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商会内の噂
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伯爵家に来るのは初めてだったのか、見るもの全てに驚いているアンナ嬢は、平民だが、エミリア・エポックと同じ、女学園には特待生として、妻の一年後輩で卒業していた。
妻と初めて商会で会った時には、妻のファンであったと公言していたらしい彼女は、今回の妻の死でショックを受けているようには見えなかった。
彼女は事務員としては、有能で妻とは何の諍いもなかった筈だが、デイビスはアンナの態度に違和感を覚えた。
事務員の給料は決して安くはないが、贅沢ができるほどの高給ではない。ましてや此方は妻を亡くしたばかり。未だ喪に服す伯爵家には不釣り合いな煌びやかな装いで彼女は現れた。
「ええと、この後夜会でもあったのかな。それは申し訳ないことをしたね。日を改めても良かったのだが。」
言葉を濁すデイビスに機嫌良く、大丈夫です、と答えたアンナ嬢は、商会で何度か遭遇した際に感じた印象とは違い、デイビスに警戒心を抱かせた。
「伯爵夫人の件で、私がお力になれることがあるとお聞きしましたが、どのようなことでしょうか。」
デイビスがトマスから渡された手紙を彼女の前に差し出すと、彼女の笑顔が不意に歪む。
「これについて、君の意見を聞きたくてね。聞けば、妻の噂について積極的に広めていたと言うじゃないか。妻にはファンだ、何だと近づいておいて、自分の罪を擦りつける為の演技だったのかな?」
妻の噂については、商会内で出回っていたものの、多くの人間は、皆あまり信用していなかった。商会内ではリード氏に憧れる女性はたくさんいたし、そのことで奥方が嫉妬から言い争いに転じることなどは日常茶飯事だった。
彼は魅力的な男だが、愛しているのは奥方ただ一人。ただ彼の物腰の柔らかさから、夢を見る女性が後を絶たなかった。
アンナ嬢も、最初は妻のファンとして、商会に入り込んだものの、段々彼と仕事をする内に、彼の恋人になりたいと強く思うようになった。だが、彼は奥方以外の女性には全く隙を与えない。
自分も女学園を特待生で卒業したと言う自負があり、経営陣の打ち合わせを盗み聞きしたりしていたが、全くもって理解できない。高次元な会話が行われている。加えて、妻は、伯爵夫人としての顔も持つ。ファンだと言って、仲良くなっても、埋められない、開いていく差に彼女は嫉妬した。
妻から、居場所を取り上げてやろうと画策した。
「先輩が、誰か男の人に手紙を書いていたのは本当です。差出人が書いてなかったけれど、ちゃんと渡しましたし、返事もその場で渡されました。中までは読めなかったけれど、名前がなかったので、それをリード氏との秘密の関係みたいに偽装しただけです。」
「だが、筆跡が違うだろう。調べれば直ぐにわかる。」
「そうですけど。所詮は噂なんですし、面白ければ良いんですよ。二人が隠れて何かをやっていると言う状況を作れば、噂が信憑性を増すでしょう?」
「妻を陥れて、君に何の利益がある?」
「わかりません。私、頭が良くないので。例えば、貴方が怒って、商会の仕事を辞めさせる、とか。または離縁するとか。後はあのリード氏が離縁して、あの奥方がいなくなる、とか。今の状況が壊れてくれないかな、と。
そうしたら、彼女は働く女性としても、伯爵夫人としても失格になりますよね。それならば、私とあまり変わらなくなるかなって。」
アンナ嬢は着慣れないドレスの作法などは学ばなかったようで、はしたなくも力を抜いて座り、なーんだ、と力なく呟いた。
「私、伯爵家に初めて呼ばれたんですよ。奥様にはいくら催促しても、首を縦に振らなかったのに。奥様が亡くなって、伯爵様に会いたい、なんて言われたら勘違いしてしまうじゃないですか。」
デイビスは彼女の言い分に呆れてしまう。彼女はわかっていないようだが、平民の彼女が伯爵夫人を故意に貶めようとした場合は、不敬罪が適用されることもある。
「それで、君は妻を陥れようとしたことを認めるのだな?」
「もう商会長には話は通っているんですよね。なら隠しても仕方ありませんので、認めます。」
アンナ嬢はどうでもいいような態度で認めたが、デイビスの態度と、呼ばれた男達を見ると顔色が変わった。
やっと己の立場がわかったようだ。謝罪を繰り返すも、デイビスは他にも商会に関わる人物を呼んでいる。彼女にばかり時間を割いていられない。トマスには引き続き、その場にいてもらうことにして、何日かぶりに、彼らに会うデイビスの補助についてもらうことにした。
妻と初めて商会で会った時には、妻のファンであったと公言していたらしい彼女は、今回の妻の死でショックを受けているようには見えなかった。
彼女は事務員としては、有能で妻とは何の諍いもなかった筈だが、デイビスはアンナの態度に違和感を覚えた。
事務員の給料は決して安くはないが、贅沢ができるほどの高給ではない。ましてや此方は妻を亡くしたばかり。未だ喪に服す伯爵家には不釣り合いな煌びやかな装いで彼女は現れた。
「ええと、この後夜会でもあったのかな。それは申し訳ないことをしたね。日を改めても良かったのだが。」
言葉を濁すデイビスに機嫌良く、大丈夫です、と答えたアンナ嬢は、商会で何度か遭遇した際に感じた印象とは違い、デイビスに警戒心を抱かせた。
「伯爵夫人の件で、私がお力になれることがあるとお聞きしましたが、どのようなことでしょうか。」
デイビスがトマスから渡された手紙を彼女の前に差し出すと、彼女の笑顔が不意に歪む。
「これについて、君の意見を聞きたくてね。聞けば、妻の噂について積極的に広めていたと言うじゃないか。妻にはファンだ、何だと近づいておいて、自分の罪を擦りつける為の演技だったのかな?」
妻の噂については、商会内で出回っていたものの、多くの人間は、皆あまり信用していなかった。商会内ではリード氏に憧れる女性はたくさんいたし、そのことで奥方が嫉妬から言い争いに転じることなどは日常茶飯事だった。
彼は魅力的な男だが、愛しているのは奥方ただ一人。ただ彼の物腰の柔らかさから、夢を見る女性が後を絶たなかった。
アンナ嬢も、最初は妻のファンとして、商会に入り込んだものの、段々彼と仕事をする内に、彼の恋人になりたいと強く思うようになった。だが、彼は奥方以外の女性には全く隙を与えない。
自分も女学園を特待生で卒業したと言う自負があり、経営陣の打ち合わせを盗み聞きしたりしていたが、全くもって理解できない。高次元な会話が行われている。加えて、妻は、伯爵夫人としての顔も持つ。ファンだと言って、仲良くなっても、埋められない、開いていく差に彼女は嫉妬した。
妻から、居場所を取り上げてやろうと画策した。
「先輩が、誰か男の人に手紙を書いていたのは本当です。差出人が書いてなかったけれど、ちゃんと渡しましたし、返事もその場で渡されました。中までは読めなかったけれど、名前がなかったので、それをリード氏との秘密の関係みたいに偽装しただけです。」
「だが、筆跡が違うだろう。調べれば直ぐにわかる。」
「そうですけど。所詮は噂なんですし、面白ければ良いんですよ。二人が隠れて何かをやっていると言う状況を作れば、噂が信憑性を増すでしょう?」
「妻を陥れて、君に何の利益がある?」
「わかりません。私、頭が良くないので。例えば、貴方が怒って、商会の仕事を辞めさせる、とか。または離縁するとか。後はあのリード氏が離縁して、あの奥方がいなくなる、とか。今の状況が壊れてくれないかな、と。
そうしたら、彼女は働く女性としても、伯爵夫人としても失格になりますよね。それならば、私とあまり変わらなくなるかなって。」
アンナ嬢は着慣れないドレスの作法などは学ばなかったようで、はしたなくも力を抜いて座り、なーんだ、と力なく呟いた。
「私、伯爵家に初めて呼ばれたんですよ。奥様にはいくら催促しても、首を縦に振らなかったのに。奥様が亡くなって、伯爵様に会いたい、なんて言われたら勘違いしてしまうじゃないですか。」
デイビスは彼女の言い分に呆れてしまう。彼女はわかっていないようだが、平民の彼女が伯爵夫人を故意に貶めようとした場合は、不敬罪が適用されることもある。
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