公爵令嬢は被害者です

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義務と権力

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貴族の義務というほどではないが、一部の高位貴族には暗黙の了解として、修道院への寄付がある。ホップ伯爵家にしてもそれは同じで、また、伯爵家にはいつ暴れて全てを台無しにさせかねない気性の荒い娘が存在したのだから、尚のことだった。

穏やかな性格の伯爵は、娘を愛していたが、彼女の性格はどこから来たのか見当もつかない。彼の妻である母親もどちらかと言うと臆病な性格で、慎ましい。家にいる分には年頃の娘らしく内弁慶なのかと想像していたが、外でも態度は変わらなかった。

自分達が放任だったから、手がつけられなくなったのかと、思い今更ながら教育係を介すことなく親子の関わりを持ってみるが、何の変わりもない。

伯爵には辛い現実だった。血を分けた娘が誰に唆された訳でもなく可笑しな行動を繰り返すのだから。例え出来ぬ相談であっても、使用人や教師に罪を被ってほしい、と思ったことさえあった。伯爵の気持ちが伝わったのか、娘の教育係は彼女の態度に耐えかねて、何度も変わった。その内、彼女の噂が広まったせいか、門前払いを食わされるまでも、彼女のお守りは嫌がられた。

伯爵には理解できなかったことだが、彼女には彼女なりの理由があった。彼女は自分が貴族社会から拒絶されるだろう、と理解していた。貴族達は彼女とは真反対のお人形のような可愛らしく大人しい者を好む。彼女は自分がそうなりたいとは露ほども思っていなかった。寧ろ、自分の非を皆に認めて貰い、貴族社会から追放されたかった。

彼女が恋した男は平民だった。彼は貴族らしくない彼女を好んだし、面白がってくれた。彼女の完全なる片思いであったが、自分が平民にさえなれば、彼と一緒になれると思ってしまった。

実際には、そんなことはなかったのだが。

彼は、付き合いのあった男爵から、娘を勧められ、政略結婚をする。あれだけメアリーのことを貴族らしくなくて、魅力的だと褒めてくれたにも関わらず。彼の相手は貴族令嬢によくいる従順なお人形さんのようなタイプだった。

メアリーはそこで、自分がしていたことが無駄であると気がつけば良かったのだが、彼女の思いは別の方向へ向いてしまう。

彼は望まない結婚をさせられたと、男爵家に抗議したのだ。当然ながら的外れな指摘に男爵は困惑した。説明を、と伯爵に面会を求め、メアリーのしたことが明るみになったのである。伯爵はいよいよメアリーを修道院に入れることにした。彼女の希望通り、平民にしてもいいと思っていたが、意中の彼が男爵家に婿入りしたのだから、既に平民になりたいとは言わなくなっていて、首を縦には振らなかった。苦肉の策でしかなかった。

残念だったのは、伯爵が彼女を入れようとした第一候補の修道院は、貴族社会に染まれず被害者となった元貴族令嬢がたくさんいた為、どちらかと言えば加害者側の彼女は、断られたことだ。

だから、第二希望の修道院にも婉曲に拒否をされ、諦めの漂う中、どなたでもお気軽に、と書かれた曰く付きの修道院にメアリーを名を変えて送り込んだのだった。

いつかは迎えにいく、とは嘘でも言えず、憮然とした表情を浮かべたメアリーは馬車に乗せられて行く。

彼女を見送った者達が次々と安堵の表情を浮かべる中、伯爵夫妻だけが未だに心配の表情を浮かべていた。





修道院には様々な女性がいた。中でもメアリーに近い年齢の子達は仲良くなれそうもない。憎き男爵令嬢のような庇護を唆るタイプ。名をルーナといい、元は子爵令嬢だったらしい。

「貴女、親に捨てられたの?」
自分と同じ境遇かと思い、親近感が湧きかけたのに、彼女は涼しい顔で、まるで面白くない冗談でも聞いて無理にでも笑ってあげないといけないと思っているような作り物の笑顔でキッパリと否定した。

「いいえ、私は神様にお仕えしたかっただけよ?」

メアリーはルーナのような女性が嫌いだと思った。ルーナの後ろからまた若い女性が現れた。彼女はどうやら平民みたいだ。

「ええと、貴女。今日からの方よね。宜しく。私はミルアよ。ルーナと違い平民よ。まあ、ここでは貴族も何もないから、質問があったら、何でも聞いて。」

人好きのしそうな女の子。彼女ならうまく利用できるかしら。

「わたしはアメリよ。宜しくね。」

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