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勘違い
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ケイトの使っていた部屋はあの日からそのまま残されている。厳密にはケイトに付いていた侍女により整理整頓及び掃除がされた状態であるが、主人を失った部屋はいつ戻ってきてもいいぐらいの完璧な状態を保っていた。
部屋は、寝室と扉で繋がっており、遅くに寝る場合は、その扉から出入りをしていた。デイビスはその扉から彼女の部屋に入ることはない。夫婦なので構わないと思うのだが、何となくデリカシーが無い行為に見えて、遠慮していた。
だから、その通り道になら、何かが隠れているかもしれないと思い立ったのは、全くの思いつきであり、偶然だった。
本来なら絶対に使われないそこに自分が行くなんて、ケイトにだって予想外だったに違いない。だから、そこでもう一枚の多分本物の栞を見つけたことは、デイビスの気持ちを軽くも重くもした。
これはデイビスを信じてのことなのか、デイビス以外にこの仕掛けを見つけて欲しかったのか。落ち込むデイビスにアーサーは呆れている。
「夫の貴方以外にあの部屋に入れる方がいらっしゃるとお思いですか?」
暗に、ケイトの思惑は、夫にこれを見つけて貰うことだ、と言われたようで、デイビスは自分の面倒な性分を自覚して呆れた。
アーサーの仕事は、すぐに自信をなくす主人を宥めて、持ち上げて、やる気を起こさせることだ。
だが、そこには何もなかった。落胆するデイビスの目に入ったのは、その部屋に残されたレースのリボンだけ。リボンに何か手がかりがあるかと念入りに調べるも見れば見るほどただのリボンだった。
「あら、それは……」
侍女が不思議な顔で、リボンを見つめる。何か知っているのかと、問うと、言葉を濁しつつも、ずっと探していたものだと言う。
曰く、以前勤めていた侍女見習いの女性が邸の掃除中に落としたもので、父の形見のリボンだと、泣きそうになりながら探していたというのだ。
形見の品で、リボンなど、おかしいとは思わないが、もっと良いものを貰えば良いのに。と失礼なことを考えてしまった。
その見習いの侍女は、今は結婚して、男爵夫人になっているという。
「元々没落貴族の生まれでして、見習いをしていましたが、働き始めて数ヶ月で歳の離れた男爵様の後妻になることになったとかで、辞めてすぐの時はリボンが見つかれば教えて欲しいといっていましたが。」
「今でも、形見なら、教えてあげなければな。」
彼女の嫁ぎ先は、意外と伯爵領から近いところにあった。アーサーは自分が届けてくる、と一人で向かおうとしたが、彼女にも、ケイトについて聞いてみたかったデイビスは無理を言ってついて行った。
「帰ったら、仕事を片付けましょうね。」
残業が決定した瞬間だった。
「今更言っても詮無いことですが、男爵様も奥方もまだ王都からお戻りではないのではないですか?」
王都に行く気もなかったブラウン家当主とは異なり、その可能性は十分にある。
ならば、リボンを渡すだけになるが。
「それならそれで、お礼の手紙が届いた時にでも、聞いて見るさ。」
アーサーや侍女に届けてもらうと、お礼状まで届かない可能性がある。その場の話だけで終わってしまって、デイビスには何も関与できなくなる。それが嫌だから、わざわざ伯爵家当主が、向かったのだ。たかだか、リボンを一つ渡すためだけに。
やはり、というか、予想が当たったというか、案の定、まだ男爵夫妻は王都にいた。邸にいたのは、男爵の母に当たる前男爵夫人だけ。
前男爵夫人は訝しげにデイビスの登場を見つめている。
「わざわざ貴方が来られたことが仇になっているかもしれませんよ。」
アーサーは少し楽しそうな声色を隠そうともしない。
「どういう……」
「だから、伯爵の愛人なんではないか、とか。今頃頭の中は大変なことになっているんじゃないですか。」
デイビスは言葉を無くした。確かに、そういう勘違いを想定し忘れていた。
部屋は、寝室と扉で繋がっており、遅くに寝る場合は、その扉から出入りをしていた。デイビスはその扉から彼女の部屋に入ることはない。夫婦なので構わないと思うのだが、何となくデリカシーが無い行為に見えて、遠慮していた。
だから、その通り道になら、何かが隠れているかもしれないと思い立ったのは、全くの思いつきであり、偶然だった。
本来なら絶対に使われないそこに自分が行くなんて、ケイトにだって予想外だったに違いない。だから、そこでもう一枚の多分本物の栞を見つけたことは、デイビスの気持ちを軽くも重くもした。
これはデイビスを信じてのことなのか、デイビス以外にこの仕掛けを見つけて欲しかったのか。落ち込むデイビスにアーサーは呆れている。
「夫の貴方以外にあの部屋に入れる方がいらっしゃるとお思いですか?」
暗に、ケイトの思惑は、夫にこれを見つけて貰うことだ、と言われたようで、デイビスは自分の面倒な性分を自覚して呆れた。
アーサーの仕事は、すぐに自信をなくす主人を宥めて、持ち上げて、やる気を起こさせることだ。
だが、そこには何もなかった。落胆するデイビスの目に入ったのは、その部屋に残されたレースのリボンだけ。リボンに何か手がかりがあるかと念入りに調べるも見れば見るほどただのリボンだった。
「あら、それは……」
侍女が不思議な顔で、リボンを見つめる。何か知っているのかと、問うと、言葉を濁しつつも、ずっと探していたものだと言う。
曰く、以前勤めていた侍女見習いの女性が邸の掃除中に落としたもので、父の形見のリボンだと、泣きそうになりながら探していたというのだ。
形見の品で、リボンなど、おかしいとは思わないが、もっと良いものを貰えば良いのに。と失礼なことを考えてしまった。
その見習いの侍女は、今は結婚して、男爵夫人になっているという。
「元々没落貴族の生まれでして、見習いをしていましたが、働き始めて数ヶ月で歳の離れた男爵様の後妻になることになったとかで、辞めてすぐの時はリボンが見つかれば教えて欲しいといっていましたが。」
「今でも、形見なら、教えてあげなければな。」
彼女の嫁ぎ先は、意外と伯爵領から近いところにあった。アーサーは自分が届けてくる、と一人で向かおうとしたが、彼女にも、ケイトについて聞いてみたかったデイビスは無理を言ってついて行った。
「帰ったら、仕事を片付けましょうね。」
残業が決定した瞬間だった。
「今更言っても詮無いことですが、男爵様も奥方もまだ王都からお戻りではないのではないですか?」
王都に行く気もなかったブラウン家当主とは異なり、その可能性は十分にある。
ならば、リボンを渡すだけになるが。
「それならそれで、お礼の手紙が届いた時にでも、聞いて見るさ。」
アーサーや侍女に届けてもらうと、お礼状まで届かない可能性がある。その場の話だけで終わってしまって、デイビスには何も関与できなくなる。それが嫌だから、わざわざ伯爵家当主が、向かったのだ。たかだか、リボンを一つ渡すためだけに。
やはり、というか、予想が当たったというか、案の定、まだ男爵夫妻は王都にいた。邸にいたのは、男爵の母に当たる前男爵夫人だけ。
前男爵夫人は訝しげにデイビスの登場を見つめている。
「わざわざ貴方が来られたことが仇になっているかもしれませんよ。」
アーサーは少し楽しそうな声色を隠そうともしない。
「どういう……」
「だから、伯爵の愛人なんではないか、とか。今頃頭の中は大変なことになっているんじゃないですか。」
デイビスは言葉を無くした。確かに、そういう勘違いを想定し忘れていた。
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