100万回生きた悪役女王

さくたろう

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彼女は生き延び続ける

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「モニカ様。お勉強のお時間ですよ」

 なぜか彼は私の住む宮に出入りするようになった。暗殺者を殺した彼をお父様がえらく気に入り、大学を飛び級したという実績も買われ、私の家庭教師につけたのだ。

 ……どうして私が生き残ったのか、推論を立ててみた。きっと繰り返されたループの中、達成度が高まり、隠しキャラルートが解放されたに違いない。

 ゲームだと確か、モニカがオーウェンに一目惚れをして、十歳も年上の彼と半ば無理矢理婚約するのだ。それが破滅に至る道だとも知らずに――。

 彼と婚約したモニカは十五歳で王位に就き、王家の敵のみならず、顔が気に入らないだとかで家臣までギロチンにかける、史上最低のわがまま女王になるのだ。

 トゥルーエンドだとヒロインが女王を倒して終わる。バッドエンドだとヒロインは女王に殺されるが、ヒロインを愛するオーウェンによって女王もまた、殺される。

 つまり、私は死ぬ。

「最悪だわ」

「いえ、最高ですよ」

 私の勉強を見ていたオーウェンは言う。

「さすが王女さまですね。高等学院の問題まで解いてしまうなんて」

「当たり前よ。人生何周目だと思ってるの?」

 そう言うと、彼は不思議そうに笑った。

 彼の笑顔はちょっとした評判だ。
 人当たりも良く、地位も財産も十分に持っているのに、未だ独身で、国どころか世界中のご令嬢達から狙われている。

「言っておくけど、私はあなたに恋なんてしないわよ!」

「それは残念」

 余裕の表情で返された。

 だけど彼は勉強以外にもたくさんのことを知っていた。その話を聞くのは思いがけず楽しかった。国での流行のこと、若者たちのパーティのこと、海のこと。

 そういえば海って見たことない。前世でも今世でも囲まれた塀の中から出られないのは一緒だった。


 ◇◆◇


 オーウェンは、いつも私に会いにきた。

 こんなことがあった。
 彼が窓際の椅子に腰掛けながら、拳銃を手にして、自分の口元に当てて引き金を引こうとしていたのだ。

 ――何しようとしているの!?

 慌てて駆け寄り体当たりをした。どうにか自殺を止めようと思って。
 そして叫んだ。

「命は大切にしなきゃ!」

 命の大切さは、前世と今世で身をもって知っている。何度死んだと思ってるの? なにより彼は死んだらそれきり、ループなんてしないから、本当にたった一つの命なのだ。

「ぶっ」

 勢いよくぶつかったモノだから彼は妙な声を出し、あろうことか引き金を引いてしまった。さっと血の気が引く。やばい、私が殺しちゃった? だけどもしかしたらこれで死亡フラグは折れるのでは、と一瞬よこしまな考えが頭をよぎる。

 だけど彼は死ななかった。

「……くくく」

 面白そうに笑う。よく見れば口には煙草を、拳銃の銃口からは炎が出ていた。

「殿下、私を心配してくれたのですか? ありがとうございます。ですが、これはライターですよ」

 なんてこと!
 唖然とする私は、何も言えない。

 露店で売っていたジョークグッズらしい。
 彼はおかしそうに目に涙をためたまま、まだ笑っていた。

「君は変な子供ですね。てっきり高飛車で嫌なガキだと思ってました。おっと失敬、つい本音が」

 それが本心か。やっぱり腹黒。

「でも煙草も体に悪いのよ?」

「あなたが嫌うなら、もう吸いませんよ」
 

 ◇◆◇


 十歳までの命をどうやって楽しもうかとばかり考えていたから、これから先どうしたらいいのか全然分からなかった。
 公務をこなしたり、三日と開けずにやってくるオーウェンと話したりしているうちに、気がつけば十一歳になっていた。

 とにかく生き延びよう、と私は思った。

 死亡フラグの塊のようなオーウェンに近づかず、いつかヒロインのイザベラに出会ったらどうぞどうぞと王位継承権を譲ろう。
 イザベラは私の従姉妹に当たるのだけど、小さいときに行方不明になって、庶民として育てられている。

 そしてなんやかんやあってモニカを倒し女王になるのだ。 
 そこまで考え、疑問が浮かんだ。

 ――あれ? どうして私はヒロインの名をイザベラと思ったんだろう?

 ゲームでヒロインに固定の名前はついいなかったのに。まあ、いいか。

 目下の問題は彼だ。

「私はゲームの悪役女王なのよ! あなたは婚約者になるんだけど、いつか私を殺すの! だから近づかないでね」

「御意」

 と言ってオーウェンは私の頭を撫でた。

「触らないでって言ったのに!」

「近づかないでとは言われましたが触るなとは……」
 
 肩をすくめる仕草すら、むかつくことに様になってる。
 ゲームでも飄々としていた彼は現実でも変わらなかった。だけど笑顔の裏には腹黒さが隠れていることを、私は知っている。

「からかいがいがありますね、王女様」

 やっぱりからかってるのね!
 
 ――その頃、オーウェンはますますお父様の信頼を勝ち取り、私の宮に住み着くようになっていた。
 
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