伯爵夫人を殺したのは誰だ

商会内での立ち位置

アンナ嬢の話に出てきた手紙の相手は、筆跡を見る限り容易に想像はつく。シルバだ。彼には一度会った際に、日記の妻以外の筆跡が彼のものではない証明として、確認させて貰っている。彼の字はこれと言った癖のない、非常に読みやすい字だ。

そして、もう一つの筆跡についても、妻、いや、前世の妻の筆跡だと理解している。

アンナ嬢からは、一方的な感情しか向けられていないようだったことからも、妻から彼女には何も話していないのだろう。その判断は正解だ。


アンナ嬢が来る前に、デイビスはリード氏と奥方ヴィクトリアを邸に呼んでいた。一連の流れを確認する為だ。

彼らの事情はわかっているつもりだ。商会の従業員の中には貴族出身者や妻のような貴族もいるにはいるが、大多数は平民だ。平民達は、客が貴族なら仕事だと思って節度を保って接するが、相手が身内だと馴れ合いがちだ。それはそれで構わないのだが、身分がある以上、どこから身を滅ぼすかわからない為、元貴族令嬢のヴィクトリアが身を張って、彼ら平民に思い出させているのだ。

彼女の背後には子爵家がある。彼女曰く、あまり貴族の中では影響力などない、とのことだが、貴族は貴族。平民との間では、畏れるべき相手だ。

リード氏を狙う平民女性には、リード氏を奥方から奪おうとする者と、リード氏の愛人になり、奥方に寄生しようとする者がいる。前者は勿論、後者もヴィクトリアを敵にしては危ない立場であると何故わからないか、不思議だ。


働きたくて働く場所を探している人と、働きたくなくて、寄生できる先を探している人と。リード氏が選ぶのはどちらかなど、明白で。そもそも彼には奥方以外の選択肢などないのだから、余計な殺生を起こしたくないというのが本音だろう。

「正直、彼女の名前が出始めたのは、彼女が入ってすぐのことだったの。彼女は着飾らなくても見る人が見れば、貴族令嬢なのだけれど、彼女の働きぶりから平民には貴族として認識されなかったみたいなの。裕福な平民の娘みたいに思ったみたいね。最初は彼女が結婚していたことすら知られていなくて、何人かの男性が言い寄ってきたりしたこともあったみたい。

すげなく断られていたけど。結婚していることが周知されて、相手が伯爵であることがわかれば、今度は女性が大勢ケイトに近づいてきたわ。

その中には、あのアンナみたいに、彼女を理不尽に妬む者達もいたみたい。平民女性は平民の学校には入るのだけど、その次の高等院のような学校に入る人は少ないの。そう言うところは裕福な家の、男性が行く場所で、女性はいないのよ。

だから、貴族なら誰でも入れる貴族学園に入ってその後、独自の路線で働いている私のような貴族は許せても、優秀な人しか入れない女学園を卒業し、高等院まで出ているケイトに複雑な思いを抱いている従業員は多かったようよ。だから、明らかに嘘だとわかるアンナを誰も止めなかったのね。」

「でも、ケイトはそれを理解していたし、他の従業員を責めることなどはなかったわ。淡々と仕事をこなし、自分に出来ることを徐々に増やしていった。

彼女は、言ったんだ。

あの女性達が主人に興味を持たないようにしたいのです。あの人はそう言ったことは苦手なので。それに心配もかけたくないので。噂はこの商会より外には出せないようにしたいんです、と。」


リード氏は、妻が此方を気遣っていたと話したいみたいだが、デイビスは何となくそうではないと理解する。妻が気遣ったのは、女性達の方だ。自分の夫が根っからの貴族で、面倒な平民など処理して仕舞えば良いと、事も無げに言うのがわかっているのだ。その割に私から妻への愛は伝わっていないようだったので、妻は最後まで私がただ平民に冷たいだけの男に見えていたことだろう。