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彼女は大切な人を得る
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私は女王になった。
「おめでとうございます、モニカ陛下」
オーウェンが微笑み、手を取りキスをした。まるで初めて会ったときのようだなと思う。
私たちの婚約はニュースになった。美貌の女王と麗しの貴公子。誰もが羨む、申し分のない婚約。
不安はあった。
あのゲームのシナリオ通りなら、私は史上最悪の女王になり、断頭台で殺される。だけどシナリオと現実は違う。私は彼を信頼していたし、きっとそうはならないと思った。
「小さい頃、君はよく言っていたね。この世界はゲームで、いつか自分は死ぬのだと」
考えを読んだかのように彼は言った。
「心配いらないよ。君が悪役女王になるなんて、ましてや私が君を殺すなんて、あり得ない」
いつもの優しい笑みでそう語りかけ、キスをひとつ、してくれた。
◇◆◇
「税金を上げ、国の事業にあてる」
「教会を国有化し、財産を掘り起こさなければ」
「不可侵なものなどない、貴族の土地にも課税をする」
私の知らぬところで、オーウェンは政治的手腕を発揮していた。国民は疲弊し始めた。
◇◆◇
十六歳になった。
公務が続いていて、気分転換にどうかい、とオーウェンが街に誘った。
もちろん護衛付きだし、庶民じみた格好をしてだけど、デートは嬉しかった。
ゲームだと、モニカの一方的な片想いで、オーウェンからの愛情らしきものは返ってこなかった。一緒に街に出ることもなかったはずだ。だけどこうして連れ立って歩くことが出来るのは、運命が変わっているのだと思っていた。
彼女を見つけるまでは――。
「は、離してください!」
道を歩いていたとき、焦る声が聞こえて、思わずそっちを見た。
その姿を見て、すぐに分かった。
――イザベラ。
この世には、何もかも持って生まれた人がいるというけれど、彼女はまさにそれだった。美しい外見、儚げな雰囲気、されど、芯の強い瞳。きっとどんな人だって彼女を見たら好きにならずにはいられない。
オーウェンから手を離すと、彼は不思議そうに振り返った。私の視線の先に目をやる。
遂に、この日が来てしまった。やっぱり、シナリオには、決められた運命には逆らえないのだろうか。
「酔っ払いか」
オーウェンが少女に絡む男を見て、しかし興味が失せたかのように視線を逸らした。
「行こう、モニカ。身分がばれたらまずい」
私の肩を抱くオーウェンを驚いて見た。ゲームなら、ここで彼は彼女と出会うのだから、無視するなんて考えてもみなかった。
私はイザベラに目線を戻す。往来の人は少女が絡まれているというのに、関わらないようにそそくさと通りすぎていくだけだ。
彼女は今にも泣きそうだ。放っておくことなんてできなかった。
オーウェンを振り切ると、彼女に今にも殴りかかろうとする男の前に立ちはだかった。
――バチン。
振り上げられた男の手により私の頭は殴られ、皮膚が切れて血が流れた。即座護衛が男を引き離し、速やかにどこかへと連れ去った。
◇◆◇
「とんでもないことだ! 一体、何のための護衛なんだ!」
オーウェンの怒りは凄まじかった。私がどんなに諫めても、一緒にいた護衛全員を断頭台にかけろと言う。
私は大げさな包帯をまかれ、少しも重症じゃないのに安静を言い渡されていた。
「処刑なんて、そんなことさせないわ。落ち着いてオーウェン。私は大丈夫だから」
――あれがどんなに怖いか、オーウェンは知らないのだ。だけど私も知らないはず。でも分かる。なぜだか知っていた。
「モニカ。君は優しすぎる。もし傷が残ったらあいつらを私が殺すよ」
「女王命令よ。馬鹿なことを言うのはやめなさい」
仕方なくベッドの上からそう言った。
こんな傷、前世の病院で繰り返し行われた手術に比べたら少しも気にならなかった。
「ああ、陛下、あたしのせいで……! 本当にどうお詫び申し上げたらよいのか……」
どうして私が彼女の名を、名乗る前から知っていたのかはよく分からないけど、彼女の名は本当にイザベラだった。
イザベラは顔面蒼白だ。自分を助けに入ったのが女王だと気づいた彼女は気を失い、放っておくことができなかったのだ。成り行きで連れてきてしまった。
「命を持って償います!」
「ちょっと止めなさい! 命は大切にしなさいよ!」
――あなたはループしないのよ!
「死ぬこと以外はかすり傷だわ!」
だけど、とまだイザベラが言う。彼女はなるほどヒロインらしく、本当に心が綺麗らしい。
じゃあ、と私は言った。
「たまに話し相手になってくれるかしら」
それは一つの作戦だった。友人になってしまえば、イザベラが私をギロチン台に送ることはないんじゃないかと思ったからだ。
だけど予期せぬことがあった。
イザベラはとても明るい少女だった。人形技師の養女という彼女は、自作のかわいらしい人形までプレゼントしてくれた。
私は、彼女を好きになってしまったのだ。
だから一つの覚悟を決めた。
もし……、オーウェンが彼女に恋をしたら、その時は大人しく離縁を受けよう、いや、むしろ私から言ってあげよう、と。
度々開くお茶会に彼女を招き、たくさんのことを話した。
同年代の友人がいなかった私にとって、彼女もまた、オーウェンと同様大切な人になってしまった。
「おめでとうございます、モニカ陛下」
オーウェンが微笑み、手を取りキスをした。まるで初めて会ったときのようだなと思う。
私たちの婚約はニュースになった。美貌の女王と麗しの貴公子。誰もが羨む、申し分のない婚約。
不安はあった。
あのゲームのシナリオ通りなら、私は史上最悪の女王になり、断頭台で殺される。だけどシナリオと現実は違う。私は彼を信頼していたし、きっとそうはならないと思った。
「小さい頃、君はよく言っていたね。この世界はゲームで、いつか自分は死ぬのだと」
考えを読んだかのように彼は言った。
「心配いらないよ。君が悪役女王になるなんて、ましてや私が君を殺すなんて、あり得ない」
いつもの優しい笑みでそう語りかけ、キスをひとつ、してくれた。
◇◆◇
「税金を上げ、国の事業にあてる」
「教会を国有化し、財産を掘り起こさなければ」
「不可侵なものなどない、貴族の土地にも課税をする」
私の知らぬところで、オーウェンは政治的手腕を発揮していた。国民は疲弊し始めた。
◇◆◇
十六歳になった。
公務が続いていて、気分転換にどうかい、とオーウェンが街に誘った。
もちろん護衛付きだし、庶民じみた格好をしてだけど、デートは嬉しかった。
ゲームだと、モニカの一方的な片想いで、オーウェンからの愛情らしきものは返ってこなかった。一緒に街に出ることもなかったはずだ。だけどこうして連れ立って歩くことが出来るのは、運命が変わっているのだと思っていた。
彼女を見つけるまでは――。
「は、離してください!」
道を歩いていたとき、焦る声が聞こえて、思わずそっちを見た。
その姿を見て、すぐに分かった。
――イザベラ。
この世には、何もかも持って生まれた人がいるというけれど、彼女はまさにそれだった。美しい外見、儚げな雰囲気、されど、芯の強い瞳。きっとどんな人だって彼女を見たら好きにならずにはいられない。
オーウェンから手を離すと、彼は不思議そうに振り返った。私の視線の先に目をやる。
遂に、この日が来てしまった。やっぱり、シナリオには、決められた運命には逆らえないのだろうか。
「酔っ払いか」
オーウェンが少女に絡む男を見て、しかし興味が失せたかのように視線を逸らした。
「行こう、モニカ。身分がばれたらまずい」
私の肩を抱くオーウェンを驚いて見た。ゲームなら、ここで彼は彼女と出会うのだから、無視するなんて考えてもみなかった。
私はイザベラに目線を戻す。往来の人は少女が絡まれているというのに、関わらないようにそそくさと通りすぎていくだけだ。
彼女は今にも泣きそうだ。放っておくことなんてできなかった。
オーウェンを振り切ると、彼女に今にも殴りかかろうとする男の前に立ちはだかった。
――バチン。
振り上げられた男の手により私の頭は殴られ、皮膚が切れて血が流れた。即座護衛が男を引き離し、速やかにどこかへと連れ去った。
◇◆◇
「とんでもないことだ! 一体、何のための護衛なんだ!」
オーウェンの怒りは凄まじかった。私がどんなに諫めても、一緒にいた護衛全員を断頭台にかけろと言う。
私は大げさな包帯をまかれ、少しも重症じゃないのに安静を言い渡されていた。
「処刑なんて、そんなことさせないわ。落ち着いてオーウェン。私は大丈夫だから」
――あれがどんなに怖いか、オーウェンは知らないのだ。だけど私も知らないはず。でも分かる。なぜだか知っていた。
「モニカ。君は優しすぎる。もし傷が残ったらあいつらを私が殺すよ」
「女王命令よ。馬鹿なことを言うのはやめなさい」
仕方なくベッドの上からそう言った。
こんな傷、前世の病院で繰り返し行われた手術に比べたら少しも気にならなかった。
「ああ、陛下、あたしのせいで……! 本当にどうお詫び申し上げたらよいのか……」
どうして私が彼女の名を、名乗る前から知っていたのかはよく分からないけど、彼女の名は本当にイザベラだった。
イザベラは顔面蒼白だ。自分を助けに入ったのが女王だと気づいた彼女は気を失い、放っておくことができなかったのだ。成り行きで連れてきてしまった。
「命を持って償います!」
「ちょっと止めなさい! 命は大切にしなさいよ!」
――あなたはループしないのよ!
「死ぬこと以外はかすり傷だわ!」
だけど、とまだイザベラが言う。彼女はなるほどヒロインらしく、本当に心が綺麗らしい。
じゃあ、と私は言った。
「たまに話し相手になってくれるかしら」
それは一つの作戦だった。友人になってしまえば、イザベラが私をギロチン台に送ることはないんじゃないかと思ったからだ。
だけど予期せぬことがあった。
イザベラはとても明るい少女だった。人形技師の養女という彼女は、自作のかわいらしい人形までプレゼントしてくれた。
私は、彼女を好きになってしまったのだ。
だから一つの覚悟を決めた。
もし……、オーウェンが彼女に恋をしたら、その時は大人しく離縁を受けよう、いや、むしろ私から言ってあげよう、と。
度々開くお茶会に彼女を招き、たくさんのことを話した。
同年代の友人がいなかった私にとって、彼女もまた、オーウェンと同様大切な人になってしまった。
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