辺境伯はつれない妻を口説き落としたい

さくたろう

文字の大きさ
4 / 7

4 彼女は愛してくれなかった

しおりを挟む
 結局なんの進展もないまま、またひと月が経った。ということは、オレが処刑されるまでも、あとひと月しかないということだ。――いや、それどころか。

 エレノアはオレが死ぬより前に、処刑されたはずだ。だから期限は、ひと月よりも短い。
 彼女が死ぬのがいつ頃だったのか、まるで覚えていない。興味がなかった以前のオレを呪いたくなる。

 エレノアが死ぬなどと、許されないことだ。これほどまでにオレの心をかき乱しておいて、勝手に死ぬなど、許しはしない。

 だがオレの願望に反して、エレノアとの関係には、まるで変化がなかった。なかったどころか、後退しているような気さえする。
 このところ、話しかけても彼女はそっけないのだから。 

 なぜここまで頑なに、拒まれるのか理解できなかった。
 このままでは、同じことの繰り返しだ。 
 彼女は死に、オレも死ぬ。

 前の世界の朧気な記憶によると、ウィリアムは自身の婚約披露の食事会に愚かにもオレたち夫妻を招き(オレは行かなかったが)、逆上したエレノアに殺されかけるのだ。
 食事の席で毒を盛られて。

 前の世界と違うのは、食事会にオレも参加するということだった。
 
 そうだ、とオレは思った。
 
「そういえば、毒というものがあるだろう」

 苦し紛れだった。
 王都へと向かう馬車の中で、エレノアは顔を上げた。

「あれの効果は信用ならないらしいな。盛られた人間のほとんどは生き残っているようだ。人間というのは、案外強いな」

 はっはっは、とオレが笑うと、エレノアは無言のまま表情を曇らせていた。



 城に着くなり、エレノアは支度があるからと早々に姿を消してしまった。
 仕方なしに一人で城に入ると、途端に声をかけられる。

「兄上、お久しぶりです。もう二度と姿を現さないのかと思っていました。よくぞ来れたものですね」
 
 憎たらしやウィリアムめ。オレが王位継承権を放棄したから、第一位の座を手に入れたラッキーボーイ。
 腹の内は真っ黒の、昔からいけ好かない弟だ。
 にこやかに手を広げ、オレの肩を叩く。これではどっちが兄か、分からないではないか。

「お前こそ、厚顔無恥とはよく言ったものだな。自分の婚約パーティに、元婚約者を招くとは」

 ウィリアムは相変わらず笑みを崩さない。
 お前への復讐はオレが死を回避したら、後で思うさましてやるから、楽しみに待っておけよ。

 そして食事会が始められようとしていた。

 オレの復讐心をつゆ知らず、ウィリアムは自席に着く。隣に婚約者――名は忘れたが最近婚約をしたらしい――を伴って。エレノアの方が美人で素養もありそうだ。
 エレノアと婚約していたのもつい最近だというのに、節操のない奴め。

 兄弟だけあって、見た目は確かに似ている。オレの方がいい男であるのは間違いないが、ウィリアムもまあ、オレほどではないが容姿が整っていて、頭もさほど悪くない。
 
 にこやかに言葉を交わすウィリアムとその婚約者をぼーっと見つめていた。

 正直言って、何が起こるか分からない。以前この席に、オレはいなかったのだから。
 分かっていることは、エレノアがウィリアムに毒を盛ったということだ。オレが言ったことが、どれほど効果が出るだろうか。
 いざとなったらウィリアムの料理を全て床に落とそう。オレの評判も地に落ちるだろうが、命には代えられない。

 しかし、エレノアは遅い。
 もうすぐ開始時刻だというのに、未だ身支度に手間取っているのだろうか。あの女がそこいらの女と同じようにせっせと化粧をするとは思えないが。
 父上も苛立っている様子だ。シャーリーンもちらちらとオレを見る。オレはただ、肩をすくめてみせた。

 と、扉がようやく開く。
 そこには目が眩むほどに美しいオレの妻が立っていた。
 彼女を袖にしたウィリアムでさえ、目を細めじっと見つめていた。そして間抜けの極みのようなひとことを放つ。

「……誰だ?」

 失笑を禁じ得ない。

「誰とは何だ? エレノアだろう。美しすぎてわからなかったか?」

 オレが見立てたドレスで、事細かく指示をした髪型で現れた彼女は、この場にいる誰よりも輝いていたのだから、見違えるのも仕方あるまい。

 だが奇妙な反応をしたのは、ウィリアムだけではなかった。
 ガタリと音を立てながら立ち上がったのはシャーリーンだった。

「違うわ、彼女は――!」

 だがこの場で、最もおかしかったのは、エレノア自身だったろう。

「エレノア様の、痛みを知れ――!」

 そう叫ぶと、ギラリと光るナイフを握り、ウィリアム目がけて突進した。

 誰だって、同じことをしたと思う。
 妻が取り乱しているのに、何もしない男はいないだろう?
 いや、そんなのは後付けで、本当はただ、体が勝手に動いていただけだ。 

 気付けばオレは、エレノアをなだめるように抱きしめていた。

「ヒース、様……?」 

 彼女のスミレ色の目が見開かれる。

「腹が痛い」

 オレは、それだけ言った。

「腹が痛いぞ、エレノア」

 エレノアが握っていたナイフは、深々とオレの腹に突き刺さっていた。

「女がナイフなぞ、持っちゃだめだ。手でも切ったらどうするんだ? それに君には、もっと別のものが似合うと思う」

 きっと花とか、宝石とか。
 多分君は、そんなものじゃ喜ばないんだろうけど、やはり似合うと思うんだ。だって君は、誰よりも綺麗なのだから。

 だがそれを言葉にする前に、オレは床に倒れ込んだ。芋虫のように地を蠢く。

 毒の方がましだろうと思えるほどの激痛だった。
 彼女は復讐心を捨てられなかった。
 ウィリアムを、殺したいほど愛していた。
 オレをついに、愛してはくれなかったのだ。
 つくづくオレという人間は馬鹿だ。
 あれほど死にたくないと願っていたのにもかかわらず、ナイフをこの身に受けるとは。

 だってそうだろ?

 ウィリアムを殺したら、エレノアが処刑されてしまうじゃないか――。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました

ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!  フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!  ※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』  ……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。  彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。  しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!? ※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています

白い結婚のはずでしたが、いつの間にか選ぶ側になっていました

ふわふわ
恋愛
王太子アレクシオンとの婚約を、 「完璧すぎて可愛げがない」という理不尽な理由で破棄された 侯爵令嬢リオネッタ・ラーヴェンシュタイン。 涙を流しながらも、彼女の内心は静かだった。 ――これで、ようやく“選ばれる人生”から解放される。 新たに提示されたのは、冷徹無比と名高い公爵アレスト・グラーフとの 白い結婚という契約。 干渉せず、縛られず、期待もしない―― それは、リオネッタにとって理想的な条件だった。 しかし、穏やかな日々の中で、 彼女は少しずつ気づいていく。 誰かに価値を決められる人生ではなく、 自分で選び、立ち、並ぶという生き方に。 一方、彼女を切り捨てた王太子と王城は、 静かに、しかし確実に崩れていく。 これは、派手な復讐ではない。 何も奪わず、すべてを手に入れた令嬢の物語。

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』

鷹 綾
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間―― 目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。 そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。 一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。 選ばれる側から、選ぶ側へ。 これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。 --

白い結婚のはずでしたが、理屈で抗った結果すべて自分で詰ませました

鷹 綾
恋愛
「完璧すぎて可愛げがない」 そう言われて王太子から婚約破棄された公爵令嬢ノエリア・ヴァンローゼ。 ――ですが本人は、わざとらしい嘘泣きで 「よ、よ、よ、よ……遊びでしたのね!」 と大騒ぎしつつ、内心は完全に平常運転。 むしろ彼女の目的はただ一つ。 面倒な恋愛も政治的干渉も避け、平穏に生きること。 そのために選んだのは、冷徹で有能な公爵ヴァルデリオとの 「白い結婚」という、完璧に合理的な契約でした。 ――のはずが。 純潔アピール(本人は無自覚)、 排他的な“管理”(本人は合理的判断)、 堂々とした立ち振る舞い(本人は通常運転)。 すべてが「戦略」に見えてしまい、 気づけば周囲は完全包囲。 逃げ道は一つずつ消滅していきます。 本人だけが最後まで言い張ります。 「これは恋ではありませんわ。事故ですの!」 理屈で抗い、理屈で自滅し、 最終的に理屈ごと恋に敗北する―― 無自覚戦略無双ヒロインの、 白い結婚(予定)ラブコメディ。 婚約破棄ざまぁ × コメディ強め × 溺愛必至。 最後に負けるのは、世界ではなく――ヒロイン自身です。 -

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

処理中です...