酷い仕打ちを女性にしたとして、より罪は重くなるだろう。」

クレイグは口をパクパクさせて、涙目になっている。魚の真似か?

「ああ、そうだ。お前の恋人の平民、メラニーだったか。彼女は死んだ。帝国の皇子に毒を盛ったんだ。その場で、処刑されたよ。苦しむことはなかったから、良かったな。せめてもの情けだ。……お前はどちらが良い?すぐに送ってやる。答えろ。」


「え……死……メラ…が」

「うん?意外か?彼女の狙いはお前じゃなかったみたいだぞ?ライモンドの正体を知ってたみたいだしな。」

「まさか、毒を盛った相手って……」

「ああ、お前、知らなかっただろう?ライモンドは帝国の第十三皇子だよ。実質能力だけなら第一、第二に次いで第三位に相当するらしいぞ?

お前の恋人は、そのライモンドを部屋に連れ込み、媚薬を飲ませて、襲い掛かったところで、捕まった。証拠はまんま、残っていたから、その場で処刑だ。残念ながら、ライモンドには毒やらその手の薬は全く効かない。

効かないから、無事だから良いと言う内容ではないからな。

我が国の王子の近くにいる人物が、帝国の人間を害した、その事実がどういうことかわかるな?

彼女が勝手にやったことであっても、誰かに責任を取ってもらわなければならない。わかるよな?」

クレイグは、混乱しているらしく、未だに目は激しく動くのに、まともに話すことさえ出来ない。

エリオットは、自分が追い詰めておきながら、惨めだな、と幼馴染を見つめた。昔から相容れない相手ではあったが、それでも幼い頃は、彼の側近として一緒に国を守っていくつもりだったのに。

クレイグは涙と鼻水で、いっぱいの顔で、ぐずぐずと泣きくずれている。

「答えろ。そろそろ時間がない。お前の希望を叶えてやりたいんだ。」

そう、せめてもの情けだ。


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