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第7話

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 体中が痛くて何度も悲鳴を上げた気がする。追ってくるヒグマの恐怖もあった。体はひとつも動かせない。エドワードを探すが、その柔らかくて温かな体温に触れることはなかった。

 夢を見て、痛みに目を覚まし、そして叫んでまた眠る。そんな日々がどのくらい続いたのかわからない。しだいにわたしは、あたりの様子を感じるようになっていた。

 わたしは誰かに世話をされている。
 
 目も顔にも体にも包帯が巻かれ、毎日清潔なものに取り替えられた。驚くことに、ここは病院らしかった。わたしは人間の世界に戻ってきた。声を出そうとしても、かすれたものしか出ない。なんとかしゃべらなくては、妹の、あの子のところに行きたかった。エドワードの無事も確かめたかった。お父様の生活も心配だった。皆に会いたかった。

 やっとなんとか言葉を出せたのは、わたしがはっきりと病院だと認識してからまた何日も経ったときだった。相変わらず目はぼんやりとしか見えていなくてその看護婦の輪郭に、ひどくかすれた声で初めに尋ねたのはエドワードの安否だった。

「エド、ワードは、あの、キツネの子は、どこ?」

 看護婦は驚いた顔をした後で言った。

「ええ無事ですわ。あなたよりもずっと軽傷で、今は病院の外で飼われていますよ。エドワードと言うんですね? 昔姉とよく読んだ本を思い出します。ぴったりですわ」
「よか、った」
 
 本当によかった。強くて優しい子。わたしといたから人間に慣れてて、皆に愛されているんだ。
 それからわたしは病院の看護婦たちに感謝した。エドワードを助けてくれたこと、お金のないわたしを看病してくれたこと。
 その看護婦は首を振って微笑んだ様子だ。その優しい雰囲気にわたしは安らぎを覚える。まるでずっと知っている古くからの友人のようだ。

「この病院は修道院の中にあるのです。神様のもとに、人は誰しも平等ですわ。お金なんていただけません」

 立派な言葉に胸が熱くなる。姿はよく見えないけど心の綺麗な人だ。

「あなたは崖の下に落ちていたんです。通りがかった猟師が見つけてここまで運んでくださったのですが、一時は生死の境をさまよっておられましたわ。そう、その猟師の方がエドワードをここで飼うべきだと進言してくださったのです。そうした方があなたにもいいだろうからと」

 その人に、感謝しなければと思った。そして看護師は不思議そうに尋ねた。

「でも、一体、どうしてあのような場所にいたのです?」

 わたしは話すべきか迷った後で、言った。ここは修道院で、安全だと思ったからだ。だから自分の名と屋敷を追い出されたことを話した。

「まさかそんな! あり得ないですわ!!」

 看護婦は心から驚いた声を出す。驚きは分かるがそこまでの反応だろうか。しかし、次の言葉に仰天したのはわたしの方だった。

「お姉様!! ずっと探してたんですわ!!」
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